第二十七話 普通じゃない
自分は大人なんかじゃない。でも、子供扱いはしないでほしい。
そんな感じのことを、母との親子喧嘩で叫んだことがある。
「なーんか最近センチになりがちなんだよなぁ」
八坂雪穂は、自室でそんなことを思い出しながら、天井を見つめて考えていた。
別に見ていたところで何か変わるというわけではないのだが、その天井の景色そのものが、見ていたらどこか落ち着く風景と化していた。
携帯電話が鳴る。こんな時に誰か送ってくるとするなら…また仕事だろうか。今の時間は21時30分。こんな非常識な時間に仮にも高校生を働かせようなんていう発想が、向こうにあるとは考えたくないが……などということを考えながら、携帯電話を確認する。
「あれ、珍しい。風子からだ」
そこには、風子からのメッセージがあった。
『雪穂 時間ある?』
あまりにもシンプルだが、珍しく絵文字も顔文字もつけていないそれに、言いようもない不安感を覚える。
『あるけど どしたの?』
『親とケンカした』
基本的に優等生であるはずの風子に、そんなことがあるのか。少し意外だと思いつつ。
『あー そうなんだ 風子にしちゃ珍しいね』
メッセージを返す。
『ほんときっかけはくだらないことなんだけど 笑わないでね』
『別に笑ったりしないし あたしのこと何だと思ってるの』
『一人で夜まで遊びに行ってたのバレた』
『私さ 雪穂と別れた後もよくボウリングとか遊びに行ったりしてんだよね 親には適当言ってごまかしてるんだけど』
『ついにバレちゃった』
下手したら自分も遅くまで悪魔との戦いで帰りが遅くなることもしょっちゅうあるので、雪穂はそれが他人事とは思えなかった。
それにしても、優等生の風子がそんなことをしていたなんて。
改めて、自分でも風子のことは全然知らなかったんだな、ということを思い知らされる。
『マジ?不良みたい』
『でしょ?自分でも良くないってわかってたんだけどね でもやめられなかった』
『そうなんだ』
『うん』
『ねえどしたらいいと思う?』
そんなもの、自分でもわからないというのが本音だった。
何せ、雪穂自身もこんな事実を知ったのはこの時が初めてなのだ。
『うーん 正直わからん』
『悩み相談なんて受けたことないし 答え出ない』
『絶対答え出してほしいってわけじゃないんだけどね』
『話 聞いてほしかっただけだから』
『そう?』
『うん 急に聞いちゃってごめんね』
『いやこっちこそ 話してくれてありがと また学校で会おう』
『こっちこそありがと』
安心してくれてよかったと、雪穂はそっと胸を撫で下ろす。
だが、もう少しアドバイスとかすれば良かっただろうか、という後悔も、少しだけ残った。
「はー、やっぱなんか無駄にセンチなんだよなぁ、最近」
その日は眠れなかった。
どうにも、色々と考えることが多すぎる。
風子のことを考えていたら、そのうち双葉のことだとか一華のことだとか、色々とぐるぐると浮かんできて、気づけば眠れなくなっていた。
電車の中でも何度か眠りそうになってしまって、危うく駅を寝過ごすかと思ってしまった。
意識がぼんやりとする中、雪穂は教室の扉を開く。
「おはよー……」
「ありゃ、雪穂なんか今日元気ないね」
「マジで昨日眠れなくて 最近やばいくらい寝不足なんだよね」
「マジで?大丈夫?」
ペンダントで抑制しているとはいえ、悪魔の影響がまた出ないとも限らない。
寝ている間にもし何かに乗っ取られたら?ひとりでに動き出したりなんかしたら?
そういう不安もあって、どうにも元から眠りにくくなっているのだ。
「あー、大丈夫といえば大丈夫。今日の授業はほぼ寝てると思うけど」
「あんまあれだったらノートとか貸したげるからね?板書なら毎時間やってっし」
「うん、お願い……」
と言いながら、その時点でもう眠りに落ちかけていた。
特に昼食の後などに眠くなってしまうのは、雪穂にとってはもうよくある話だったのだが、今日の眠気は明らかにそれ以上だった。
今までの寝不足の影響も出ているのだろうか。
「(土日休めればいいけどなぁ……)」
せめて土日だけでも休みたいと、割と強く思い始めた雪穂だった。
「そういえば、風子大丈夫?昨日のこととか…」
「へーき。親との仲直りもしたし」
「マジで?早っ」
「色々言っちゃいけないことも含めてぶちまけてすっきりしたし。まあ、放課後遊びには行けなくなっちゃったけどさ」
「へ…そうなんだ……それは寂しいな」
「何ー?雪穂にしちゃえらい素直じゃん?何?眠いから本音出ちゃう感じー?」
「あっしまった」
いつもなら少しは誤魔化しているところだが、あいにく眠たくて上手く言葉がまとまらず、ごまかしが出来なくなってしまう。
「ちょっしまったって何~!?というか顔赤いよ!?」
「うっさい」
そのまま、何も言えなくなって黙ってしまったが。
気付けば、けだるい眠気もなんだか吹き飛んでいる。そんな気がした。
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気付いてしまっていた。
自分の身の上は、「普通じゃない」「不幸だ」ってことに。
周りの人間が、自分を見る。「あの子は可哀想だ」と。
最初は、自分のことをちゃんと見ていたのだと思っていた。
でも、それは自分の勘違いで、それは単なる、普通じゃない人間を見る好奇心とか、変なものを見るような目線だった。
舐めつくような、見世物を見るような、そんな視線が、何よりも不愉快でたまらない。
アタシは、なりたくてそんな風になったんじゃないんだよ。
願うことなら、「普通」でいたかったよ。
だから、人を見世物にするんじゃない。
何よりも不幸なのは、周りの人間に不幸だと思われていることなのだと、彼女は気づいてしまったのだ。
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