第6話 転校生は超絶美少女(3)

 シツツメ商店は駄菓子も置いてあるので、夜桜高校の生徒だけではなく近所の子供も良く利用していた。学校が終わった放課後の時間帯には、シツツメ商店の店先で子供たちが駄菓子を食べながら集まっている光景も珍しくはない。

 そんなある意味で憩いの場として利用されている店の店主であるシツツメは、店内奥のスペースに置いてある一昔前のアーケードゲームの筐体で、子供と対戦している真っ最中だった。しばらくすると子供が「あー! 何だよそれー!」と声を上げ、頭を抱える。画面には「PERFECTWIN」と大きく表示されていた。子供の様子からして、シツツメに一方的にボコボコにされてしまったようだ。


「ハメじゃん今の! シツツメさん大人げなさすぎでしょ!」

「失礼なことを言うな。ハメるのにも技術がいるんだぞ。今のなんか結構練習したしな」

「やっぱハメてんじゃん! ズルいズルい!」


 隣に座るシツツメを指差して大騒ぎする子供に、シツツメは「何で負けたか明日まで考えておけ」と煽る始末だった。後ろで観戦していた他の子供たちからも「こんな大人になりたくねー」「おっさん手加減しろよ!」などと、シツツメを非難する声が次々に上がる。


「おい誰だ、おっさんって言ったの。俺はまだ二十代後半だ」

「二十代後半って、もうおっさんだって聞いたよ」

「誰が言ったか分からないが、そんな言葉信じるな。俺はまだお兄さんだ」

「事実を認められない大人って惨めだよな」


 子供相手に技術を動員したハメ技で勝利してしまったことで、シツツメの味方はこの場に誰もいない。形勢不利と判断したシツツメは「仕方ない」と頭を掻くと、ジュースが入っている冷蔵庫を指差した。


「好きなジュース、一本持ってけ。これが大人の懐の広さだ」

「ジュース一本でドヤられてもなあ……」

「まあ貰っておこうぜ、タダだし」


 案外渋い反応を見せる子供たちにシツツメは「ませたガキ共だな」と呟くも、表情も口調も穏やか。どうやら普段からこんな感じで子供たちと接しているようだ。

 シツツメは筐体のレバーをガチャガチャと動かし、あまり納得のいく感覚ではないのか首を捻っている。そのシツツメの肩を「ねえねえ」と一人の子供が、揺らした。


「どうした? 好みのジュースが無かったか? ならアイスでもいいぞ」

「そうじゃなくて。何か夜桜高校の制服を着た人たちがいっぱい来てるよ」


 と子供が店の入り口を指差している。シツツメは「何?」と怪訝そうに後ろを振り返りながら椅子から立ち上がると、その子供が言う通りに店の前には夜桜高校のブレザータイプの制服を着た生徒たちがいた。少なくとも十数人はいるだろう。こんなにまとまって来ることは初めてなので、シツツメは何があったのかと店の外に出ようとした。その時、「あー!」と店の外から子供たちの声が聞こえて来る。


「おい、一体何が──」

「リンネちゃんだ! 何でこんなところにいるの!?」

「すげー! 本物!? ねえねえ、サインちょうだい!」

「ファンです握手してください!」


 店の外に出たシツツメの前では、子供たちが黒髪の少女の元に集まって大騒ぎしている光景があった。落ち着いた様子で子供たちの相手をしている彼女も、夜桜高校の制服を着ているので生徒なのだろうが、少なくともシツツメは自分の店では彼女を見たことが無かった。「こんなところには余計だ」とシツツメが心外そうに呟いたところで、見知った顔である伊月と琉衣がやって来た。


「シツツメさん、いきなりごめんなさい。ちょっと事情があって……」

「事情? 何かの打ち上げか?」

「あー、惜しい。打ち上げじゃなくて歓迎会だよ、シツツメさん。実は今日、クラスに転校生が来てさ。その転校生っていうのが、凄いんだよ。誰だか分かる?」

「分かる訳ないだろ」


 きっぱりと答えたシツツメに「もうちょっと乗っかってよ」と琉衣は言うも、気を取り直して大袈裟とも言える動きで黒髪の少女──凛音をシツツメに紹介する。


「ダンジョン配信の中でも、圧倒的人気ナンバーワンを誇るダンジョン系超絶美少女雨宮凛音ちゃんが夜桜高校の──しかも俺たちのクラスに転校して来たんだよ! まさに青天の霹靂とはこのことだよね!」


 琉衣の紹介の勢いに、周りの夜桜高校の生徒たちや子供たちも思わず拍手をしてしまっていた。その過剰なまでの紹介を受けた凛音は子供たちの頭をそっと撫でてからシツツメの前まで出てくると、涼やかに頭を下げる。


「雨宮凛音と申します。少し恥ずかしいのですが、宗像さんから紹介をされた通りで……ダンジョンの攻略などの配信をしています。人気ナンバーワンとは言われていますが、まだまだ未熟者です」


 凛音は頭を上げ、シツツメに微笑みかけた。それだけで殆どの男は彼女に気を許してしまうだろう。シツツメは「雨宮凛音……?」と彼女の名前を呟くと、何かを考えるように腕を組んだ。その表情はやや険しい。

 そんなシツツメの様子を見た凛音は、遠慮がちに声をかける。


「あの、シツツメさん。私、何か失礼なことを──」

「そうだ、あの時ちらっと見た配信に出てたな。どこかで見た顔だと思っていたんだ。思い出してスッキリしたよ。…あ、このシツツメ商店の店主の志津々目四季だ。まあよろしく」


 シツツメはいつだったかに店に来た生徒たちが見ていた配信に出ていた少女が、凛音であることを思い出したようだ。それがシツツメにとって重要だったようで、凛音が人気ナンバーワンの配信者であることは特に気にすることではないらしい。軽い雰囲気で彼女に自己紹介をすると、店内に入るのを促す。


「初来店ってことで、お菓子アイスジュース、どれかひとつタダで持って行っていいぞ。ゲーム1プレイでも良いけどな」

「ちょ、ちょっとシツツメさん! もっとこう……無いの!? 取るべきリアクションとかさ! 雨宮凛音が目の前にいるんだよ!」

「そんなことを言われてもな。配信も五秒ぐらいしか見たことがないから、リアクションの取りようも無い」


 あくまでも正直に自分の感想を言っているシツツメは、凛音を目の前にしてもいつも通りの雰囲気だ。むしろ琉衣の方がずっと焦っている。

 その様子を後ろから眺めていた伊月は思わず笑ってしまう。そして安心もしていた。シツツメが自分たちのように凛音を目の前にして慌てたり、興奮したりするのを伊月は見たいとは思っていなかった。凛音には悪い気もするが。


「──ふふふ。面白い方ですね。流石はあの攻略難易度10のダンジョンの判明している最下層まで、単独で辿り着いた実績を持つ方です」


 そんな中、凛音は声に出して笑っていた。だがその笑いは呆れや怒りから来るものではなく、本当に面白くて笑っているようにも聞こえる。さすがにまずいのでは、と周りの生徒たちはざわつくが、それに構わず凛音は続ける。シツツメの目の前まで歩み寄って。


「夜桜市に来るまでに、私なりにシツツメさんのことを調べさせて頂きました。十数年前に夜桜市のダンジョンの第十六階層まで単独で到達し、生きて戻って来たこと。それよりも下があるか分からないのは、シツツメさんしかそこまで辿り着いていないこと。現在はボランティアとして活動し、ダンジョン攻略からは一線を退いていること。配信もしていませんし、チャンネルも作ってはいない──シツツメさんほどの人が知られていないのは、そう言うことなんですね」

「別に配信とかには興味は無いからな。有名になるつもりはない」

「ですけど、あのダンジョンをクリアするつもりはあった……そうですよね?」

「……何が言いたい?」


 そう尋ねたシツツメに対し、凛音は笑みを浮かべる。だがその笑みは学校で見せた笑みとは違い、蠱惑さを秘めているようにも見えた。ただ他の生徒たちからは見えていないので誰もそれに気づいてはいないが。


「シツツメさん、私は未だ誰も攻略していない夜桜市のダンジョンをクリアするという目標があります。ですが無計画に挑戦し、クリアできるとは思っていません。もしそれでクリアできるのなら、他の誰かがしているでしょうから」


 凛音はそこまで言うと、自分の胸に手を当てる。それはまるで舞台の上で煌びやかな演技をしているかのようだ。


「必要なんです。情報──もしくは協力者が。ですがそれは、配信でただ大きいことを言っているだけの有象無象の人間ではダメです。歴とした実績を持つ実力者でなければ、私の協力者とはなり得ません」


 そこで凛音は胸に当てていた手を離し、目の前のシツツメに差し出した。騎士に忠誠を誓わせる姫──例えるならば、それはそう見えた。


「シツツメさん。貴方ならば、私の協力者になる資格と権利があります。この私ともう一度、最高難易度のダンジョンに立ち向かいましょう。クリアしたその瞬間、私と貴方は歴史に名を残します」


 ここまでは凛音の考えている筋書通りだ。これぐらい周りに人がいる中では断ることもできないだろうし、そうでなくとも雨宮凛音という、圧倒的人気ナンバーワンのダンジョン配信者が直々に協力を頼んでいる。そして超絶美少女とまで言われる少女を前にすれば、断れる男──いや、人間はいないと凛音は考えていた。そう思える不遜が許されるだけの知名度、才能、そして容姿を兼ね備えていると凛音は自負している。

 だからこそ、シツツメが次にこう言ったのが凛音には信じられなかった。聞き間違いかとも思った。それは周りの人間たちも同じだっただろう。


「嫌だ」


 表情を変えず、淡々とした様子でシツツメはその二文字を躊躇いなく口にした。

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