第三十四話 彼女の行方
雪穂たちはようやく合流を果たす。
人もそれなりに通るエスカレーターの近くではあったものの、伊織も夜空も目立つ恰好をしているためか、すぐに見つけることが出来た。
「よろー、なんかイオリンの顔見るの久々な気がするわー」
「そりゃお前はそうかもな。俺としちゃどうでもいいんだが」
一華の挨拶に、伊織はいつも通りの不機嫌そうな顔で返す。
「なんか相変わらず機嫌悪そうだね」
「これから帰ってゆっくりしようって言ってたから、実はいつもよりちょっと……?」
夜空の方も少し気を遣っているのか、どこか気まずそうだ。
「そりゃ悪魔祓いなんていつ自分に仕事が入ってくるかわかんねえし?何ならいつでも戦えるように待機しとけってのが信条ではあるけどよ?」
「でもそっちから来てくれたんじゃーん、優しっ」
「今度そういう風にからかってきたら助けてやんねーからな」
「またそういうこと言う~」
「まあ、ひとまずどうするか話し合ってからにしましょう。…その、伊織もそうやってからかわれるの、あんまり好きじゃないみたいですし…」
夜空に制止され、今度こそ一華は引き下がる。
「問題は双葉ちゃんをどうやって捜索するかだよねー。二人とも双葉ちゃん見てないの?」
「俺は見てないぞ。…だが、最初に会った時にちょっと悪魔憑きの兆候みたいなのはあったから、あの段階で何か憑かれてたのかもな」
「ぼくは…全然、です。役に立てなくてごめんなさい」
夜空がやや沈んだ面もちで、頭を下げる。
「いや気にしなくていいんだよ。あたしもちょっと聞き込みはしてきた。ただ、面白いくらいに目撃情報がないんだよね」
「…それさ、もうやっぱモールの外出てるとかじゃねえの?」
「なんかそんな気がしてきたんだよね~、でもそうなったらもう既にお手上げじゃん?」
「電車賃持たせてないから、駅からは出てないと思うけどね」
「となると…駅の中探します?」
「そうしとけ。この中にこだわるから探せなくなるんだよ」
伊織の言葉に、雪穂たちは改めてモールを出て駅の中を探すことにした。
「と言ってもなぁ……駅も広いんだよなぁ」
「ぼくたちはこのあたり通り慣れているので、案内しましょうか?」
「雪穂ちゃんはどうだっけ?」
「子供の頃に何度か来たくらいだから、ほとんど土地勘はないですよ?任せます。というかあんまり街の外出ないんですよ」
「普通はねー。よっしゃ、探してみるか!」
「一華さんってこういう時でもなんか明るいんだよね、何でだろうね?」
「ぼくには…ちょっと無理してるようにも思えます」
気付けば、夜空の視線がほとんど一華とは合わせていないように、雪穂には見えた。
「大人だからこそ。でしょうか……ぼくたちのことも、あんまり信頼してないというか、そういう風に見えます」
「そ、そう…?」
「俺にはそういうの全然わかんねーわ。やっぱなんか夜空じゃないと見えない何かとかあったりすんのかね?」
「ぼくはそういうのじゃないから…それに、伊織だって結構鋭い時は鋭いと思うよ?」
「お前ももうちょい自己評価上げろって。謙遜してていいことなんて何もねーぞ?」
「そ、そうかな」
「俺がそう言うってことはそうなんだよ。俺はお前の唯一の家族なんだから」
「ん、唯一…?」
「今はそこ引っかからなくていいから。とにかく問題の子供探すぞ」
雪穂はその瞬間、伊織との間に、何か触れられない壁のようなものを感じた。
やはり、触れられたくない事情の一つや二つ、伊織たちにもあるのだろうか。
「一華さーん、目撃情報とか見つかったー?」
「いや全然。というか人探すのってこんな難しいんだね。絶対アタシならこんなん仕事に出来ないわ」
「人探しが仕事って…そんな探偵じゃあるまいし……」
そうだ。そもそも自分たちの仕事は悪魔祓いであって、人探しではないのだ。
「メールも全然返事来ないんだよねー。ほんとどこで何してるんだか」
「そもそもあたしに子供のしそうなことなんて全然わからないんで。行動範囲とかも予想つかないからなぁ」
「あーー…うん。そうだね」
どことなく歯切れが悪い。雪穂は疑問に思いながらも、先ほどのことを思い出し、深くは聞かないことにした。
駅の外から覗く外を見てみれば、外はもうすっかり真っ暗になっていた。
「…早いとこ双葉ちゃん探して帰んないとヤバいかなぁ」
雪穂がぼそっと呟くと、それに答えるようにスマートフォンが鳴る。
「何?誰から?」
連絡が来たのは、双葉のスマートフォンからだった。
「双葉ちゃん!?双葉ちゃんから連絡来てる!」
まさに青天の霹靂。一体、どこで何をしていたというのか。
とにかく、連絡できる状況にあるということに、雪穂は強く喜んだ。
「スピーカーにして。一応アタシたちも聞きたい」
「まあ…それについては同意だ。出来るだけ人のいない所に移動してから答えようぜ」
人の少ない店に移動して、スピーカーにして電話を取る。
『八坂雪穂さん、ですね』
「もしもしー。双葉ちゃん……じゃない!?誰!?」
電話の奥から聞こえてきたのは、双葉とは違う聞きなれない女性の声。
やけに柔らかく、身体に絡みついてくるような魅惑的な声だった。
「あんた誰?何で双葉ちゃんのスマホからかけて来てるの?」
『わざわざ質問を繰り返さなくてもいいですよぉ。そうですねぇ。早川双葉さんなら…わたしの隣で寝てますよぉ、とでも返せばいいですかぁ?』
「は?」
冗談めかして言う電話の奥の女に対し、雪穂は怒りを露わにする。
『冗談の通じない方ですねぇ。ちょっとは面白い反応してくれてもいいですのに』
「こっちはそんなことしてる余裕ないんですけど。面白いと思ってやってるならスベってるから」
『つれない方ですねぇ』
雪穂はどこか身体に違和感のようなものを抱く。
何せ、女の声をずっと聞いているとなんだか身体が痺れてくるような、どこか心の奥底に眠る何かを呼び覚まされるような、気持ちの悪さがあるのだ。
そしてそれがたまらなく不愉快で、よりいらだちが増してしまう。
「それで、双葉ちゃんは今どこにいるの?」
『そうですね……地下1階の倉庫にいます。とだけ。早くしないとまた目を覚ましてあなた方を襲いに来るかもしれませんねぇ……』
女はそう言い、すぐに電話を切ってしまった。
後に残されたのは、怒りを顔に滲ませながら拳を握る雪穂と、心配そうに彼女を見守る3人だけだった。
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