第12話 堂々巡り


 それから数日は、なんだか気分が悪くて食欲も湧かず、家族からも「顔色悪いわよ?」と言われる始末。それでも俺は、普段通りの生活を送ろうとしていた。


「じゃあ、行ってきます…」


 なんとなく視界がぼやけてる気がするけど、「こんなことで休むわけにはいかない」という想いで、玄関扉に手をかける。


 そこで目の前が真っ暗になった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 目を開けると、そこは俺の部屋だった。

 どうやら学校に行く前に、俺は玄関で倒れてしまったらしい。


「あ…起きた?」

「母さん…」

「だから顔色悪いって言ったじゃない。本当にもう…あんた、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」

「大丈夫じゃないから倒れたんでしょうが」

「う…」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。

 そう言われてしまうと、何も言えない。


「学校には連絡したし、とりあえず病院行くわよ。いいね?」

「いや…病院に行くほどのことじゃ…」

「何か言った?」

「ひっ…」


 つい情けない声出ちゃったけど、この冷たい目、姉さんにそっくりだ。いや、姉さんが母さんにそっくりなのか。

 どっちにしても母娘だなと、こんな時にくだらない事で納得していると、


「いいわね?」

「はい…」


 原因は分かってるけど、今回は大人しく言われる通りにしておこう。

 久しぶりに見る母さんの怒気を孕む目に、俺はそう思うとベッドに横になり、ぼんやり天井を見上げた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 午前中はずっと寝ていて、午後から病院に行くことになった。先生に診てもらうと、一過性の目眩で、おそらくストレスから来るものだと診断された。


 母さんには「何も考えず、とりあえずごはん食べなさい」と言われたけど、確かにそれが出来るならこうはなってないんだよな。


 中身だけはある程度経験豊富な大人なわけだけど、それもたかが知れてるし、このまま胃潰瘍にでもなったらシャレにならない。



 薬を貰ってから、病院を出て車に乗り、母さんの運転で家に向かう。


「そういえば、仕事は?」

「休んだに決まってるでしょ?」


 そうだよな。息子が玄関で倒れたら、普通はそうなるよな。


「ごめん…」

「どうして謝るの?」

「だって、俺のせいで仕事休んで、会社の人にも迷惑かけちゃったでしょ」

「え?どうしたの?あんた、そんなこと心配してるわけ?」


 そりゃそうだろう。家の事情で仕方のない事だとは言え、急に休まれると他の同僚にそのしわ寄せが行くわけだし、もちろん母さんに嫌味を言うような人はいないと分かっていても、どうしても申し訳なく思ってしまう。


「全く…子供がそんなこと心配しなくていいのよ。そんな心配は大人になってからしなさいよね」


 …そうか。今は中学生なんだったな…


「うん…」

「あとね」

「うん?」

「涼ちゃん、心配してた」

「え?どうしてさ」

「本当にあんたは…。そりゃずっと家の前で待ってても出て来なくて、気になって呼び鈴押したら、あんたが倒れたから今日は休ませる、なんて言われたら、心配するに決まってるでしょうよ」

「え!?教えたの?」

「なに?教えちゃ駄目なわけ?」

「そういうわけじゃ…」


 うん…そういうわけじゃないけど、今の俺としては、これ以上涼花との接点を増やすのは避けたかった。


「ここ最近じゃない。涼ちゃんがまたうちに顔出してくれるようになったの」

「…そうかも」

「昔は何やるにしても一緒だったのにね」

「まあ…そうだったかな…」

「二人して『おとなになったらけっこんする!』って言ってたくせに」

「ちょ…それを今言わないでよ!」


 幼馴染みあるあるだ…忘れてくれよ…


「あはは」と楽しそうに笑う母さんは、更に「あんたには勿体ない娘さんだよ」と言って口角を上げる。


 本当にな…


 本当に、俺なんかには勿体ない女の子だったんだよ。


 だから、俺じゃなくて、もっとちゃんと涼花のことを見てくれて、守ってやれる男の方が…その方があいつのためにも…


「うっ…」


 そこまで考えて、吐きそうになる。


 俺以外の、俺じゃない他の男が涼花のことを…その絵を想像するだけで俺は…


「凌?」

「な、なにさ…」

「あんたが涼ちゃんのことどう思ってても、それはあんたの自由だよ。でもね、あの子はずっと昔から凌のことを見てくれてたんだ。だから、あの子を悲しませたり泣かせたりなんかしたら、母さんが許さないからね」



 そんなの…言われなくたって分かってる。

 俺だって、もう二度と涼花の悲しい顔や涙なんか見たくもない。


 それにさっきの吐きそうになる嫌悪感。

 もう答えは出てるじゃないか。


 前世での教訓を活かせば、今度こそ、涼花と幸せになれるかもしれない。




 でも…そしたら瑠美は…?


 俺はいったい何のために、この時代に戻って来たんだ?



(ああ…これ、堂々巡りってやつか…)




 考えながらも、外の景色から、もう家の近所まで帰って来たと分かった。

 うちが見えてくると、そこには玄関の段差に腰を下ろし、こちらを見つめる涼花の姿があった。





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