第1話 滝月要の場合 

 青い空、緑、遠くに霞む海。


 木々に囲まれた陽が当たる斜面に、都会にあれば広めだが田舎のこの辺りでは狭めの、私の趣味と田舎暮らしの理想が詰まった家。


 山は海辺に次いでダンジョン発生が確認しづらいため、魔物の出現がわかりやすく、便利な市街地に移る人が増えている。『運命の選択』前の幼児は、魔物と戦うすべがない。子供を抱える家族は心配だろう。


 だが、私のように解放感を求める人間や、野菜作りのために移住する者も少しばかりいる。ダンジョンから産出される食料は肉が多く、魚や野菜は少ないのだ。


 私は田舎に引っ込んだが、野菜作りに早々に挫折して、市のダンジョンに通っている。うん、一応家庭菜園程度はなんとか……。広い土地があるのに、ベランダ菜園レベルで止まっている。


 一生遭わないかもしれない魔物の侵入よりも、むしろ庭の草と虫との戦いの終わりが見えない。なお、家の中への虫の侵入は、すべての窓、扉等に忌避剤を定期的に施すようにして阻止している。それでも網戸に蝉やら蛾やらが張り付いていてぎょっとさせられるのだが。


 庭はまだ少々あれだが、家は気に入っている。広い台所、通り土間、書斎、薪ストーブ――。


 そしてパニックルームにダンジョンの入り口。


 いや、これ、昨日までなかったはずだが。うん、おじさんびっくりだよ。


 パニックルームはそもそも、魔物の氾濫にあった時に救助が来るまで籠るための場所だ。そこにダンジョンの入り口ができてどうする。


 パニックルームは、ダンジョン出現以前は災害や強盗などから身を守る緊急避難用の小部屋で、普及しているとは言い難い設備だったそうだが、今は大抵の家にある。


 趣味の部屋として使われることも多く、ユニット販売されている。戸建ては大抵地下に作られ、私もそうした。選んだのはトイレと小さなキッチン付きのオーディオルーム兼映画鑑賞ユニット。


 私有地、それも民家の敷地にできる個人所有のダンジョンは、個人ダンジョンとか、プライベートダンジョンと呼ばれ、人気がある。


 ダンジョンは、国の下部組織である日本ダンジョン活用機構――通称冒険者ギルドが管理する。正式名称はほぼ呼ばれない。


 直接管理運営もするが、このような個人所有のダンジョンや企業が持つダンジョンのチェックもだ。個人所有のダンジョンは届けなくても罰則はないのだが、代わりに届けずに氾濫させた場合、ダンジョンのある土地家屋ごと安値で没収される。


 敷地にダンジョンができた場合、選択肢としてはダンジョン付きの家として売るか、そのまま所有して定期的にボスの討伐を頼むか、自分でリトルコアを倒すかのどれかになる。


 覗いてみると最初の部屋は20畳ほど。最初の部屋は魔物が出ず、吸収と呼ばれるダンジョンに物が取り込まれる現象も起こらない。生産施設や販売所の用途があり、広ければ高値がつくんだが残念。でも、床が石のタイルを敷いたように平なことはポイントが高い。


 ダンジョン内は、床や壁をいじっても、数日後には元に戻ってしまう。広さ的に大企業や国が買いたがる可能性は消えたが、床が平らならば生産設備を入れやすいため、個人には高く売れるだろう。


 コンクリやタイルなどを運び込んで、整地するのは重労働になる。最初の部屋以外では、その運び込んだ物もダンジョンに吸収されて数日で影も形も無くなってしまうのだが。


 市街地にあるダンジョンの別な入り口が開いたとかではないよな? 


 大規模ダンジョンには入り口が複数できるものがあり、ダンジョンに入る人間が多ければ、ダンジョンが成長すると言われる。この市にあるダンジョンは中規模だが、最近は人が多いので成長して新たな入り口が――いや、うちとの距離的にないな。


 そもそも地形的、距離的に、市のダンジョンを含め、周囲のダンジョンが大規模と呼ばれるまで成長しても、届かない場所を移住先に選んだんだし。


 未踏のダンジョンは高く売れる。だがせっかく手に入れた理想に近い家、高く売れて次の土地を探したとして、果たしてご近所さん含めて良い場所かどうか。


 それに家にダンジョンがあるのも悪くない。気分的に虫系でなければだが。


 とりあえず中を確認するか。ダンジョンの入り口は、プロジェクターの投影用の真っ白な壁だった場所にできている。スクリーンを買う予定はなかったんだが、買わんといかん。


 魔物が周辺に現れた場合のために、パニックルームには防寒着や非常食も一式常備している。その中から靴を取り出し、スリッパから履き替えてダンジョンに入る。


「【月影つきかげ蒼夜そうや】! 変転!」

称号を口にすると、手の中に懐中時計が現れる。


 それを掴むと光が漏れ、私の姿を変える。コートがひるがえり、視線が少し高くなる。


 懐中時計は『変転具』と呼ばれ、初めてダンジョンに入った際に手に入るものだ。それぞれ形が違うが、これを使ってダンジョンでの姿に変わると、能力を使えるようになる。


 人は初めてダンジョンに入った時、己のダンジョンでの姿と能力、装備を手に入れる。ダンジョンでの姿は『化身』と呼ばれる。


 『運命の選択』と言われるその現象は、文字通りその人のダンジョンでの運命を決定づけるものだ。


 【月影の蒼夜】は私が変転具と共に得た称号。闇属性と少しの光属性、ほんの少しの凍結属性。称号スキルは『スキル奪取』。


 種族はダンピール。吸血鬼と人間のハーフのことだが、特に血は必要ない。与えられた武器防具は苦無くないとコート。


 苦無は忍者が投げる先の尖った道具だが、刃が大きめで紐がついている。ついた能力は【正確】、この能力の強さは経験と知識に大きく左右される。


 戦闘ならば魔物の弱点、例えば心臓がどこにあるのかを知っていれば、どうやったら効率的にそこを狙えるか感覚的にわかり、光の筋のようなものが見えることもある。


 コートには【収納】。裏地やポケットから色々なものを仕舞っておける。強化をすれば別だが、最初は大きさに関わらず50個まで。対象はダンジョンから出したことのないもの。


 武器防具は自分で装備するか、『変転具』にしまうかしかできない。もし手放したとしても、層の移動で『変転具』の中に戻る。


 武器防具についた能力は、装備していなくとも『変転具』の中にあれば使用可能。


 例えば、コートを着ていなくても『変転具』の中にある限り【収納】は可能だ。その場合は『変転具』に対象も吸い込まれる。防御力はコート分落ちるのだが、能力は変わらず発動する。【正確】も苦無だけに影響を与えるものではなく、【生産】など様々なことに使える。


 私の得た称号スキルや能力は一見良いように感じるが、ダンジョンでは最初に躓く。なにせスキル持ちの魔物の話は30層以降でしか聞かない。


 苦無は【正確】のお陰で当てるのは容易。ただ、ピンポイントな弱点があるならともかく、強化なしの初期状態では大きなダメージは与えられない。


 ダンジョンでのドロップはカードの形をとるので、【収納】の需要も低い。テントや他の荷物も、ダンジョンから出したことのないモノならば――ダンジョン産出のものを使い、ダンジョン内で作ったものならば、魔物の落とす『ブランクカード』に【収納】と同じように【封入】できる。


 カードならばポケットに入ってしまう。


 リトルコアのドロップは、ダンジョン内の道中も含めて攻略に関わった人数が多いほど、いわゆるレアが出る確率が下がるのだそうだ。特に稀に出る能力カードは、パーティーが5人を越えると出なくなる。【収納】のためにわざわざ一人増やす攻略者はいない。


 ただし、カードを含めてダンジョン内で効果を発揮する物はダンジョンの外に持ち出すと消えて戻らないのだが、【収納】に入れた物はダンジョン間の移動が可能だ。外で運送業に就けば高給取りなわけだが、今の時代の長距離移動はかなり疲れるのでパスしたい。


 能力は同じ名前のものでも、『運命の選択』で得たもの、未踏ダンジョンの初到達で得たもの、ドロップカードで出たもので性能が違う。当然『運命の選択』で出た物が良く、強化をしたときの上昇率も良い。


 ちなみに初めてのリトルコア討伐はレアのドロップ率が上がるため、私のように金を払って他の冒険者に一度だけ連れて行ってもらい、早々に二度目の運試しをする者が多い。


 幸い二度目の運試しは当たり、能力カードを引いた。出たのは【生産】だったが。


 そしてその運試しの依頼の後、ダンジョンを攻略すること・・・・・・は諦めて、政府の仕事をすることになり、退職して今に至る。


 現在も【生産】で稼いでいるので、フリーランスになったというのが正しいか。今年30です。

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