ドラゴン狩りの予定と、魔導の師



「おとうさんが焼くケーキの仕上げは了承するわ。それでどうするの? また野良を狩りにいくなら解体場所は冒険者ギルドを頼るしかないわよ? 前回、大騒ぎの最中におとうさんが姿を消したものだから、エマもルゥ族の長老連も本当に大変な思いをしたのよ!」


「……申し訳なく思ってる、けど珍しく勅命が下ってな」


「……そう、なら仕方ないわね。お爺ちゃんたちにもそう伝えておくわ」


 いきり立つエマが店長を責め立てるのだけど、徐々に勢いを失う。

 あたしには意味不明な言葉ではあっても、エマにとっては別であったようだ。


「それでどうするの、龍王様?」


「龍王の相手は面倒くさいし、効能が強すぎる。かと言って無駄に野良を狩るつもりもない。だから尻尾だけもらえれば、あとはどうでもいい。エマ、適当な野良に心当たりはないのか?」


「……最近、近隣の山々を荒らしている野良の噂ならよく耳にするわね。結構な数の犠牲者が出ているという話よ。もちろん、冒険者のだけど」


 エマの表情は暗い。

 店長が、あたしを紹介して以降の浮かれていた少女のような雰囲気が失せた。沈痛な思いに耽る年相応な女性の横顔がそこにはあった。



「あの、冒険者ギルドがあるならなぜレオには秘密にしているのですか?」


 たぶん、あたしのこの質問は愚な一言なのだろう。でも聞いておきたかった。

 冒険者ギルドという存在を、レオに秘した理由を知っておきたかった。あたしの窮地を救ってくれた、あの青年は冒険を欲しいていたもの。

 エマと店長の話の流れからあたしも自ずと察する部分はあるのよ。でもしっかりと言葉にされたものではないの、だから……。


「……たくさん死ぬの」


「冒険者ギルドなんて銘打たれてはいるが、所詮は社会のセーフティネットでしかない。どんな職業にもあぶれた半端者の行き着く先でしかなく、態の良い口減らしだ。

 地球の暦で半年もすれば、年の初めに受け入れた人員の半数以上が死に至る。残るのは慎重で臆病でいて悪運の強い奴だけ。レオみたいに己の力量に酔う戦闘狂では真っ先に死ぬのがオチだ。だから俺はあいつを連れては来ないし、母親のリエルも事情を理解して尚教えていない理由は単純に危ないからだ。ついでに言えば、レオは本店のバイトでしかない以上、深入りさせる理由もどこにもない」


 では逆に深入りせざるを得ない立場となると、……やっぱり幹部候補生ですよね。

 めちゃくちゃ危ない場所に連れてこられたあたしの身は、この先どうなるの?


「佐藤さんはいいね。察しが良くて最高だ」

 

 全く以て、褒められた気がしない。

 店長にはこういう処があるのよ。


「イオリは冒険者になんてならなくていいの、エマと同じ職工魔術師になるの! おばあちゃん先生にも紹介するもん!」


「先生は俺の師なんだが……」


「イオリは死なせないわ!」


 「むざむざ死なせるつもりは」などと宣う店長は信用ならない。

 前回、レオが駆け付けなければ、あたしは大怪我を負っていたかもしれないのよ。しかも、あたしよりも圧倒的に強いはずのレオが即座に死に至るという地獄の中。

 現在、エマが必死に庇ってくれているので助かっているけれども、この先どうなるかなどわかったものではない。


「ん? 先生?」


「おばあちゃん先生よ。えっと、……サウザンドマギカだっけ?」


「俺の師であり、現在エマの師でもある。とある世界で”千の魔導を修めし者サウザンドマギカ”と呼ばれている海神の眷属、いや末裔になるのかな」


 ちょっ、神様が先生って!?

 店長が神様の弟子で、エマも?


「ここで教えてくれるの! イオリも一緒に習おうよ」


「ちょい待て! ここに来ているのか?」


「たま~にだけど、来るよ?」


「先生なら確かに俺の側だからこじ開けられなくはないが…………」


 初めて見る店長の焦った表情にあたしは萌えた。あの戦闘訓練時でも冷静沈着で冷徹な店長が、焦りのあまり冷や汗どころか脂汗を額に浮かべているのよ。

 あたしの秘められた扉が開かれる。Sの扉が……今! ここに。


「……うん。先生に教わるのはいい。ところで、佐藤さんは”発現”まで至ったのかい?」


「まだ完璧には達していませんけど」


 あたしは狩りもせずに頑張ったんだ。ガラさんに文句を言われつつも!

 ヴェオさんとルフェイさんの協力の下、初めての発現だけは終えている。ほんの一瞬だったけれども。


「エマ」


「うん。イオリ、ここでやってみて? ここは向こうよりもマナが濃いの。稚拙な発現でも、ここなら形になり易いわ」


 否を言わせないエマと店長の圧力に負け、あたしは初めて発現できた際のことを必死で思い出す。


 ヴェオが言うに、あの世界での発現の基礎は水と火のどちらか一方。例外的に地があるという。ルフェイが言うにも地は本当に稀な才能であるらしい。

 なれば望むべきは水か火なのだけど、発現のし易さで言えば圧倒的に火なのだと聞いた。そこであたしは対抗心とまでは言わないが、レオと同じ水は嫌だと思った。


 だから必然的に選び取ったのは火だ。それ以外なかった。


 店長にレオと同列に扱われることが嫌だったとも言えるし、レオに下に見られることが嫌だったとも言える。店長もレオも決して、あたしをそんな扱いなどしない、と思いたいけれども絶対などあり得ない。

 あたしは親にすらそうされて育ったのだ。疑い深くなって然るべきだろう。


 右腕を前に出す。手のひらを上へ向けて。

 手のひらに火を灯すのだ!

 燃料はマナ。あの世界の書物にはそう書いてあった。

 世界にあるマナを呼吸によって収集し、血中に取り込む。その血中にあるマナを搔き集め、意志によって任意に移動させる。


 今の場合は右手のひらに!

 

「来い!」


ボワゥ!


 初めて発現が出来て以来、ずっとポッ出てすぐ消えたはずの火。

 ううん、今は立派な炎となって右の手のひらの上で今も燃えたままなのよ。意外にも程があってかなり熱いのが難点よね。ふふふ。


「これなら十分。おばあちゃん先生の眼鏡にもきっと適うわ」


「そうであってくれないと困る。エマの次の幹部候補生だからな。リエルが復帰するとなれば猶更だろ?」


「あまり雲行きがよくないとはお爺ちゃんたちから聞いているけど、お姉さんたち復帰するの?」


「とりあえず、リエルは戻る予定ではある。レオのいない休日限定ではあるがな」


 あの、あたし……頑張ったんですけど! 頑張ったんですけど!

 ”発現”なんぞ出来て当たり前みたいに流されて、世間話されても困るんですけど!



「それにしても火か、狩りには役立つな。ガソリンを染み込ませた松明を何本か携帯するといい。獣の動きを制限できるからね」


「獣は火を怖がるからでしょ? 野良でも龍はそんなことないわよ」


「エマも佐藤さんも今の処はこちらで活動させるつもりはない。ただ、あちらで何か起こった場合はその限りではない。元々期限が切られているんだ、あちらはな」


「エマもイオリも職工魔術師よ。冒険者なんてやらないもん!」


「なったらなったで鍛えてやろう。こういうのは先生も大好物だから否とは言うまい」


 店長は”火の発現”を喜んではくれなかった。でも、狩りに役立つと助言をくれた。

 松明を作るにはネットで検索して、ガソリンは……携行缶で買うしかないか。


「あの店長、ガソリンを買うの……」


「ホームセンターに草刈り機用、ツーサイクルエンジン用のオイルが混じった一リットル缶が売っていると思う。俺の知識は古くて微妙だから、詳しくはレオに訊いてみるといい。ダメなら車庫の軽トラから抜けばいいさ」


「んんん! おとうさんもイオリも意味の分からない話ばっかりして!」


 エマの首には髪色に似た青紫色の宝石の付いたチョーカーが巻き付いている。これには、あたしが借りっ放しのペンダントと同じ機能が備わっているのかも?

 エマの話はあたしにはわかるけど、あたしと店長の話はエマに伝わらなかったようね。ちょっとした優越感はあっても申し訳なさも募ってしまう。微妙な心持ちだわ。



「で、野良はどの辺に居る?」


「ふたつ向こうの山の中腹にいると聞くわ」


「暴れ回っているのなら栄養状態は良さそうだ。痩せ過ぎでなければいいのだが」


「野良でも近辺では結構強い龍らしいわよ」


「願ったり叶ったりだ」


 牙なんてないはずの店長の右犬歯ふぁ唸る。

 普段のバリントンボイスを下回る更に低く、魂すら震え上がらせるような声を店長は出した。

 エマは恐怖でも感じたのか両腕で自身を掻き抱く、あたしも全身に鳥肌が立つのがわかった。でも、それとは別に歓喜している自分がいることにも気が付いていた。

 きっと店長の教育が活きているのよ。戦闘民族活動はちょっぴり休止中だけど。

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