第二章7【シュウの実力】


「シュウさん、凄いですね。ルカちゃんの攻撃を全部防いでます」


「うん、そうだね」


 シュウとルカの模擬戦を見ているアイリスが、シュウの動きに驚いている。彼女は自分と違って、シュウの戦闘を見たことが無かったので、本来なら剣を使う彼が、素手でルカと対等に渡り合っていることに驚きを隠せないのだろう。


「まあ、それは僕もなんだけどね」


「でも、彼もルカちゃん相手だと上手く攻めれないみたいですね」


 彼女が言っているようにシュウはルカの攻撃を防いではいるが、今の所攻め手が無いように見える。こうなっていくと有利なのはルカのように思えるが、気になる点がある。


「シュウは、まだ魔法を使ってない」


「でも、今回のルールだと攻撃に魔法は使用できないルールですよね?」


「攻撃には使用できないってだけで、それ以外の防御とかには使用していいってのが今回のルールだよ」


 魔法の使用方法は何も攻撃だけじゃない。防御にも使えるし、攪乱にも役に立つ。魔法を少し使うだけで、戦い方の幅は大きく広がるはずだ。


「トビはどうしてそんなルールにしたんですか?それだったら、そもそも魔法を禁止にするか、攻撃にも使っていいようにしたらよかったじゃないですか」


 自分の意図が理解できないかのようにアイリスが質問をしてくるが、ここには自分なりの意図があった。


「魔法での攻撃が有りになると、ルカにとっては凄く不利だ。彼女は魔法を殆ど使わないからね。それで、もしもルカが負けたら、彼女は完全にはシュウのの事を認めないかもしれない」


「え?だったら、やっぱり魔法は禁止にした方が良かったんじゃないですか?」


「まあ、本当はそうなんだけどね」


 笑いながら頬を掻く。彼女の言っていることは正しい。それでも自分は魔法を使ってもいいようにルールをこの模擬戦に定めた。その理由は、


「お、シュウがそろそろ動くみたいだね」


「どういう事ですか?」


「見てればわかるよ」


 防戦一方だったシュウが動き出した。これまでは距離を詰めることが無かったシュウは、ルカに向かって突っ込んでいく。

 対応の仕方が変わったシュウに一瞬驚いたが、ルカはカウンターの構えを取る。そのまま接近してきたシュウにルカが蹴りを━、


「え!?」


 アイリスが驚きに声を上げる。驚いたのは自分もだった。シュウはルカから蹴りを喰らいそうになった瞬間、彼女の目の前に土壁を生成。その後、速度を殺すことなく左直角に方向転換。更に再び急加速をし、ルカに接近。そのまま彼女に跳び蹴りを喰らわせたのだ。


 一方でルカはというと、目の前に出現した土壁によって一瞬シュウを見失った瞬間、横から急加速してきたシュウの跳び蹴りを何とが防ぐも。その勢いに負け、吹き飛び地面を転がる。

 転がった先で起き上がったルカだったが、ダメージよりも、今起きたことが信じられないといった表情をしている。


「トビ、今、シュウさんは土魔法と風魔法を一瞬で使用しましたよね?」


「……ああ、そうみたいだね」


 土魔法の壁で自らを隠した後、強力な風魔法を使い、進行方向を無理矢理変えて強襲するとは。風魔法を使っての移動は自分にもできるが、魔力消費が激しいので、滅多にやらない戦法だ。しかもそれを、土魔法使用した直後に行うとは。


「彼は、複数の魔力属性を持っているんですか?」


 魔力属性複数持ち。それは人族メンヒの中でも限られた魔法の天才であることを意味する。恐らくは魔族イフトにおいても複数属性を持っていることは極めて稀だろう。

 だが恐らくは、


「わからない、でも、シュウは複数の魔力属性を持っていないはずだ」


「で、でも!あっ!」


 体勢を立て直したルカがシュウに接近をし格闘を仕掛けるが、シュウは再び土壁を生成し盾にする。そんなものはお構いなしにルカは拳で壁を破壊し、距離を詰める。

 距離を詰められたシュウは再び後ろに下がるが、ルカは逃がさない。そんな中、シュウが両手に魔法を発動させる。


「そ、そんな!?ありえない!!!」


 アイリスが驚き叫ぶ。シュウはそれぞれの手に炎と水を発動させていた。そのままその魔法をぶつけ濃い霧を発生させる。霧に覆われたルカはシュウを見失うが、視界を確保するために霧の外へ。

 だがそれは罠だった。霧から出てきた瞬間を狙っていたシュウが、再び風魔法で急加速。無防備だったルカに跳び蹴りを喰らわせる。

 防御ができずに跳び蹴りを喰らったルカは吹き飛ぶが何とか体勢を立て直す。それでもかなりのダメージを受けたようで、少しふらついているように見える。


「土に風、それに炎に水まで……トビ、彼はいったい」


「あれは……恐らく札だよ」


「札って、魔札ですか?」


「そうだ、シュウはあれらの魔法を、全て札によって発動している」


「ありえないです!!!魔札で異なる属性を、戦いながらあの速度と精度で発動させるなんて!!!」


 取り乱しながらアイリスが言うが、当然だった。自分のとは異なる属性を魔札で発動させるのは困難だというのが普通だ。しかもあの規模の魔法を戦闘中に発動となると不可能であると考えるのが通説だ。


「まさか、シュウがあんな戦い方をするだなんてね」


「トビも、知らなかったんですか」


「僕が知ってたのは、魔札を戦闘に使うってことだけだよ」


 彼女のように顔には出していないが、こんな戦い方をするなんてとトビアスも内心で驚愕していた。以前、鍛冶屋にいた際、シュウが魔札を使用して戦うと聞いていたのでどのように使用するのかが気になり、今回の模擬戦では攻撃以外での目的での魔法の使用を許可した。

 それによって彼の戦い方を知るつもりだったのだが、


「あ!!!」


 訓練場の中央ではシュウによって拘束され、ルカが動けなくなっていた。やはり先程の蹴りの直撃が決め手となったようだ。あの後、動きに精彩を欠くようになったルカは、劣勢に追い込まれ、結果両手を拘束されたのだった。


「……どうやら、勝負がついたみたいだね」


「そ、そうみたいですね」


 勝負が決したため彼らに近寄り、ミアはルカに回復薬を手渡すのだった。




 * * * * *




「……」


「それで?どうだった、ルカ?」


 模擬戦の後、ギルドの一室に戻ったトビアス達は再び会話をしていた。トビアスの質問にルカは不貞腐れたように肘をついている。


「ルカちゃん、そんなに怒らないで。ね?」


 そんなルカを見かねたアイリスが彼女を慰めるように声をかける。だがそれは逆に負けたルカにとって更に恥ずかしかったらしく、顔を赤くしながら彼女は深くため息をつく。


「わかったわよ!実力は認めるわよ。結局、こいつが魔法を使い始めてから、私は手も足も出なかったわけだし。でもあの風魔法の使い方はルール的にどうなのよ?あれは攻撃じゃないの?」


「うーん、まあ風魔法で直背攻撃したわけじゃないからいいんじゃないかな?」


「まあ、トビならそう言うと思ったわよ」


 再び溜息を深くつくルカ。彼女的には意気込んで挑んだ模擬戦の結果が惨敗となり、かなり落ち込んでいるようだ。そんな中、「でもね」と前置きをした上で、


「まだ条件が残ってるからね!昨日の事で謝罪をしない限り、私はあんたのパーティー加入を絶対に認めないから!」


「だ、そうだけど。シュウ、どうする?」


「……ああ」


 ルカが示した加入条件は「模擬戦での勝利」と「昨日の件での謝罪」だ。ルカ的には寧ろこちらの件の方が重要と言えるだろう。残念ながら失敗に終わったが、前者の条件は彼女の鬱憤晴らしという意味合いもあったかもしれない。


「昨日は、すまなかった」


 あっさりと謝罪をし、頭を下げるシュウに、拍子抜けだと言わんばかりの反応をするルカとアイリス。アイリスはともかく、ルカとしては彼がそう簡単に謝罪はしないだろうと高を括っていたのだが、


「あんた、意外とあっさり謝罪するわね」


「俺が悪いのは明らかだろ。謝罪くらいはする」


「じゃあ、なんで今まで何も言わなかったのよ?」


「……」


 沈黙するシュウ。答えを待っていたルカだが、無理だと判断したのか目線でトビアスに話を続けろと促す。


「よし、それじゃあ!これでシュウは今から僕達のパーティーに正式に加入だ。改めて皆で自己紹介をしようか」


 話題を移し、トビアスが話を続ける。彼はその場で席を立ち、


「僕の名前はトビアス・エルゴン。Cランクで、このパーティのリーダーだ。使える魔法は風魔法。改めてよろしく、シュウ。じゃあ、次はルカ」


 トビアスに名指しをされ、ばつが悪そうにルカが話し始める。


「よろしくね、ルカよ。ランクはトビと同じでCランク。トビ達とはヴァイグルで出会って以来パーティーを組んでるわ。魔法は一応、光だけど使うことは滅多にないわ。さっきまでは実力を疑って悪かったわね。はい、次アイリス」


 名前を呼ばれたアイリスが元気に返事をして立ち上がる。


「アイリスです。ランクはまだD、トビとは王都にいた時から一緒に冒険してます。水魔法を使います。よろしくお願いしますね、シュウ、君」


 自己紹介を終えたアイリスが座り、皆がシュウを見る。


「……シュウだ」


 それだけ言い黙り込むシュウ。部屋に沈黙が続くが、そこでアイリスが「質問です」と言いながら手を挙げる。


「シュウ君の魔力属性は何ですか?」


「それよ!私もそれを聞きたかったの!いくら魔札を使ったからって、あんなに複数の属性を、同時に使うなんて!あれはどう考えてもおかしいでしょ!」


 アイリスの質問に激しく同意しながらルカが叫ぶ。トビアスとしてもこれは聞きたかったことなので丁度良かったりする。魔法を主に戦闘を行うアイリスとしては、これはどうしても知りたかったのだろう。シュウが模擬戦で行ったことは、それ程に常識外の事だった。


「俺の魔力属性は土属性だ」


 短く答えるシュウに対して、アイリスが怪訝な顔をする。彼女としては、それでも納得がいかなかった。


「で、でもシュウ君は土魔法も札を使って発動してましたよね?」


「俺は生まれつき魔法を自力で発動できない。だから札を使う。それだけだ」


「……それだけって」


「魔法を使えない?そんなことがあり得るんですか?」


「い、いや、僕も聞いたことが無いな」


 シュウは当たり前のことのように言うが、これはトビアス達にとっては聞いたことが無い事だった。魔法を使えるのは常識だ。魔力が生まれつき多くない人もいる。それでも魔力が少ないだけで、魔法の行使は誰にでもできることだ。


「……なるほど、そういう事か」


「トビ、何がですか?」


「シュウが魔札で異なる属性を素早く発動できる理由が分かった。多分だけどね」


 トビアスは理解した。ボルグさんがシュウの事を「魔法を使った事が無かったから魔力制御に癖が無い」と言っていたが、そういう事だったのか。


「つまり、シュウは札を使い始めるまで、魔力制御の癖が無かったんだよ。僕達は幼いころから何らかの形で魔法を使用している。それで属性に対応した精密な制御の癖が身に付く。でも、ずっと魔法が使えなかったシュウにはそれが無かった。だからシュウは癖の無いまっさらな状態で、魔札でそれぞれの属性の魔力制御の感覚を身に付けることができたんだ」


「それって、かなり異常じゃない?」


「そうですね。まだ魔法を使ったことのない小さな子供だったら、それができると思いますけど」


 アイリスの言う通り、この条件を満たすには、生まれてから殆ど魔法を使ったことのない子供が対象になる。もしかしたら10年以上経つ頃には、その子供達が魔札で全属性を使用する冒険者になっているかもしれない。

 しかしそれは10年以上先の話であり、今ではない。シュウはそのくらい異質だ。


「シュウ、君はどうやってその戦闘スタイルに辿り着いたんだい?」


 いまトビアスが考えたことは、シュウがこうなっているから分かっている事で、彼が一番最初にどのように思いついたのかはすごく気になるところだ。

 質問へのシュウの解答を3人が期待しながら待っている。


「……ゼウスの真似だ」


「ゼウス?誰でしたっけ?」


「聞いたことがあるような、気がするんだけど」


 ゼウスという人物に聞き覚えがあるアイリスとトビアスが頭を悩ませていると、突然ルカが机を叩き、立ち上がった。何故か俯きながら、ぷるぷると震えているがどうしたというのか。驚いている2人をよそに、ルカは顔を上げて、


「……あんた、いや、シュウ。それってあの魔法使いゼウスのこと、よね?」


 顔を上げたルカの表情は、それはもう凄い事になっていた。いつもは鋭い目つきをしている彼女が今まで見たことのない程、その瞳を輝かせシュウに語りかけたのであった。


「お前、知ってるのか?」


 シュウとしても彼女が知っているのが意外だったらしく、珍しく顔に表情を現している。


「そりゃ、知ってるに決まってるでしょ!!!あの英雄エルクのゼウスよ!?あーなるほどねー、そういうことかー。だからそんなに沢山の魔法を使うのねー。シュウって最高にイケてるわね!!!」


 独りで勝手に納得してうんうんと頷いているルカ。彼女はどうしてしまったのだろうかとトビアスとアイリスの2人は困惑しているが、そこでアイリスが思い出したかのように「あ」と言った。


「なるほど、トビ、あれですよ。勇者エルクの英雄譚、でしたっけ?その本に出てくる━」


「違う、英雄エルクの冒険譚だ。間違えるな」


「ひっ!す、すいません。そ、その本に出てくる英雄エルクのパーティーメンバーの魔法使いがゼウスって名前なんですよ」


 食い気味に訂正してきたシュウを怖がりながらも、アイリスはトビアスに説明をする。その説明を聞いてトビアスも思い出す。


「あー、英雄エルクの本か。僕も昔、小さい頃は読んでたな。なんだっけ?エルクとそのゼウスって魔法使いと、あとはー」


「ちょっと!トビ、そんなことも知らないの!エルクのパーティは英雄エルクに、魔法使いのゼウス、戦士のミネルヴァとそれから━」


「賢者のフリードだ」


「そう!シュウ、良く分かってるじゃない!」


「ちょ、ちょっと、待ってください!えーっと、つまり、」


 物凄い勢いで話が逸れているので、アイリスが話しを整理する。トビアスも驚いていた。まさかルカにこんな一面があったとは。


「シュウ君は、その魔法使いのゼウスに憧れて、色んな属性を使ったってことですか?」


「ああ、そうだ」


「つまり、どういうことだ?」


 思わずトビアスが質問をする。ルカは独りでまた頷いているが、その英雄エルクの冒険譚の内容を殆ど覚えていない2人にとっては良く分からない。恐らくはそのゼウスという魔法使いが多くの属性の魔法を━


「ゼウスっていうのは。こいつも言っている通り、英雄エルクの冒険譚に出てくる英雄エルクのパーティーの魔法使いだ。全ての属性の魔法を使うことが出来て、しかもその魔法は全て一級品。戦闘だけじゃなくて、治癒魔法も完璧にこなす。特にその治癒魔法の凄さってのが冒険譚の中でも良く描かれてて、何と言ってもゼウスは戦いでなくなった手足でさえ治癒魔法で完全に治す。しかも、魔法だけじゃなくて魔導具の作成にも優れていて━」


「いいねー!!!シュウ!!!」


「こ、これは……」


「こ、これも、意外な一面だな」


 饒舌に語り続けるシュウにルカは盛り上がっているが、アイリスとトビアスはかなり困惑していた。正直少し引いていた。


 こんなに喋っているシュウは初めて見た。鍛冶屋でボルグさんといる時も、普通に会話していたが、基本的には必要なことを喋るだけで、ボルグさんに聞かれたりしない限りは、自ら喋ろうとしなかったシュウが、ここまで喋り続けるとは。

 表情は相変わらずだが、心なしか、その黒い瞳が輝いているように見える。


「━しかも凄いのは彼だけじゃない。戦士のミネルヴァは魔族の王を倒し、世界に平和をもたらしたパーティー内で一番の剣士だ。どうやら、その戦士ミネルヴァは実在している王家直属の騎士の家系を参考にしているらしく━」


 語り続けるシュウに、盛り上がるルカ。

 

 もしかしたら、これがシュウの本来の姿なのかもしれないとトビアスとアイリスは思い、微笑むのだった。


「━しかも敵は魔族だけど魔物も強い。敵だけど一番かっこいいのは、何と言ってもやっぱり魔物なのに喋る━」




 ━ ━ ━ ━ ━


好きなことになると突然饒舌になる人っていますよね。

私です。

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