第7話 滝月要のダンジョン

 自分のダンジョンに戻ると、早速通路に入る。約束では、偶数以外の層で出るのは食材のはずだ。1層目はなんだ?


 少し進むと、黒い水たまりの上に赤黒いものが浮いている。


 見ているとぱしゃんと小さな水音を立てて黒い水たまりに入ってしまった。そしてまた軽い水音と共に水たまりの上に姿を見せる。


 魚か? 赤黒いシルエットは魚の形をしている。


 ファンタジー生物の魔物はカラフルだが、魔物が見慣れた生物の姿をとるときは、赤黒い色になることが多い。


 海辺でもない場所で魚は珍しい。1層から珍しい食材をドロップしそうな敵で嬉しい。鶏や豚、牛など、肉の落ちるダンジョンが圧倒的に多いのだ。


 いや、川魚も多いか。ただ、肉よりも輸送に難があるので見かけることが少ないだけだ。私の家の側には沢がある、大抵その地に馴染みのあるもの、馴染みがあったものがドロップする。普通のダンジョンならば川魚の線が濃厚だ。


 動きのゆっくりした魚にそっと近づいて、苦無を投げる。赤黒い魚をあっさり貫通したそれを、結びつけられた紐を引っ張り地面や壁に当てることなく回収する。


 赤黒い魚は一撃で光の粒になり、一度散った光が収束したあとにカードが浮かぶ。綺麗な模様の描かれたカードに触れると、表には魚のシルエットと右隅に数字。


『マアジ』


 魚、それも海の魚だった。


 魔物からのドロップはカードで浮かぶ。カードはダンジョン内で【開封】し、アイテムを取り出すことができる。ドロップ率はあまり高くないが、『ブランクカード』が魔物から出ることがあり、一枚につき一度だけ【封入】ができる。


 それはともかく海の魚だ。


 よし、狩ろう。おそらく、海の中には沢山あるのだろうが、海の魚が出るダンジョンはごくごく限られる。しかもあるのは海辺で内陸にある話は聞かない。


 海にいる天然の魚を、堤防釣りや手漕ぎの小舟で釣ることはできるが、海は魔物に席巻されているため、危険。獲れる量は少なく、運搬に金がかかる。


 海辺以外で魚は高く売れるのだ。何より自分で食いたい! 食い意地が張っていることは否定しない。食い道楽で自分で料理もする。


 歩きながら苦無を投げ、どんどん魔物を倒してゆく。さすがに、十二歳で入ることが許される1層の魔物に苦戦することはない。


 というか、最近は回復薬の材料を調達するために、運動がてらスライムを倒しまくっているので、これくらいのサイズには慣れたもの。スライムが魚に変わっただけだ。


 苦無は貫通属性を強化し、必ず傷をつけるという効果も取得している。大型の魔物を倒すのは難しいかもしれないが、堅い甲虫の魔物でも殻を貫くことはできるので、浅い層の小さな魔物ならば楽なものだ。


 ダンジョンの浅い層に出現する魔物はスライムかネズミ、虫が多い。市のダンジョンもスライムだ。引越し先を選ぶ際、スライムが出るダンジョンがそばにあることを考慮した。


 自給自足が頓挫した時のために、回復薬の販売で割と楽して稼ぐために。私は未知の世界に飛び込む時は、逃げ道も用意するタイプなのだ。スライムは回復薬系の素材をよく落とす。


 調子に乗って一層を回り終えた。たいして広くはないが、さすがに疲労を感じるので今日はおしまい。


 マッピングしていたのだが、すぐに面倒になってやめた。アジに夢中で、始めてすぐも所々ぬけてるし。まあ、階段の場所だけ覚えていればいいだろう。


 ――【魔月神】を使うのも忘れたな。まあいい、あとで試そう。


 ドロップは『マアジ』を中心に、時々『アカアジ』と『ムロアジ』『黄金アジ』が混じり、『覚えのくさび1』のカードが一枚。『マアジ』以外は後で検索して調べよう、魚の種類の知識が乏しいが、このダンジョンで出るのだから食えるはず。


 楔のカードはリトルコアの出る階層に打ち込んで、次回ダンジョンに入った時、その場所に移動ができる。結構いい値で売れるカードだ。ちなみに数字とダンジョンの層の深さは対応しており、三層に打ち込むには1の数字がついたカード3枚か、1と2のカード、もしくは3の数字のついた楔のカードが必要になる。


 一旦、ダンジョンを出てビニール袋――昔、似たような商品がこう呼ばれていたらしく、そのままの呼称が使われているが、実際にはスライム素材からできている――を持ち込み、その中でカードを【開封】する。


 この部屋に棚とバットでも常備するか。どちらにしても生産のための設備も購入せねばならない。


 【収納】に残りのカードをしまい、ダンジョンから出て、上機嫌で台所に向かう。【収納】はダンジョン内では人気がない能力だが、外では大人気というか、重宝される能力なのだ。


 塩焼きとアジフライかな? どうせ油を使うなら南蛮漬け用も揚げておこう。


 マアジは目が曇っておらず、透明。アジ、サバなどの光り物は鮮度が落ちると腹ビレが赤くなってくるが、こちらも綺麗。まるっと太って背の幅があり、相対的に小顔に見える。


 時計を確認すると昼をだいぶ回っている、どうりで腹が減っているはず。とりあえず一匹内臓を抜いて塩焼きにしよう。その間に漬物を出して、味噌汁の用意をして――今食うと半端な時間、夜は飯を抜いて刺身で酒を飲めばちょうどいい。


 しばらく海の傍のダンジョンに出張というか、赴任していたことがあったので、一応魚もさばける。年単位でやっていないが、たぶんなんとかなるだろう。


 そう決めると、さっさと支度をして飯を食う。塩焼きはさらりとしたマアジの脂が身に回り、ふっくらしていてとても旨かった。


 今日は午後から、明日納品予定の回復薬を町のダンジョンに作りにいく予定だったのだが、まあいいか。予定数の在庫はある、在庫を切らしたことはあまりないのだが、納品したら綺麗さっぱりなくなる。でも今日はよしとする。


 で、アジの残りは外の井戸端にまな板を持ち出して、さばいた。魚は旨いが、鱗とさばいた後に残る臭いが困る。ダンジョン産は血抜きが完璧なので、その点は助かる。ものすごく助かる。


 他の層でも魚が出るなら、外に流しが欲しいな……。片付けと名のつくものは面倒でしょうがない。


 小アジは頭と内臓を処理して、南蛮漬け用に。大きめのものは三枚おろしにする。魚を開くのはかなり久しぶりなのだが、覚えているものだ。頭やら内臓やらをコンポストに放り込んで、井戸端を綺麗にする。アラ汁はまた今度。


 外で作業をしている間、近所――といっても結構離れているが――の柊さんの家から、薪割り機の音が小さく響いていた。在宅しているならお裾分けを持ってゆこう。


 キッチンに戻ってマアジを刺身に作り、皿に盛る。笊にその皿を乗せて、空いた場所には頭を落とした小ぶりのマアジを5匹ほど。


 そう、何故かアジの大きさが揃っていない。普通、ダンジョンドロップは同じ名前のカードであれば、全く同じ物が出るはずなのだが。これも後で調べよう。


 柊さんが魚をさばけるか知らないので、切らずに済むよう整える。この山の川で鮎が獲れると言っていたので、さばけるのかもしれないが、面倒はない方がいいだろう。


 こんなものだろうか? いや、確か最近お孫さんが戻ってきたはずだ。マアジを追加して、濡れ布巾をかけ、準備完了。

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