2章 ロックリーン

第20話 ピンチ

 リンドールの町を出てから3日。

 私達は晴れの下、荒野こうやの中にある道を歩く。


 それと同時に、窮地きゅうちおちいっていた。


「……」

「サフィニア。大丈夫? 結構やばい目をしてるけど……」


 そう言って心配してくれるのはクルミさんだ。

 彼女の手には何故かポーションがにぎられている。


「大丈夫……です。でも……ご飯ってどこかに転がってないですかね」


 私はもう何度目かも分からないくらい周囲を見回して、食べ物がないかを探す。

 しかし周囲は荒野、遠くに細々とした木が転々と生えているくらいで、食べ物になるような物は見つからない。


 正直、お腹が減って今にも死にそうなのだ。

 だから何かないかと視線を巡らせるけれど、何もない。


「木の根っこって美味しくないんですよねぇ……」

「サフィニア? 流石にそれはまずいよ。ポーション飲む?」

「それはいりません」


 私はきっぱりと断り、トボトボと歩みを進める。

 ポーションのあの味を味わうならこのままでいい。

 でも、いざという時には飲んでしまうかもしれない、というレベルで空腹で今にも倒れてしまいそうだ。


 私の様子を見た3人はどうしようかと話し始めるけれど、私はただぼんやりとそれを聞く。


「サフィニアがやばいよ……ご飯ももうないし……」


 クルミさんの言葉に、ネムちゃんとミカヅキさんが話す。


「まさかここまでとは思っていなかったのです。次の町まで後2日……どうしましょうか……」

「ここら辺って魔物とかいないのかい? アタシが来る時は見なかったけれど」

「わたしが調べた限りはいるらしいのですが、土の中にいてあんまり出てこないのです」

「そっか……それなら難しいね……ん? あれは果物じゃないか?」


 ぼんやりと話を聞いていた私の耳に、聞き逃せない情報が入ってくる。


 私はすぐさまミカヅキさんの視線の先を追いかけると、確かに遠くの木に紫色をした果実がなっているのを見つけた。


「ちょっと採ってきます!」


 私は目を輝かせ今出せる速度でその木に向かうけれど、普通に走る速度の1割も力が出せていない。

 だから、後ろから追ってきたネムちゃんに簡単に抱きつかれる。


「待ってくださいなのです!」

「放してください! あの果実が私に食べられるのを待っているんです!」

「放さないのです! あの果物には毒が入っているのです! 食べたら数日は動けなくなる強力な物なのです!」

「どうせこのままだと動けなくなるんで! 食べて動けなくなる方がましです!」

「そんななのです⁉」


 私はネムちゃんを背負せおいながらも、それでも足を前に出す。


 そんな私にミカヅキさんが追いついてきて、足を止めざるを得ないような事を言う。


「サフィニアちゃん」

「なんですか? 今、私はあの果実の味を想像するのに忙しいんです」

「食べてもいいけど、仲間が毒で倒れている時にアタシ達が何もしない。なんてことはないよね?」

「え……? まぁ……はい」


 他のみんなが毒で倒れたら? そうなったら、確かに私も毒を取り除けるように全力を尽くすだろう。


 ミカヅキさんは続ける。


「なら、アタシ達だって同じさ。君があれを食べて動けなくなったら、動けるようになるまでポーションを流し込むよ」

「……」


 私は彼女の言葉に思わず足を止める。


「そ、そんなに……ですか?」

「ああ、当然だろう? クルミもいいよね?」

「はぁはぁ……え? うん。もちろんだよ」


 息を切らしながら追いかけてきたクルミさんが、ミカヅキさんに聞かれて頷く。


 ミカヅキさんはそれを見て、更に聞いてくる。


「という訳だ。あれを食べるのは止めよう?」


 彼女はそう言って優しく話してくれた。


「そうですか……分かりました」

「お、分かってくれたかい?」


 そう言われて、今私がネムちゃんを背負っているけれど、そこまで問題ないことに気付く。

 だから、違った提案をする。


「はい。なので、私が3人を運ぶので、それで急いで次の町に行きませんか?」

「……話がいきなり飛んで見えないんだけれど……どういうことだい?」

「いえ、リンドールの町に行った時も私がクルミさんを運んだんです。今残っている力を何とか使って運ぶので、急いで行きませんか?」

「それはいいけど……でも、サフィニアちゃんの体力が……うん?」


 頷きかけたミカヅキさんの肩を、クルミさんがつかんで全力で首を横に振っている。


「クルミ? どうかしたのかい?」

「ミカヅキ、いい? サフィニアはああ言っているけれど、体力はかなり減っているんだ。あたし達3人なんて大変だろう? だから絶対、絶対にさせちゃいけないよ」


 クルミさんはそう言って私の事を気遣ってくれる。

 走った後で汗も大量にかいているのに、私の事を気遣ってくれるなんてなんて優しいんだろうか。


 私はそんな彼女に言う。


「クルミさん。安心して下さい。私なら大丈夫です。3人なんてロングホーンバイソンより軽いんで問題ないです!」

「いや、クルミ、無理はするべきじゃない。あの時の君は体調が万全だった。だけど今は違う。それで君が倒れたら元も子もない。だからゆっくり行こう? ね? そして運びやすいようにネムちゃんをお姫様抱っこするのやめて?」

「え?」


 私はそう言われて気付くと、ネムちゃんをお姫様抱っこしていた。


「いつの間に……」

「3人を運ぶとか言い出した時には、わたしの体はこうされていたのです」

「そうですか。では丁度いいですしこのまま行きます。2人は私のどこかに捕まってください」


 私がそう言うけれど、2人は捕まる様子がない。


「どうしたんですか?」

「いや……流石にそれは……」

「だね」


 そう言って掴んでくれない。

 これではいけない……どうしたら……。


そんな時に、近くの土が動いたような気がした。


「ん?」

「どうかした?」


 私はクルミさんに答える。


「今土が動いた気が……」


 そう言った瞬間、ネムちゃんが私の腕の中で叫ぶ。


「それはアースシャークなのです! この近くにいるかもしれません! 警戒してほしいのです!」


 彼女の言葉を聞いて、ミカヅキさんは片刃の剣を抜き放ち、クルミさんは杖を構えた。


 そして、私も、ネムちゃんを抱っこしたまま周囲を警戒し、ネムちゃんは私の腕の中で怒る。


「なんでわたしはこのままなのです⁉ 降ろしてほしいのです!」

「え? だって、ネムちゃんは戦うよりもアースシャークの弱点とかどこの部位が美味しいとか教えてほしいなって」

「そんな……」


 ネムちゃんがそう言った瞬間。


「シャアアアアアアアア!!!」


 地中から茶色い体長1mくらいの魚が飛び出してきた。

 口は大きく、歯は鋭く簡単に食いちぎられるだろう。


 だけど、今の私にとって奴はただの食事でしかない。

 この空腹を消してくれるアースシャーク。

 多少味が悪くても許して上げる、いいから私の食事になって欲しい。


 考えるよりも先に体が動く。


 私は瞬時に飛び出して来たのを見つけ、頭に蹴りを入れる。


「せい!」

「シャゴッ!」


 ドムン、ボンボン……。


 という音がして、アースシャークは地面に転がった。


「ふぅ……みねうちです」

「これから倒すのにみねうちにする必要があったのです?」

「だって美味しく全部食べられるようにしたいじゃないですか。どこか吹き飛ばしたりして美味しい部分を無くしたくないなって」

「ああ……そういう……と、油断してはいけないのです! アースシャークは10体くらいの群れを作るのです! 近くに仲間がいるのです!」


 トサ。


「え?」


 私は地面にネムちゃんを優しく置き、驚く彼女に構わず地面に耳をつける。

 そして、近くでする音を聞く。


「そこか!」


 私は真剣な目をして、多くの音がする地面に向かう。


「出てきてください! 私のご飯!」


 私は多くの音がする中心の地面に向かって、両手で掌底を放った。


 ドオン!


 次の瞬間、想像していなかった物が飛び出してきた。

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