第48話 ヒュドラの確認
ネムちゃんがそう言った所で、お医者さんが
「ごぼん。さて、そろそろ話にキリはついたかな? それよりも、アザミ君、君も休みなさい。他の2人のように寝て、しっかりと体力を回復させなければいけないよ」
お医者さんはそう言って、ベッドで眠っている《
アザミさんはその言葉を聞いて、慌てて答える。
「しかし、ヒュドラの討伐がまだ」
「そんなのは完治してからだ!」
「だけど、深手は負わせているんだ! 後少しで討伐できるかもしれない! それが無理でも撃退したかの確認だけはさせてくれ!」
「ダメだ。その体で行ける訳がない。第一、なんでそうまでして確認する必要がある?」
「多くの人が王都に行くための道を待っているから以外に何がある! 撃退しておけば、商人達を通らせる事ができる! だからその確認だけでもさせてくれ!」
アザミさんはそう言って、お医者さんに頼み込む。
でも、お医者さんは決して認めようとしない。
「ならん。助かった命を捨てに行くつもりか? 体もボロボロ、装備もボロボロ、ただのゴブリン相手でも不安が残るのだぞ?」
「でも!」
そう言ってアザミさんは行こうと言い張る。
2人は決して譲らず、真っ向から向かいあう。
そんな2人を見ていて、私は口を挟む。
「私が
「本当⁉」
「できるのか⁉」
アザミさんとお医者さんが同時に私の方を向くので驚いてしまう。
でも、ここは誰かが行かないといけない場面だと思う。
かなり体力や装備を消耗しているアザミさんに行かせる訳にはいかない。
アザミさんは少し期待するような目をした後、私の胸の前に下げられている冒険者証を見て視線を落とす。
「サフィニア君。そう言ってくれるのは嬉しいが、Fランクの君では……」
「大丈夫です。ヒュドラがいないか見つけて急いで戻ってくるだけですよね? 私、足は速いので!」
「しかし……」
納得しないアザミさんをお医者さんが話してくれる。
「アザミ君、君はこの村に来た時にサフィニア君の噂を聞かなかったかな?」
「え? 私のですか?」
「今は黙っていてくれるかね?」
「はい……」
私の噂とはなんだろうか、気になるけれど黙るしかなかった。
「それで、聞いたことがあるだろう?」
「まぁ……神が気ままに遊びに来ているだとか……実力を隠したSランク冒険者がお忍びで依頼をこなしている……だとか、果てはドラゴンが変化して人間の真似事をしているだとか……とかも聞いた」
「……」
私は心臓が止まるかと思い、みんなの方を見る。
でも、みんなも私と同じように驚いた顔で、首を勢いよく横に振っていた。
私はいてもたってもいられずまたしても割り込んだ。
「あの……それは本当に……私の噂ですか?」
「ああ、オレがこの村に来てなにかあったらお前に頼れと言われたよ」
「ワシも似たような話を何度も聞いたぞ」
「嘘でしょう……」
私は自分の
え……ちょっと運んでいただけじゃない……。
なんでそんな噂が……。
私はがっくりとひざをついてどうしようか悩む。
……って、そんな場合じゃない!
このままもし私が偵察に行き、もしヒュドラがいなかったら、『ああ、あの噂の人が倒してくれたのね。そして、その功績を《
だから止めねば!
そう思って立ち上がった所、アザミさんに頭を下げられお願いされる。
「サフィニアさん。オレの代わりに偵察に行っていただけませんか」
「……はい」
アザミさんの声は今にも泣きそうで、真剣に私にお願いをしているようだった。
そんな彼女のお願いを断ることなんてできない。
私が了承した次の瞬間、アザミさんがいきなり倒れる。
「アザミさん⁉」
私は慌てて彼女を受け止めるけれど、彼女が目を覚ます様子はない。
ただ息をしているので、死んでいるような事はなかった。
「君が偵察に行ってくれると言ってくれたから安心したのだろう。彼女の事は任せて頼む……」
お医者さんもそう言って頭を下げてくる。
「ま、任せてください」
私はアザミさんを空いているベッドに寝かせ、3人に向きなおると、恐ろしいほどの笑顔で私を見ているクルミさんと、クルミさんと私を交互に見て不安そうにしているネムちゃんとミカヅキさんがいた。
私が近付くと、クルミさんが私達の部屋に来いと笑顔の表情を一切変えずにジェスチャーする。
「……」
私は黙ったまま彼女に呼び出され、部屋に入って扉を閉めるなり、彼女は私を壁に押し付けて顔の横に手を付く。
ドン。
少し音がするけれど、私は彼女から目が離せない。
クルミさんはゆっくりと口を開く。
「サフィニアちゃん? 何か言いたいことはあるかな?」
「ごめんなさい! 私……あんなに目立っていたなんて思わなくって……。本当に……「ストップ」
私が謝ろうとすると、クルミさんは止めてくる。
「?」
「まぁ……あたしもちょっと……目立ってたから……。今回、君は悪くないよ」
「そうなんですか?」
ちょっと信じられずに思わず聞いてしまう。
クルミさんはやれやれと言ったように話す。
「そうだよ。サフィニア。人はね、辛い状況にある時、誰かに救いを求めるものなんだ。だから、ヒュドラが近くにいて、多くの人が恐怖を抱いている今、外から来て、果てしなく活躍する君の姿を救世主に仕立て上げたかったんだよ」
「クルミさん……?」
まるで経験したことのように話す彼女は、どこか寂しげだった。
「だから、もし君がいなかったら、あたしが新人からかけ離れた魔法使いだ。きっと【大賢者】がお忍びで来ているのだ、とか言われるに違いないよ」
「本当に……?」
あんまり信じられないけど、クルミさんは疑っていないようだった。
「うん。きっとね。それに、君とは離れた所にいたのに、そう言った話を聞かなかったあたしのミスでもあるからね。しょうがないよ」
「クルミさん……」
「だからさ。ささっと偵察に行って、帰って来よう? あたしだってあの状況なら偵察に行くって言っただろうからね」
クルミさんはそう言って仕方なさそうに笑う。
でも、私が気になったのはそこではない。
「クルミさんが偵察に来るんですか?」
「そうだよ? 当然でしょう?」
「ということは、私がクルミさんを抱えて……?」
「いや、それは必要ないよ」
その部分だけはやたらハッキリと断られてしまった。
「というか、以前君が森に行った時に気付かれずに後ろにいたのを忘れたの?」
「そういえば……」
ゴブリンを1人で
「あたしは魔法が使えるからね。そういう魔法もあるんだよ」
クルミさんはそう言って、私達2人で偵察に行くことになった。
ちなみに、ネムちゃんは連日の疲れとヒュドラ解毒薬を作った疲れでもうダウンしていて、ミカヅキさんはその付き添いで残ることになった。
******
私達は森の中を歩き、周囲にはクルミさんが作ってくれた風の幕が存在する。
これが私達の気配を
私を先頭にして、慎重に森の中を進む。
魔法の中とはいえ、あまり派手な行動をすると気付かれてしまうらしい。
かれこれ2時間くらいは歩いているけれど、ヒュドラがいたような跡はなかった。
「クルミさん。ヒュドラはまだいるんでしょうか?」
「もう逃げてくれているといいんだけど……。それを確認する為に来ているんだよ。と、そろそろ注意して、戦った跡がある」
私はクルミさんが向いている方を見ると、矢が気に突き刺さっていた。
「ですね」
私達は警戒しながら進むと、ヒュドラとの戦闘の跡がドンドンと見えてくる。
周囲の木々はなぎ倒され、地面には毒々しい紫色の液体が撒き散らされていた。
今もこれらは何かを溶かしていて、避けて通る必要があったほどだ。
それから数分進んだ先に、それはいた。
「……」
全身は真っ黒いウロコをしていて、全長は猫のように丸まっているためわからない。
ただ、最低でも10mはあるだろうことは分かった。
ドラゴンらしく背中には
ただ、それら全てが傷だらけだった。
ウロコはかなりの部分が
「あれがヒュドラ?」
「だね。っていうか、想像以上にボロボロだね。サフィニアが殴ったら倒せるんじゃない?」
クルミさんは軽い口調で聞いてくるけれど、私は心の中を読まれたようで驚く。
「すごいですクルミさん。どうしてこれからしようと思っていた事を分かったんですか?」
「一緒にいたからね。それくらいは分かる……って今なんて?」
「一発殴って来ようかと」
「……サフィニア。どうしてそんな判断になったのか聞いてもいいかな?」
クルミさんは取り合えず話し、後勝手に行くなというように私の肩に手を置く。
「えーっとですね。まず、私、ヒュドラが死んでいるんじゃないかと思うんです」
「え……っと、まずは……そこから? あれ……だっているし……丸まってるし……」
「丸まったまま死んでいる可能性もありますよね? だから、その確認のために一発殴って来ようかと」
「ま、待って? でも殴ったら気付かれてしまうんじゃ?」
「気付かれても、起き上がれないほどの一発をぶち込めば、『あ、生きてた。逃げよ』という感じで逃げる時間はあるんじゃないのかと」
「えぇ……」
クルミさんはそう言って頭を抱えて、それから口を開く。
「なら、それで死んでたら?」
「《
「サフィニアの攻撃がすごかったら? それでバレちゃうんじゃない?」
「《
「もう……いいけど……」
「ありがとうございます!」
クルミさんは納得してくれたので、私は拳に力を溜める。
「あたしはここでこの魔法を使って待ってるから、一発だけだからね?」
「はい! ありがとうございます!」
私はできる限りの魔力を拳に集める。
この一撃に全てを懸ける、そう思うほどの魔力を集めている。
キィィィン。
「さ、サフィニアさん? 魔力が集まり過ぎてなにか音が……」
「大丈夫です。一発だけですから」
「その威力を一発にかけるって……」
「行きます!」
私は十分に力がたまったことを確認し、一息にクルミさんの魔法から抜け出す。
「グルゥ?」
ヒュドラが目を覚まし、頭をあげた。
私はその頭、特にウロコが取れかけている部分に向かって、
「シュークリームのために死になさい! せいや!!!!!」
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
私はヒュドラの頭を叩き、ヒュドラの頭が地面に埋まる。
「グルルルルウウウウウウゥゥゥゥゥゥ………………」
「あ、死んだ」
そして、私の拳がとどめになったのが分かった。
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