第三十五話 失ったもの
双葉を見失ったばかりか、何者かの手によって双葉が囚われてしまった。
その事実は、雪穂に激しい無力感を叩きつけてきた。
「…伊織くん」
「どうしたよ」
「あたしと一華さんの2人で、双葉ちゃん取り返しに行ってくる」
「ね、ほんとにいいの?一応伊織くんたちにも手伝ってもらった方が」
「ほんとはさ、あたし一人でどうにかしたいって思ってた。だってこれはあたしの問題だからさ。でも、一人で無茶したところで、多分どうにもなんない。だからさ、せめて一華さんの力は、借りて一緒に行きたいなって」
雪穂がそう答えると、今度は伊織が少し目を逸らしてから、口を開く。
「そうだな。これはお前と一華さんの問題だ。お前が一人でその子供取り戻しに行くとか言い出したら俺はお前を殴ってた所だったけどな」
「本気で言ってる?それ」
「殴るに関しては冗談だけどな?そのくらい怒ることだって言ってるんだよ」
「ぼくも…。雪穂さん一人に責任背負って、ほしくないです。ぼくたちだって、悪魔を取り逃がしたり、人を助けられないことだってあります。でも、そのたびに背負っていたら、背負った荷物でぼくたちが潰れてしまいます」
夜空が悲しそうな目で、雪穂の方を見ながら、そう言った。
「だから雪穂さんだって潰れないでください。伊織も、同じことを思ってると思います」
「けっ、余計なこと言うんじゃねーよ。一華さんはどうだ?」
「アタシは正直イオリンたちにも一緒にいてもらいたいけど~。でも、これ以上巻き込むのも良くないしね。協力してくれてありがとね」
「…わかった。言ってこい」
伊織はそのまま雪穂たちを見送って、その場を去っていった。
「伊織くん、あの歳の割に随分達観してますよね、あたしより年下でしょ?」
「彼も色々あったからねー。元々悪魔祓いなんて理由ありばっかりだし」
「……あの。こういうの聞いちゃ悪いかなって思ったんですけど、一華さんも、何かあって、この仕事に就いた感じですか」
「ん~?もういっか。話しちゃっても。皆知ってることだしね」
ふと、一華はどこか遠くを見つめるような目で、雪穂から少し目線を逸らした。雪穂にはそれが、どこか寂しそうな顔に見えた。
「アタシさ、実は悪魔に襲われて妹が亡くなってるんだよね。高校生の時の話。その時妹はまだ小学生でさ。まだ未来があって、中学でこんなことしたい、あんなことしたい、ってアタシに色々話してくれてた、その矢先のことだったの」
一華はいつものように軽い口調で話していたが、その語り口にはどこか、その時を諦めきれないような声色が滲んでいた。
「その時の悪魔は暴走してどっかに行っちゃって、今どこで何してんだかもわかんないんだけどさ。やっぱ、双葉ちゃんみたいな年頃の子見ると、たまにどうしていいかわかんなくて色々テンパっちゃうわけ。
びっくりしたなぁ、雪穂ちゃんにあんなこと言われると思わなくて」
「その…そういう事情があってのことなら、ほんとすみません。軽率なこと言いました」
「いいんだよ。そんな事情なんて外からじゃ見えないしね。外から見えもしないもんを察しろって方が無理だし。でもさ…割り切れって言われても無理なもんは無理なんだよ」
雪穂には、一華の気持ちというものを、完全に理解することは叶わなかった。
家族が亡くなったという経験自体が全くないわけではない。
誰かが遠くに行ってしまうというなことだけなら、雪穂にもないわけじゃない。
ただ、身近な未来ある誰かを目の前で失ってしまうことなど、雪穂には一見無縁なことで。
でも、一華にとっては無縁なことでも何でもなく、実際にその身に起こったことなのだろう。
その命の重みというものは、まだ理解することが出来なかった。
「双葉ちゃんもさ、両親が亡くなって本当にどうしたらいいかわかんなかったんだと思う。あたしの力が足りなかった。双葉ちゃんの気持ちを察する力が、足りなかったんだ」
「あんま重く受け止めなくてもいーよ。人の気持ちの尺度なんて人それぞれだし。あれこれ考えて不安になっちゃうよりは、今すべきことをやりな」
「……なんか、こう言っちゃうとあれですけど。あたしに姉が出来たみたいな、気分ですね」
「アタシも妹が今の歳まで生きてたら、雪穂ちゃんくらいの歳だったのかなぁ、とか思ってるよ。双葉ちゃんと合わせて三姉妹かぁ?」
「…あはは、なんかそれすごい賑やかになりそうですね」
「さて、行こうか。ここで喋ってても時間が過ぎてくだけだし。双葉ちゃん無事だといいなぁ」
「きっと無事だと思いますよ。あたしは、そう信じることにしました」
「……何で?」
「信じてあげないと、何となく双葉ちゃんに悪いかなって思って」
「いいこと言うね」
「そんなことないですよ」
照れ笑いをしてから、雪穂は改めて姿勢を整え、地下1階に向けて歩き始めた。
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時刻は、少しだけ後の話。
駅を出て、道を歩いていた伊織と夜空は、街灯のみが照らす暗い道を歩いていた。
「…すっかり真っ暗だな。急いで帰るぞ」
「……うん」
少し先を見ようとすれば暗闇で何も見えないような住宅街。その日の夕食だろうか、家々からは良い匂いが漂っていて、思わずそれだけで腹が空きそうになる。
「夜空はさ、本当にあの2人に任せて良かったのかよ?」
「うん。それに…伊織、心配性だから。あんなことがあった後じゃ、そうなるのもわかるけど」
「心配性ねぇ。そりゃ、お前の兄なんだからお前が心配なのは当然だろうよ」
「そう……かな」
「そういうもんなんだよ!」
「そうだ、新しいゲーム出る、ってこの間テレビで見たけど、伊織は買うの?」
「買いたいけど、最近忙しいからやる暇あるかわかんねーぞ」
「…そう言ってこの間やりたかったゲームも逃してた」
「あーうるせーうるせー。俺だって叶うことならずっとゲームだけして過ごしてーよ」
やがて会話の内容はとりとめのない雑談へと変わり、二人は楽しそうに夜道を歩き始めていた。
「……っと、すいません」
前があまり見えていなかったのか、伊織は何者かにぶつかってしまう。
「………!」
「……なん、で……」
「何でてめぇが……ここにいる……!!」
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