第49話 ヒュドラの死体は

 私は拳をヒュドラの頭に打ち込んだまま、ヒュドラから命の火が消えて行くのが分かる。

 それから少ししてそっとヒュドラから手を離すけれど、ヒュドラはもう動くことはなかった。


「よし……何とかなりましたね!」


 私はこれで王都にいける。

 そしてシュークリームなるお菓子を食べられるはず。


 振り向くとクルミさんが少しほほを引くつかせながら近付いてくる。


「さ、サフィニア。本当に一発で殴り倒しちゃったの?」

「クルミさん。違いますよ。確認のために小突こづいたらショック死してしまっただけです」

「ヒュドラにショック死って言ってもいいのかなぁ……」

「大丈夫です。きっと寝起きに驚かされて、想像以上の衝撃を受けただけだと思います」

「そんないたずらじゃないんだから……でもまぁ……。ヒュドラが倒されてみんなが喜ぶんだからいっか! よくやったよ! サフィニア!」


 クルミさんはそう言って私を抱き締めてくれた。


「クルミさん。ありがとうございます」

「いいのいいの。頑張った人にはご褒美をあげないとね。とっておきのポーションを……」

「あ、それは別の食事でお願いします」

「別のご褒美ほうびは食事で決まっているんだね」

「当然ですよ! それ以外にほしいものはありませんから!」


 もっとたくさんの美味しい物を食べて、もっと色んな美味しい物を作って、それをみんなに食べてもらう。

 それが私のやりたいこと。

 やり続けたいことだからだ。


「よし、それじゃあ一回戻ろうか」


 クルミさんはそう言ってヒュドラの死体をそのままに村の方に歩いて行く。


「ヒュドラはそのままなんですか?」

「だって持っていけないでしょ?」

「私は持てますよ? よっと」


 私はヒュドラの胴体に手を入れて持ち上げる。

 ちょっと重たいけれど、持てないほどじゃない。


「そのまま持って行ったら噂は本当だったって言われるよ」


 ズン。


 私はヒュドラを投げ捨てるように地面に落とす。


「それではマジックバックに入れたらどうですか?」

「ヒュドラが入るサイズのマジックバックを持ってるって知られたら、それだけで目立つよ?」

「なるほど……」

「だからそれは置いておこう。あ、そうだ。あたしが気配を消す魔法をかけておけばいいかな。それなら大丈夫」

「なるほど。よろしくお願いします」


 それからクルミさんが気配を消す魔法をヒュドラにかけてくれて、私達は早足で戻る。


 来た時と別でヒュドラの気配を心配する必要がないからだ。



 私達が村に戻る頃には、夕方になっていた。

 クルミさんが村のみんなに報告してくれる。


「それは本当か⁉」

「本当だよー。このことを村のみんなに話してほしいのと、ヒュドラの死体を回収する人を派遣してほしいなって。あたしが案内するからさ」

「問題ない! 《女神の吐息アルテミス・ブレス》が倒した後、回収できなかった時の事を考えて人も用意してあるんだ。すぐに行けるか⁉」

「問題ないよ。サフィニア。君はここまででいいよ」


 クルミさんが突然そう言ってきて、私は思わず聞き返す。


「どうしてですか? 私もクルミさんのお供をしますよ?」


 彼女を1人で行かせるのはさびしいはずだ。

 だから、私も一緒に行こうと思ったんだけれど……。


 クルミさんは笑顔で問題ないと言ってくれる。


「心配してくれてありがとうね。でも大丈夫、他に人もいるし、これから宴だよ? だからサフィニアには料理を作っていてほしいんだ」

「宴ですか?」

「そ、だってヒュドラを倒したんだよ? その事を祝ってやるに決まっているよ。これが朝に帰ってきてたらみんなすぐにでも出て行くかもしれないけど、もう夜になる。今夜は楽しもうよ!」


 そう言ってクルミさんは笑っていた。


「なるほど。ではいっぱい美味しい物を用意しておきますね!」

「うん! ネムちゃんとミカヅキちゃんにもよろしく」

「はい!」


 クルミさんは冒険者の人達を連れてヒュドラの回収に向かった。


 私は彼女を見送った後、村長さんの家に行って料理を作り始める。


「何を作ろうかな。特にネムちゃんが頑張ってくれたから……ネムちゃんが好きなものがいいんだけど……」


 ネムちゃんは基本的になんでも食べる。

 なのであんまり好みはないと思っていたんだけど……。


「だからって何も考えないのは違うよね」


 私はネムちゃんの食べる順番や、食べている時の表情を思いだす。

 彼女はどんな時に嬉しそうに食べていた?

 好きなものは最初に食べる派? それとも最後に? それとも適当に食べるタイプ?


 ネムちゃんが食べていた時のことをより詳細に思いだす様にして、これじゃないのかという物を決める。


「よし、っていう事は、やっぱり……これだよね」


 私はネムちゃんの好みだと思うような料理をこれでもかと作っていく。

 もちろんクルミさんやミカヅキさんが好きな物も作ってある。


 色んな料理を考えながら作っていたら、あっという間にクルミさんが戻って来た。


「たっだいまー! サフィニア! 外すごいことになってるね!」

「おかえりなさい。すごいことですか?」

「そうだよ! 本当にお祝いムードになっているんだから! って……ここの料理もお祭りみたいなことになってるね……」

「はい! せっかくなのでいっぱい作ってみました! 他の方々を呼んで来て下さい!」

「任せて!」


 クルミさんがそう言ってネムちゃんとミカヅキさんだけじゃなく、《女神の吐息アルテミス・ブレス》や村長さん達も呼びに行ってくれた。

 少ししたら寝起きのネムちゃんとミカヅキさんが部屋に入ってきた。


「うわ⁉ なんなのですか⁉ このごちそうの山は⁉」

「すごいねぇ……アタシ達は貴族にでもなったのかな?」


 2人はテーブルの上に並べられた料理を見て嬉しそうにそんな事を言っていた。


「ヒュドラの討伐が確認されたので、そのお祝いです。他の人達は……」

「《女神の吐息アルテミス・ブレス》は全員寝てた。村長さんとラミルさんはいなかったから、外でヒュドラの対応でもしてるんじゃない?」

「そうですか。それなら食事は……」

「後にしてもいいんじゃない? 外は外で結構お祭りになってるし」

「分かりました。では料理はマジックバックに入れておきますね。それで、他の方々が起きてきたら食べるということでいいですか?」


 私がみんなに聞くと、ネムちゃんとミカヅキさんはとっても寂しそうに答える。


「そう……なのです。分かったのです。食べたいのですが……」

「目の前にニンジンをぶら下げられた馬になった気分だよ」


 ということだったので、


「少しだけ食べてから行きましょうか?」

「そうしたいのです! わたしは手で持てるこれにします!」


 ネムちゃんはそう言って、野菜を食べやすい長さにカットした物に、ドレッシングをかけた物を手に取る。

 コップに入ったそれを持ち、フォークで野菜にかじりついていた。


「ん~~~! 美味しいのです! さっぱりしていて食べやすく、野菜も新鮮で歯ごたえ抜群ばつぐんなのです!」


 ネムちゃんはそう言ってとても美味しそうに食べている。

 彼女の好みはさっぱりした食べやすいもの、だと思っていたけれど、あっていたようだ。


 ミカヅキさんはトウガラシがかけられた串焼きを持っていて、美味しそうに辛い辛いと言っていた。

 料理をマジックバックに仕舞って村の中に出ると、この村にこんなにも人がいたのか。

 そう思えるくらいにみんなが楽しそうにしていた。


 商魂しょうこんたくましく露店で食事を売る人、今朝見たようなアクセサリー等を売る人。

 多くの人が楽しそうに、ヒュドラがいなくなった事を喜んでいた。


 私達も見て回り、みんなで楽しい時間を過ごす。

 1時間ほどして、確認のために村長の家に戻ると、リビングにアザミさんとカトレアさんが座っていた。


「戻りました。アザミさん、カトレアさん。大丈夫ですか?」


 私がそう聞くと、アザミさんは立ち上がって口を開いた。


「君達……少し、聞きたいことがある」


 なんの事だろうと思っていると、彼女はそのまま続けた。


「ヒュドラの死体について、詳しく聞きたい」

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