第二章6【模擬戦】

「僕と…いや、僕達とパーティーを組んで欲しい」


「……」


「ほう」


 シュウに思い切って告げたパーティーへの誘い。シュウは無言で、ボルグさんは驚いたように声を上げている。彼がこれを簡単に了承してくれるとは思わないが、これが自分の思いだ。


 家族を、仲間を、故郷を失い、現在は人との関りを避け、魔の森で生活、特訓を続けているシュウの力になりたい。それがトビアスの思いだった。


 無言で鍛冶屋を去ろうとするシュウだが、トビアスは声をかけ続ける。


「僕は、君の過去を知った」


「……っ」


「君がどんな気持ちでいるのかは、僕には理解できないと思う。それでも僕は君に、力を貸したいんだ」


 ここまで言っても無理なら。自分は彼の事を諦めるつもりだ。自分でも言った通り、僕は彼の事を決して本当には理解できないだろう。これ以上、固執するのは彼に失礼に当たる。


「無理だ、俺はもう、誰とも組む気はない」


「……そうか」


 シュウが伝えてきたのは提案の拒否だった。残念だが、自分がこれ以上彼にできることは━、


「おい、ちょっと待てや、シュウ」


「なんですか」


「試しに、こいつらとパーティーを組んでみたらどうだ?」


 諦めかけていたが、助け舟を出してきたのは意外にもボルグさんだった。何故かと理由を問うシュウに対し、ボルグさんは話し続ける。


「シュウ、てめぇは今、復讐の為なら、死んでもいいと思っているだろ」


「そんなことは……」


「誤魔化すな。俺には分かるんだよ。俺はな、てめぇみたいなやつは今まで幾らでも見てきた。そいつらは全員、碌な最期じゃなかった」


 シュウの言葉を続けるボルグさん。彼は冒険者達の装備を作る鍛冶師だ。これまで、それこそ何百人もの冒険者を見てきた。死んでいった冒険者も見てきたはずだ。

 そんな彼からすると、シュウの事は放っておけないのだろう。


「てめぇみたいな奴に、今必要なのは仲間なんだよ。さもなきゃ、いつ死ぬかも分かったもんじゃねー」


 無言で話しを聞くシュウにボルグさんは更に続ける。


「今までは黙って、てめぇをみてたが、こいつは、トビアスは信頼を置ける冒険者だ。それともシュウ。てめぇは俺が信じられねえってのか?」


「いえ、そんなわけじゃ━」


「だったら、試しにトビアス達とパーティーを組んでみろ。じゃなくちゃ、俺は安心して死ねねーよ」


「……ボルグさんは、殺しても死なないでしょ」


「それもそうだな!!!はっはっは!!!」


 シュウの返しに大きな声で笑うボルグさん。話はまとまったのだろうか。笑いが収まったボルグさんは、静かに自分とシュウを見やり、


「まあ、そういうわけだ、トビアス。こいつの事を頼んだぞ」


「……はい、わかりました」


 シュウは無言だが、反対をしないという事は問題ないのだろう。後の問題はルカとアイリスを説得する必要があるのだが、上手くいくだろうか。何はともあれ、


「それじゃあ、よろしくな、シュウ」


「……俺は、ボルグさんを信用しただけだ。お前じゃない」


 握手を拒否されてしまったが、これから関係を築いていけばいいだろう。


「それとな、トビアス」


「はい、なんでしょうか?」


「シュウを頼んだとは言ったが、正直な所、問題は多少ある」


 ボルグさんが言う問題とは何の事だろうか。確かにシュウとパーティーを組むに当たって、問題となることは多い。彼は無愛想で無口なので、連携をとれるかどうかには不安がある。それにまずは彼女達を説得しなければならない。


 特にルカは昨日の一件で、シュウに対してかなりの不信感を持っている。そこを払拭することが課題になるだろう。

 だが、ボルグさんがわざわざ伝えるという事は、それ相応の事なのだろうか。


「この問題は、お前たちのというよりかは、周りの目が問題だ」


「どういう事ですか?」


 シュウと組むのにあたって周りとの問題が避けられなくなるという事だろうか。だが、シュウがギルドで問題を起こしたとは、アカリさんも言ってなかった。


「それに関しては、見てもらった方が早いな。おい、シュウ。てめぇの顔をトビアスに見せてやれ」


「……はい」


 シュウの顔。そういえば今まで一度も見たことが無かった。彼は常にフードで顔を隠していたからだ。

 シュウはボルグさんに言われ、フードを取る。一体何が問題なの━、


「……なるほど、そういうことですか」


 フードを取ったシュウの顔を見て、ボルグさんが言っていることに納得がいった。初めて見たシュウの顔は、予想していた通り、自分と同じくらいの年齢の少年の顔つきだった。

 暗い青の髪。今は感情を殆ど見せない表情をしているが、本来であればかなり柔和な顔つきのはずだ。ただ、その中で異彩を放っていたのは、


「黒い、


「そういうことだ。これで、こいつがいつも顔を隠していた理由が分かっただろ?」


「……」


 黒い瞳。自分達、人族メンヒにとっては、災いの象徴とも言われ、黒い瞳を持った人族は悪魔と疎まれる。これが常識だ。

 彼は基本的に顔を隠しているため問題ないが、他の冒険者が知ったとなると、彼だけではなく、自分達も同時に非難の対象となってしまうだろう。


「大丈夫です。僕は、シュウとボルグさんを信じますよ」


「そうか、それを聞いて安心した。まあ、シュウ、心配するな!こいつは良い奴だ!俺が言うんだから大丈夫だ!はっはっは!!!」


「ボルグさん、突然大声を出さないで下さい」


 ボルグさんに文句を言うシュウ。こうして見ていると、良く分かる。瞳なんて関係ない。シュウは、ただ周囲に心を閉ざしてるだけの良い人だ。心配なんていらない。


「それじゃあ、シュウ。仲間達が待っているからギルドへ行こう」


「……」


「行ってこい、シュウ!!!良かったな、トビアスに会えて!!!」


 こうして自分とシュウは、ボルグさんに見送られ、ルカとアイリスが待っているギルドに向かったのだった。


「そうだ、シュウ。そういえば、今から向かうギルドから、君への伝言があるんだ」


「……」


「ギルドはいつでも君が帰ってくるのを待ってるってさ。あと、これは職員から、冒険者登録の時は申し訳なかったってのもあるんだけど、何かあったのかい?」


「特に、何もなかった」


「そっか」



 * * * * *




「━というわけで、今日から僕らのパーティーに加わったシュウだ。2人ともよろしく頼むよ」


「「「……」」」


 現在、トビアス達はギルド内にある一室で会話をしていた。部屋の中で話しているのは、シュウの瞳の件が大きい。シュウは今、フードを外しており、顔をルカとミラに見せている。

 トビアスの発言に対して、沈黙が続くがそれぞれの表情は大きく異なっていた。

 トビアスは笑顔、シュウは無表情、ルカとアイリスは信じられないと言いたげな表情で固まり、口をぱくぱくと動かしている。


「━って、ふざけないでよ!!!」


 暫く沈黙が続いたが、急に動き出したルカが机を叩きながら叫ぶ。彼女は顔を真っ赤にしながらシュウを睨みつけている。


「話があるってこいつを連れてきたと思ったら、パーティーに加わる?ちょっと意味が分からないんですけど!?」


「そ、そうですよ、トビ。もう少し詳しい説明が欲しいです」


 アイリスに言われ、「説明か」と呟くトビアス。理由としては、シュウの過去の事件に関係するのが大きいのだが、それを勝手に伝えていいのかと迷うところだ。彼にとってこの件は、触れられたくない類の物だろう。


「そうだね、一番の理由は。僕が彼を放って置けなかった」


「またか……トビの良いんだか、悪いんだか分からない癖が出ちゃったよ」


「はは、そうですね」


 頭を抱え、呆れる彼女達。トビアスがこのように衝動的に誰かを手助けをするのは初めてではなかった。これまでも、このようなトビアスの人助けに彼女達は何度も巻き込まれている。それでも彼と共にいるのは、彼の人徳が成すところなのだが、


「それでも私達は認めないわよ!昨日の件もあるし、何よりこいつの瞳の色は分かっているでしょ?私達も周りから何を言われるか分からないわよ!」


「そうですね、シュウさんが、トビを助けてくれたというのは聞いたけど。不安はあります」


 黒い瞳の色はやはり彼女達にとっても問題である。トビアスは彼に盗賊達から命を救ってもらったというのは伝えているので、彼が悪党ではないことは理解してもらえたと思ったのだが。


「瞳の色に関しては、もしかしたら周りが色々言うかもしれない。その時は僕がリーダーとして全責任を負う。それで許してくれないかな?シュウは基本、人の前ではフードを被っているし、最悪2人は知らなかったで突き通してもらってもかまわないよ」


 トビアスが責任を全て負うと伝えると、2人は観念したようだ。瞳の色に関しては周りから気付かれなければ問題ないと言える。本来では周りの目だけでなく、自分達が嫌だと理由付けをすることも可能なのだが、そうしないのは自分達が信頼を置いているトビアスがシュウに信頼を置いているからだと言えるだろう。


 それでも、未だに不満げなルカと不安そうにしているアイリスにトビアスは笑顔を崩さずに続けて問う。


「それじゃあ、2人はどうしたらシュウのパーティー加入を認めてもらえるかな」


「加入するのは、もう決定事項なのね……」


 呆れるルカ。こうなったらトビアスはそう簡単には折れない。少し考えた2人だったが、最初にアイリスが口を開く。


「私は、トビの事を信頼しているので」


 多少不安そうだが、自分のリーダーの事を信頼して、答えるアイリス。彼女は更に「それに」と付け加え、


「あの猫ちゃんが、懐いてるのを見ましたし、悪い人じゃないんじゃないかなー、なんて」


 そういうアイリスは、なんやかんやでシュウの加入を認めてくれそうだ。そうなると残りは、


「アイリスはさ、優しすぎるんだって!私はそう簡単に認めないわよ!」


 シュウのパーティー加入を認めないルカは、声を大きくして主張する。


「私が、こいつがパーティー加入を認める条件は2つ!」


 そう部屋の外にまで響きそうな大きな声でいうルカは、指を立てて彼女の条件を伝える。


「1つ目は、昨日アイリスに向けてやった事を謝ること」


 アイリスはもう気にしていないのかもしれないが、ルカは今でもシュウがアイリスに短剣を突きつけた事が許せなかった。

 シュウは盗賊だと思ったと言っていたが、謝罪はしていなかったので、それが1つ目の条件だ。


 ルカは更に2本目の指を立てる。


「2つ目は、貴方の実力を示すこと。今から、私と戦いなさい」


 そうルカはシュウとの模擬戦を要求するのだった。




 * * * * *




「ルカ、シュウ、準備はいいかい?」


「あぁ」


「いつでもいけるわよ!」


 トビアス達4人はギルド内にある訓練場にいた。冒険者達が訓練や模擬戦などで使用される場所で、どの街のギルドにも設備されている基本施設だ。


 今回は、シュウの瞳の事を考え、職員に伝えて訓練場に一時的に人が入ってこないようにしてもらった。これならシュウも問題なく模擬戦を行える。


「それじゃあ、ルールを確認するね」


 トビアスの声にルカが大声で、シュウは無言で反応を示す。


「武器の使用は禁止、魔法は攻撃以外では使用可能。どちらかが降参するか、僕とアイリスが決着がついたと判断したら模擬戦は終了。これで大丈夫だね?」


「私は大丈夫よ。でも、あんたは武器が無くて本当に大丈夫なの?すぐに負けちゃわないでよね」


「最近、格闘術を特訓していたところだ。問題無い」


 ルカの挑発にシュウが軽く返す。トビアスが知っている限りでは、シュウは剣を使う戦闘が主だ。そのため格闘を主にして戦うルカの方がこの模擬戦は有利であるように見えるがどうなるのか。


「それじゃあ…模擬戦開始!」


「いくわよっ!!!」


「……」


 開始の合図と同時に突っ込むルカ。シュウは動かない。迎え撃つつもりだろうか。


「はぁっ!!」


 距離を詰めたルカがシュウの頭に向かって上段蹴りを放つ。シュウは後ろに一歩下がり躱すが、ルカはそのまま追撃。上段蹴りの勢いで身体を回し、そのまま回転蹴りを喰らわせる。シュウはしゃがんで避け、身体を持ちあげながら拳をルカに向かって放つ。だが、そう簡単にはやられないと、ルカは拳を防御。今度は、シュウが拳で連打するが、ルカがそれを危なげなく回避する。


「へぇ、思ったよりかもやるじゃない。トビが言ってただけはあるわね」


 距離を取ったルカが言う。ルカもリーダーであり、自分よりかも強いトビからシュウの実力は聞いていたが、半信半疑だったので、今の攻防でシュウの実力をある程度は把握したようだった。


「でも!こんなんじゃ終わらないわよ!」


 再び距離を詰め、ルカはシュウに攻撃を開始した。

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