第2話 聖獣

 しかし、おかしい。人類が初めて足を踏み入れるダンジョンであるなら、初到達の能力石が出るはずだ。私の知らない要素で、市のダンジョンがここまで広がったのか?


「おう、すまねぇ!」


 困惑していると、突然真っ黒な猫が現れた。


 飛びすさって距離を取る。


「あ、悪意はないぜ? 単刀直入に相談なんだけど、このダンジョンが欲しいなら力を貸して欲しい」

「力?」

魔物ではないようなので少し力を抜く。


 人語を話す魔物の存在はまだ知られていない。人語を話すのであれば、この黒猫の正体は聖獣だ。聖獣はダンジョンコアの使いとも言われる。


 魔物を輩出するダンジョンではあるが、同時にさまざまな恵をもたらす存在なため、ダンジョン自体は疎まれていない。疎まれるどころか、利用価値が高いダンジョンが現れることを望んでいる人間がほとんどだ。


 ダンジョンの産出物を避ける者も一部存在するが、ダンジョン出現から50年経った今、それもだいぶ少なくなり、ダンジョンの利用は当たり前になっている。


「ダンジョンの力を不当に使う輩を消し去る、『イレイサー』ってのがいるんだけど、そいつの装備を直したり、回復薬なんかの消耗品を作って欲しい」


 ダンジョンでは聖獣の導きに従って損はないと言われている。聖獣の選ぶ『イレイサー』の存在は巷では都市伝説の扱いだ。が、実際に存在することを以前の職の関係で知っている。


 やはり黒猫は聖獣で間違いないようだ。イレイサーは聖獣が選ぶ。そして確かに私は【生産】を持っており、今の収入は主にギルドへの回復薬の納入で得ている。


 【生産】はダンジョン内で、ダンジョンから出た素材を使い、ダンジョン内でだけ効果を発揮するモノを作り出す能力。作り出すのは武器防具、回復薬などだ。


 『運命の選択』で手に入れた能力は様々に変化する。【生産】であれば、武器作りに補正がついたり、防具作りに補正がついたり。そしてある程度、知識がなくても手が動き、作れてしまう。


 私の【生産】は能力カードで手に入れた物。変化は望めないが、【正確】のおかげで分量を守りタイミングを見極める生産――中級程度の薬ならば問題なく作れる。


「簡単にいうと、本来コアのそばでしか使えない能力を、外で使用できるよう改変したり、魔物を使って実験したりするヤツを消すのがイレイサーね」


 ――魔物やダンジョン内でだけ発動するものに対する本格的な実験は、法で禁止されている。


 何故なら過去に実験の舞台となったダンジョンが爆発し、地上の建物も含め大規模な破壊と崩落を起こしたことが何度かあったから。破壊の規模はダンジョンの大きさと深さにより、被害はより人のいる方角に偏って起こる。


 それがあるので、少なくとも私が生きている間は、今確認できるダンジョンが成長しても届きそうもない場所を住処に選んだ。かわりに山の中なんで氾濫した魔物には遭いやすいかもしれんが。


「ま、この市は今回・・範囲じゃねぇから気にするな」

私の顔を見て、ニヤリと笑って軽く言う黒猫。


 生活圏が範囲じゃないのは嬉しいが、どこかの町が一つ二つ消え去る可能性があるのだろう。資源を生み出すダンジョンの傍には、その規模に見合う大きさの町があるのだから。


「消すというのは?」

わかっているが一応聞く。


「『化身』の剥奪、ダンジョンで殺すこと」


 ダンジョンで死ぬと、『変転具』は呼んでも現れなくなり、『化身』になれなくなる。当然能力も使用できず、魔物に対抗することが難しくなるのはもちろん、最初の部屋以外に足を踏み入れれば、1日ほどでダンジョンに吸収されてしまう。


「国にも協力者がいるが、俺が選んだイレイサーはどうも不審に思ってるらしい。普通は何らかの秘密の地位と支援を与えられるんだが、今回はなし!」


 最初にダンジョンに手を出して、崩壊を起こさせたのは国だ。最初の一つは未知で無知だったのだ、仕方がない。だが、その後続けたのは頂けない。


 今も巧妙に隠して、実験を続けていても不思議に思わない。実際、不審なダンジョンでの事故がいくつかある。表に出てくる話は民間会社のものが多く、もちろん不正を暴こうと働く国家公務員も多いのだろうが、国の将来に渡る利益を追求する者がいてもおかしくはない。


 私としては、組織というものに懐疑的なのはポイントが高い。


 面倒ごとに関わるのはご免だが、ダンジョンがもらえるという条件は悪くないどころか滅多にない機会。ダンジョンでの姿を――能力を奪うだけならば忌避感はない。むしろ借りている力で好き勝手やっていると考えれば、剥奪は当然とも思える。


 そして最大のポイントとして、私がやるわけではない。


「私は生産サポートで、積極的に戦闘をすることや表に出ることはない?」

「合ってる。イレイサーが隠したがってるから、基本アンタにも隠してもらう」


「このダンジョンのことも?」


 敷地内に出来たダンジョンの登録は必須ではないけれど、届出のないダンジョンの素材の売り買いは調査が入る。


 これは表でも裏でも行われていて、個人が所有する隠されたダンジョンは、政府やギルドに結構詳細に把握されている。それを知っている身としては、むしろ届けた方がスルーされるのでは? と思っている。


 ダンジョンには個別の模様があり、それがカードの片面の模様となっている。国やギルドは『運命の選択』の【鑑定】持ちの職員を抱えている。カードから出した素材の状態で売っても、ダンジョン産出のものは【鑑定】すれば、どんな素材かという情報とともに、署名のようにカードの模様が出るそうだ。


 ちなみにギルドを通さず売買は可能だが、売り手と買い手、直接やりとりする場合は届出がいる。届出なしで行うと、罰金というか税金というかの請求が恐ろしいことに。


 ついでに言うなら、ダンジョンから出たリトルコアの魔石は、国の委託を受けたギルドの専売だ。見つかると売り手も買い手も処罰がある。


 何が言いたいかというと、ダンジョンを隠すということは、ドロップ品は売れないということだ。


「ま、自宅にダンジョンってのは時々あるだろ?」

ウインクしてくる黒猫。


「ああ」

時々というか稀にある。


 なるほど、ダンジョン所有はバラして大丈夫、と。

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