第16話 理不尽に次ぐ理不尽

 目前に迫る巨大な金属の塊に、


『これ、痛いんだよな……』


 と言う乾いた感想しか浮かばない航平。

 既に何度も吹っ飛ばされている身としては、実感の重みが違う。


「デュフ!」


 そして、案の定の激痛と共に、壁際まで吹き飛ばされるアシハラ内のアバター姿の航平。


「航ちゃん。

 呆然と立ってるだけじゃ、痛い思いをするだけよ?

 しっかり避けないと!」


 痛みで悶える航平に、いつもと変わらない調子で無茶振りをする母親が恨めしい。


『早すぎて反応出来ないだけだよ!』


 と、内心逆ギレしつつ起き上がる。

 その頃には、肋骨数本が折れる痛みと怪我は失くしてしまうから、更に辛い。


「さ、次行くよ!」

「ちょ! タイム! タイム!」


 航平が起き上がったことを確認した真幸が、再び金属製の棍棒を持ち直そうとするタイミングで、必死に中断を願い出る航平。


「どうしたの?」

「いや! どうしたの?

 じゃないよ! 何で僕は母さんから暴行を受けているのさ!」

「暴行なんてしてないわよ?」


 年齢に似合わない可愛い顔を傾げる真幸。

 必死に説明を求める航平であったが、母親には、いまいち意図が伝わらない。


「暴行じゃん!

 さっきから何度も何度も棍棒で殴られているじゃん!」

「え?

 航ちゃんだって、アシハラ内では対プレイヤー戦をしてきたでしょ?

 それを暴行って表現するの?」

「……」


 本気で首を傾げる様子から、真幸がこれをお遊びのじゃれあい程度にしか認識していないと悟る航平。


「……いや! ゲーム内の戦いは痛くないから!」

「え?

 痛覚無視を設定していたの?

 殺気とか分からないじゃない?」

「はい?」


 ゲームとの差を訴える航平だが、母親からはむしろプレイスタイルをダメ出しされる。


「殺気とかは、どうしても複合的な感覚からでしょ?

 痛覚無視とかを設定しておくと、鈍るわよ?」


 まさか、常にほんわかしている母親が、修羅の国の人みたいなことを言い出すとは……。

 と、絶句の航平に、


「それに痛みを感じないってことは、死の恐怖や苦痛を感じないってことでしょ?

 そんなプレイじゃ、どれだけアシハラをプレイしても霊力には目覚めないわよ?

 ……私達と同じような方法を取るべきじゃないかしら」


 アシハラ自体の苦言と不穏な言葉が続く真幸。


「いや~、さすがにやめてほしいな~。

 僕は息子にトラウマを植え付ける教育方針は反対だよ?」


 それに軽い口調で反論が返ってくる。

 航平の後ろから……。


「ケイオス・ドゥーム!

 何でレイドボスが!」


 振り返った航平の視線の先には、白黒の翼でホバリングを行うアシハラ内のレイドボスがいた。

 ただし、その表情は噂に聞く鋭利な刃物のようなモノではなく、何処かの中年のような気の抜けたおっさんであり、


「2人とも~。

 こんな所で遊んでないで、書類を書きに来てくれないと困るよ?」


 と嘆く肩を竦める姿は、よく知る父親その物であった。


「斗真さん、こんな所に来ても良いの?」

「いや~。

 まだ、雇用契約を結んでいない人間に、社外秘の訓練施設を使わせている困った奥様がいるようなのでね~」


 真幸の問い掛けで、父親と確定したその天魔は、困ったとばかりに肩を竦める。


「……そういえば」


 その返事で、しまった! とばかりの表情を浮かべる真幸を放置して、


「さて、真幸さんはこれとこれにサインをお願い。

 航平の方はこっちね。

 社則は後でパソコン貸すから、確認しておいてね」


 トレーニングルームの地面に降り立ったケイオス・ドゥームが懐から、書類を挟んだボードとボールペンを取り出す。

 ……実にシュールだ。


『短期雇用契約書?

 アルバイト用の書類かな?』


 自分用の書類を受け取り、そこに記されていた内容からアルバイト用の書類だろうと、軽い気持ちでサインをする航平。

 しかし、横では、


「ルームの使用許可申請と……。

 ……あら、復職申請なのね?」

「うん。

 真幸さんは長期休職扱いになっていたからね~」

「航ちゃんの妊娠からこれまでの超長期休職だけど、大丈夫なの?

 斗真さんに限って、脱税に手を染めているとは思えないけど……」


 等と不吉な会話が聞こえてくる。


「大丈夫だよ~。

 うちはどうしても、職務上傷病率が高いし、専門性が高いだろ?

 その点を理由にして、手厚い福利厚生を社則に盛り込んでるだけだよ?

 そもそも、休職期間は下限はあっても上限の規制はないしね~」

「そう?

 ならいいけど……」


 自信満々に問題ないと答える斗真だが、真幸の方はいまいち腑に落ちない表情のままで、書類とボールペンを斗真へ返す。


「……。

 ……うん。

 じゃあ、僕は戻るから程々に……」

「ちょっと待った!

 と、父さんは何でそんな姿なんだ?」


 書類のサインを確認した斗真が、踵を返そうとするのを、全力で阻止しようと航平は、斗真の姿について問う。


『ナイトスコーピオンとかと同じアバターなんだろうけど……。

 それよりも、此処で父さんを逃がすと母さんからの攻撃が再開してしまう!』


 ……自身の身を守るために、答えの分かりきった質問を投げたつもりだったが、


「うん?

 何で? と言われても、こっちが僕の本当の姿ってやつだからね~。

 だけど、日本で翼を生やしたままじゃ、生活出来ないだろ?

 だから、普段は味のある中年キャラを作っている」

「はい?」


 想定外の回答が返ってきた。

 目の前に立つのは、アシハラ最強レイドボスのケイオス・ドゥーム。

 非常に強力なボスであり、大半のプレイヤーにとっては、エンカウントが即死と同義の相手。

 だが、その美貌から女性プレイヤーを中心に多くのファンを持つ人気キャラクターでもある。

 その天魔の姿を敢えて変え、ただの中年の姿を取っていると言うのが、意味が分からない。

 だが、


「そういえば、昔、ストーカー被害に遭ったことがあるわね……」

「ああ、びっくりしたよね……。

 玄関出たら、包丁持った女性に、奥さんと別れて一緒になってくれないと心中してやるって迫られたっけ……」


 硬直中の航平を放置して、夫婦の会話は続く。

 実に嫌な会話だが……。


「あれからだよね。

 今の顔にしたのは~」

「……そうだったわね」


 航平は、疲れた顔の両親を眺め、次いで剣の腹に写る自分を見る。


『何で、どっちとも似てないんだよ!

 ちくしょう!!』


 自身の顔に対する航平の感想には、語弊がある。

 両親と並んで立てば、一目で親子と分かるようによく似ているのだ。

 だが、整った顔と言うのは没個性とも言え……。

 航平の場合は、印象がやや薄い顔立ちとなっていると言うのが現状だった……。

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