第7話 転校生は超絶美少女(4)

「ダンジョン攻略以外にも、いくらでも面白いことはあるだろ。百歩譲ったとしても、あのダンジョンに挑戦することは絶対勧めないけどな。というか、学生の本分は勉強なんだから大人しく勉強しとけ」


 シツツメはきっぱりと凛音の誘いを断り、やや辟易した様子でそう言った。恐らくは過去にも、同じようにダンジョン攻略のために協力して欲しいと頼まれたことが何度もあるのだろう。その度に断ってきたというのが、今のやり取りで分かる。しかし今回シツツメにそれを頼んだのは、圧倒的な知名度と人気を誇る凛音だ。断るとは凛音自身を含め、この場にいる全員が予想していなかったはずだ。


「……突然のお願いというのは、重々承知しています。ですが私の協力者として相応しいのは、シツツメさんしかいないんです。それに貴方ほどの人間がただのボランティアとして、日の目を見ないのはそれは損失ではありませんか?」


 凛音はもう一度、シツツメに頼んだ。その口調は最初にシツツメに頼んだ時よりも、真剣さというか必死さが感じられる。それはシツツメも気づいているはずだ。シツツメはじっと凛音の顔を見て「ちょっと待ってろ」と言い残し、店内へと入っていく。


(考え直してくれたのですね。少し焦りましたが……)


 凛音は安心したように表情を緩める。シツツメはすぐに店内から戻って来た。その手には缶ジュースとスナック菓子を持っており、その二つを「ほら」と凛音に手渡す。受け取った凛音はこれが意図するところが分からないのか、渡されたジュースとお菓子、そしてシツツメの顔を交互に見た。


「あの、これは?」

「それやるから今日はもう帰れ。どの道、こんな大人数が入るスペースはうちの店に無い」

「シツツメさん、私の協力者には──」

「さっき断った。二度も言わせるな」


 はあ、とシツツメは溜息を吐いた。薄情にも見えるシツツメのその対応に周りの生徒からは「シツツメさん、何で断るの!?」「雨宮さんからのお願いなんだよ!」「先に攻略されるのが悔しいだけなんじゃない?」と、続々と非難の声が上がる。それに対してシツツメの反応は怒るでもなく、冷ややかだ。口調にも凛音を見る視線にも現れている。


「あんな所に自分から行こうとしている奴を、お前たちは何で止めない? 今はやたらと配信だの何だのでダンジョンに行く連中が多いが、俺からすれば理解できん。下手をすればただの思い切った公開自殺だ」

「シツツメさん、それ言い過ぎでしょ!」

「雨宮さんに謝った方が良いんじゃないの?」


 この場の空気が怪しくなり、全員が凛音の味方のように見えたが。しかしそこで「ねえ、今日は帰ろうよ。歓迎会はまた今度でいいじゃん」と伊月が言った。皆が伊月に目を向ける中で伊月はシツツメのことを見ていた。


「いきなりこんな大人数で、押しかけたのは私たちなんだからさ。それにシツツメさんが嫌がらせで、雨宮さんのお願いを断るような人じゃないのは皆も知ってるでしょ? そんな人だったら、あのダンジョンで人助けなんてしてない。雨宮さんを心配しているんだよ、きっと」


 伊月の声は大きくは無かったが、その場にいる生徒たちにしっかりと届いているようだった。シツツメを非難していた生徒たちはバツが悪そうに押し黙ると、その様子を見た琉衣が「そうだな、今日は帰るか! 歓迎会はまた今度だな」と手を叩き、元気良く言った。それに賛同するようにして「その方が良いかな」と生徒たちは顔を見合わせる。

 凛音はこのままシツツメに食い下がっても、彼が首を縦に振ることは無いと思ったのか「そうですね」と柔らかく笑みを浮かべ、シツツメに頭を下げた。


「今日は申し訳ありませんでした。お恥ずかしいところを見せてしまい……また今度、お伺いさせていただきます」

「出来れば普通の客として来て貰いたいもんだ」


 シツツメがやれやれと肩をすくめれば、頭を上げた凛音は嬉しそうに笑う。その笑みを見れば凛音がする大抵のことは許されてしまいそうだ。

 夜桜高校の生徒たちがぞろぞろと帰る中、伊月がシツツメの方に顔を向けて右手の人差し指をピンと立てる。どういうことかとシツツメは疑問に思うも、「貸しひとつ」という意味だと分かれば、はあ、と溜息を吐いた。そんなつもりは無かったが、伊月に余計な貸しを作ってしまったようだ。


(しかし、雨宮凛音って言ったか? また厄介そうなのが来たもんだ)

「シツツメさん、リンネちゃんの誘い断るなんて最低ー!」

「そうだよ! こんなボロい店やってるより、リンネちゃんの誘いに乗った方が絶対良かったじゃん!」

「おい、ボロいって言うな」


 大勢いた生徒たちが店を後にしていく背中を見送りながら、シツツメはこれから面倒なことになりそうだなと頭を掻いた。

 あの雨宮凛音という少女は、ひと癖もふた癖もありそうだ。少なくとも今日のことで諦めるような人間じゃないのは明らかだと、シツツメは感じ取っていた。



 ◇



 クラスメイト達と別れた凛音は夜桜市内の一等地に建つマンション、その最上階の部屋に入ると鞄をソファの上に置いた。その鞄の中にはシツツメから貰った缶ジュースと、スナック菓子も入っている。

 家事全般をやってくれる手伝いの人間が来るまでしばらく時間があるので、凛音は制服姿のままデスクトップ型のパソコンが置いてある机の前の椅子に腰かけた。配信をするにも中途半端な時間になりそうなので、凛音はスマホを手にそれまでゆっくりと過ごすことにした。

 一部の富裕層のために建てられたマンションの最上階に、凛音は親元から離れて一人で住んでいる。家賃は相当に高いが凛音にとっては涼しい顔で支払える。だがそんなことはどうでも良く、夜桜市で過ごす場所をここにしたのは単純に気に入ったからである。


「……断られてしまいましたか」


 凛音はスマホでダンジョン系の配信や動画を調べながら、ぽつりと呟いた。一応は他の配信者やチャンネルのことも凛音は確認するのだが、彼女がそれらに興味を惹かれることはまず無い。例え注目されている、人気急上昇、バズった──様々な話題が出たとしても、結局凛音の人気に及ぶことは無いのだ。だからこうして調べているのもただの時間潰しであり、興味が湧くはずなどない。

 そんな凛音は、自分が直々に協力者となるようにお願いをしたにも関わらず、簡単に断ったシツツメのことを思い出している。凛音の計画ではシツツメは今日、自分の協力者となるはずだった。それが失敗したことは予想外。想像もしていなかった。


 定期配信の視聴者たちに夜桜市のダンジョン、それに関わる情報を集めてもらった。それにはシツツメのことも含まれており、シツツメの実績を見れば何故ボランティアなどしているのか凛音にとっては疑問でしかない。配信を行えば彼の実力やルックスを加味すれば、あっという間にトップ配信者たちの仲間入りをすることも容易だろう。

 そのシツツメならば、自分に協力する人間足りえると凛音は考えたのだが──取り付く島も無く、断られるという結果に終わった。

 今まで他人に何かをお願いして、それを断られたことなど凛音の記憶には存在しない。むしろ相手側から、凛音のために何かをしたいと頼んでくるのだから。凛音はそれが当然という不遜が許される人間で、周りもそう思っている。

 だがそうならないことも存在した。


(私をあんな目で見る人間は初めてでしたね──今まで、一人もいなかった)


 凛音は自分の誘いを断った時のシツツメを思い出す。その時に凛音を見ていたシツツメの目は、自分の協力者という立場に興味もなさそうな冷めた目。今まで生きてきた中で、凛音が向けられたことの無かった視線だった。いつも好意の目で見られていたのだから。

 凛音の体にぞく、とした感覚が湧き上がる。それは興奮にも似ていた。これも初めてのことだ。思わず自分の左手を右手で撫でた凛音は、気分を落ち着かせるようにふうと息を吐く。


 夜桜市のダンジョンがそう簡単にクリアできるとは、凛音も思っていない。だからこそ攻略難易度最高ランクのダンジョン、その判明している最下層まで単独で辿り着いたシツツメを協力者にしたいと凛音は考えていた。とは言えあくまでもビジネスパートナーの類で、ダンジョンをクリアすればそこで終える関係である。興味があるのはあくまでも、夜桜市のダンジョンだけ。

 だが今の凛音の興味は、最高難易度のダンジョンと同じぐらいシツツメに向けられていた。あそこまで自分をどうでもよさそうに扱う人間に凛音は初めて出会ったのだ。


(あの人のことがもっと知りたい。……そう、これもダンジョンを攻略するために必要な情報のひとつです)


 凛音は自分に言い聞かせる。浮かんでいるその笑みは、とても楽しそうだった。

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