第44話 アシガカラマッタ

「ブヒィイイイイイ!」


 柵を壊して突破して来たファングボアはそのまま農作物に突っ込んでいく。

 でも、私がここで倒すことはできない。


 私は戦えることがバレてはいけないからだ。

 手には少し厚めの長い板を持っているから、なにか使えないだろうか。


 すぐ近くには冒険者の人が柵の向こうからこっちに向かって来ていたり、ミカヅキさんが刀を持ちながら向かってくる。

 ミカヅキさん。


「そうだ!」


 私は資材を持ったまま、走ってファングボアの前に出る。


「おい! あぶねぇぞ!」

「逃げろ! 嬢ちゃん!」


 そんな声が聞こえる中、私は走りながらこけるふり・・をした。

 ミカヅキさんの芝居がかった行動を参考にしたのだ。


「あ! アシガカラマッチャッター」


 私が倒れるタイミングを調整して、ファングボアの少し手前に資材を突き刺す。


 ズン!


「ブヒィイイイイイ!!!???」


 ファングボアは止まることができず、私が突き刺した資材をそのまま登る。


 私はファングボアがそのまま飛び出して行かないように、ちょっとだけ押してファングボアを柵の方に押し返した。


「ブヒィイイイイイ!!??」


 ファングボアは突然飛ばされて地面を転がる。


「……」

「……」

「いいから倒せ!」

「お、おう!」


 それからすぐに外にいた冒険者の人達が戻ってきてファングボアを討伐してくれた。


「アンタ……やるな」

「討伐してくださってありがとうございます」

「いや……アンタがあの資材で殴ったら倒せそうな……」

「戦いは怖いんでやりません!」

「怖い……そんな自信満々になりながら言われても……」

「さっき転んだのも怖くって足がもつれただけなんですよ!」


 私は大声でそう言って、さっきのはたまたまだったと話す。


 これなら戦うんじゃなくって、力の強い人がたまたまラッキーでファングボアを押し返したと思われるはずだ。


 目の前の冒険者もひきつった感じで頷く。


「そ、そうか……まぁ……その……なんだ。助かった」

「どういたしまして。それよりも修理をしないと」


 私はそう言って、ミカヅキさんの元に向かう。


「ミカヅキさん! 修理するには何が必要ですか?」

「ここを直すとしたら……」


 それから私はミカヅキさんに言われた通りの資材を運び、急いで修理をする。

 外では冒険者の人達が警戒してくれていて、修理するまでは来ないようにしてくれた。


 見ているだけでもミカヅキさんの手際はとても良かった。

 何を作り上げるのか完成図が見えているようで、一切止まる様子がない。


 それから30分もしない間に、柵の応急修理が完成した。


「ふぅ……とりあえずはこれでいいかな」

「流石ミカヅキさんです」

「サフィニアに言われると恐縮きょうしゅくだね」


 ミカヅキさんはそう言って肩をすくめる。


 それから、私達は作業を進めて修理を続けた。

 お昼の時間が近くなると、ラミルさんが呼びにくる。


「サフィニアちゃん。ちょっといい?」

「はい? なんでしょうか?」

「こっちの修理の調子はどう?」

「大分いいですよ。私が歩き回っても資材を頼まれることほとんどなくなりました」

「そうなの? なら、もう一つだけお願いしてもいい?」

「なんでしょうか?」

「一緒にみんなの分のご飯を作るのを手伝ってくれない? 君の力が必要なんだ」


 ラミルさんはそう言ってお願いをしてくる。


「いいですよ。何をしたらいいですか?」

「本当⁉ ならこっちで一緒に大なべをかき回して!」

「大なべですか?」

「そ、大なべ」


 確か、昨日食べた食事もパンと大なべで食べたスープだった。

 修理だけでなく、本当に色々な所で人が不足しているらしい。


 私はそれから彼女について行き、食事を作っているという家に入る。


「パンは焼けた⁉」

「後10分です!」

「分かった! 全員にしっかり配るんだよ! 早くしな!」

「でも、なべをかき混ぜられる人が!」

「今ラミル様が呼びに言ってる! いいから後少しだけ頑張りな!」


 家の中は熱気がすごく、私自身がパンみたいに焼かれているような気持ちになる。

 食事を作っている人達も一生懸命作っているようだった。


「女将さん! 連れて来ました!」

「本当かい!⁉ 早く代わっとくれ!」

「サフィニアちゃん。あのおおなべをかき回している人と変わってやってもらえる?」


 ラミルさんが聞いてくるので、もちろん断る訳もない。


「大丈夫ですよ」

「ありがとう。君がいなかったら頑張ったみんなのご飯が遅れちゃうところだった」

「いえいえ、これくらいならいくらでもやりますよ」


 それから私は大なべをかき混ぜ続け、完成したので一緒に他の人に配っていく。


「あぁ……あんたそんなことまでやってくれてんのか……助かるぜ」

「君がいなかったら農園に被害が出ていたかもしれないよ。本当にありがとう」

「美味しいねぇ……疲れた体に染みるよ。感謝する」


 そんな風に手渡す人みんながお礼を言ってくれるので、これはこれでうれしい。


 私が食事を配っていると、軽く汗をかいたクルミさんに出会う。


「クルミさん。お疲れ様です。食事ですよ」

「サフィニア……ってなんでサフィニアが食事配ってるの? 北の修理に行ったんじゃ……」

「それが、そっちの方も結構早く済んだので、調理の手伝いをしているんです」

「そっか……無理しちゃいけないよ?」

「私は体力だけが取柄とりえなので問題ないです!」

「あはは、まぁ、それならいいけど。無理だけはダメだからね?」


 クルミさんが目を細めて聞いてくるので、私は少し嬉しくなった。


「はい! ありがとうございます!」

「うん。後、ネムちゃんは大丈夫そう?」

「ミカヅキさんが見てくれているので大丈夫だと思うんですが、これから確認して来ます」

「そっか、よろしく頼むよ」

「はい!」


 私はそう言って心配してくれるクルミさんにお礼を言って他の人に配っていく。


 それから、今度は北にも行き、ミカヅキさんと疲れた表情をしているネムちゃんの食事を配る。


「ネムちゃん。本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫なのです。心配させてしまって申し訳ないのですよ」

「それならいいんですが……クルミさんも心配していましたし」


 私が心配すると、ミカヅキさんが苦笑して答えてくれる。


「サフィニア。安心していいよ。アタシが見ているからね」

「ミカヅキさん」

「もしもネムちゃんが倒れるようなことになる前に寝かせに行くからね」


 ミカヅキさんはそう言ってネムちゃんのアゴをくいっとあげる。


「み、ミカヅキさん⁉ 何をするのです?」

「いいかい? みんな心配しているんだからね? 無理はしちゃいけないよ?」

「わ、分かっているのです! でも……でも、わたしも……わたしも頑張りたいのです!」


 ネムちゃんの真剣な瞳に、私達はなにも言えなくなる。


 でも、ミカヅキさんは優しい目でネムちゃんを見ていた。


「ならいいよ。さ、サフィニアも一緒にご飯を食べよう?」


 ミカヅキさんはそう言って手招てまねきをしている。


「え? でも私は他の人に配ったりしないと……」

「何を言っているんだ。君、ずっと朝から働いているだろう? ネムちゃんもだけど、君も疲れがたまっているに違いない。だから、一緒に食べよ?」

「はい……ありがとうございます」


 私はせめて周囲に食事を配られていない人がいないか確認してから一緒に座る。


 本当はクルミさんの所に行きたかったけれど、もうご飯を食べ終わっているかも……いや。


「すいません! 少しだけ待っていてもらえませんか⁉」

「ええ!? どうしたの? 急に」

「びっくりしたのです」


 私は食事を置いて、急いでクルミさんの所に向かう。

 彼女の食事は減っていたけれど、私が走ると気が付いたのか振り返ってくる。


「あれ? サフィニア? どうしたの? もしかして寂しくなっちゃった?」

「はい! なので迎えに来ました!」

「え……え? む、むかえ? なんの話?」

「私が寂しいので一緒に食べましょう!」


 私はそう言ってクルミさんを抱き抱え、急いでネムちゃん達の方に向かう。


「ちょ、ちょっと⁉ 速くない⁉」

「大丈夫です! 人に当たらないような速度にはしています!」

「そっちの心配じゃないんだけどね⁉」


 それから私は2人の元にクルミさんも連れて行って、一緒に食事をとった。


 やっぱり、みんなで一緒に食事を取るのが一番楽しい。

 私はこの瞬間がとても好きで、みんなも楽しんでくれている。


 だからお昼以降の仕事も頑張り、また南の農園で減った水の補充も頑張ったのだ。


 そして、仕事も終わる夕方。

 ネムちゃんとミカヅキさんと一緒に村長さんの家に向かっていると多くの人が東の方へ向かうのが見える。


「おい、聞いたか? ついに来たんだってよ!」

「ああ! これで王都に迎えるな」

「だな! しかもあの《女神の吐息アルテミス・ブレス》だろ? 見に行くしかねぇ!」

「最前列は譲れねぇよな!」


 そう言って、2人の男組が走っていく。


「《女神の吐息アルテミス・ブレス》……」


 私はその話を聞いて、ふとつぶやいた。

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