第二十五話 孤独な少女

本当は、わかってた。

もう、あの幸せな日常が二度と戻るものではないんだって。

本当は、わかってた。

縋っても手に入らない、空虚な願いだったっていうことは。


ねえ、神様。

神様というのが本当にいるのなら、どうしてアタシのことは救ってはくれないのですか?


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雪穂が呼び出されたのは、住宅街の真ん中、先刻悪魔と戦った公園の近くだった。

もしかしてまたここに悪魔でも出たのだろうか。しかし、それにしては違和感がある。

電話の奥の雄介の声が、今すぐそこに来てくれという口ぶりの割には、そこまで焦っているように聞こえなかったからだ。

「…交戦中ってわけじゃなさそうだよね」

ならそこまで急ぐこともないかと、ゆっくりと歩いてその場所へと向かう。

つい1か月前まではほぼ見慣れない風景だったのに、もう既に懐かしさを覚えてしまっている自分に、雪穂はどうしようもない違和感を覚えていた。


目的地に着くと、そこには雄介と一華、そして少し薄汚れた服を着た、見慣れない少女の姿があった。

「ありがとう、早かったね」

「ほんとに近かったんで。…その子は?」

「その子については後で事情を説明するよ。とりあえず、いったん腰を落ち着けられる所に行こうか。ここじゃ立ち話するにもなんだしね」

この時間でも、人の通りはそれなりに多い。それを考えての移動なのだろう。


「それにしてもユキぴょん来てくれて助かった~~!いやー、アタシらだけでどうにかなるか怪しかったからさ~!」

「その呼び方ほんとやめてください」

「何で?カワイイのに」

「似合わないんで!」

普段からこんな性格なのだ。可愛いと言われること自体に慣れていないのもそうだが、何よりこの子供じみた扱いをされるのが、どうにも雪穂にはむず痒い。

「あはは。一華もそのへんにしておいてよ。無理にそういう扱いしても、嫌がるだけだよ」

「ごめーん。この年頃の子の相手するの、慣れてなくてね~」

「慣れてる慣れてないとかの問題じゃないんですけど……」


四ノ宮一華という女性に対して雪穂が抱いている印象は、とにかく「距離感が近すぎる」というものだった。

初対面の頃の風子の距離感もなかなか大概だったが、一華のそれは風子のそれともまた種類が違うような近さであるように、雪穂には見えた。

自分に対する距離感を測りかねているような、そんな印象だった。

そして雪穂はそんな彼女のことを、少しだけ苦手に思っている。

「(改めて思うけど、悪魔祓いやってる人って変わった人が多いよなぁ……尊さんは言うまでもないし、伊織くんや夜空ちゃんも一見すると普通の子供に見えるけどアレだし…黒崎さんはなんか謎深すぎて不気味だし…)」

そう考えると、なんだか逆に雄介の方が謎に思えてきた雪穂だった。


「…さて。って言ってもアタシの家なんだけどね~!」

「その、そんな大人数で押しかけて良かったんです?」

「一人暮らしだから大丈夫~!珍しいっしょ?」

「確かに僕たちの中では唯一だよね」

着いた場所は、小さなアパートだった。まさか一華の家にまで行くことになるとは思わず、雪穂は少し緊張してしまった。

「そういえば、改めて聞きますけど、この子は?。さっきから、全然喋りもしないですけど……」

「ああ。この子はね……。ちょっと、離れた場所に移動してもいいかな」


「保護した、ってわけですか……」

「有り体に言えばそうだね。先日の仕事で悪魔との戦いで両親が亡くなった」

悪魔に殺されたか、あるいは悪魔が憑いた結果死んでしまったか。

そのどちらなのかを、雄介に聞く勇気は雪穂にはなかった。

「そういうケースもあってね。僕たちはたまにそういった子供を保護して、メンタルケアをすることもあるんだ。悪魔のことは基本的には表沙汰には出来ないから。勿論、本人には言葉は濁したうえで説明するけどね」

「……なるほど」

雄介の説明を聞いた雪穂の脳裏には、ある言葉が浮かんでいた。


「あの流石にあたし呼ぶのは人選ミスだと思うんですけど。自分で言うのもなんなんですけど子供の相手得意そうに見えます?」

「ああ…これは黒崎さんの方針でね。君にも戦闘以外の事を経験してほしい、って話らしい。そういうわけだから、ごめんね」

「大事な仕事をそんな理由で任せないで……!」

「あはは。僕もちょっとはそう思う気持ちがなくはないけどね。でも人手が足りないらしいんだ」

現在、悪魔の出現が増えているという報告は、確かにあった。

そういう状況ならば、新人である自分が駆り出されるのも、確かにありえなくはないだろうが……。


「マジでどうすればいいんでしょ、これ」

改めて戻って来たのはいいのだが。雪穂は正直どうしたらいいのかわからないというのが本音だった。

「…君、名前は?」

「……………」

「答えてくれないんですけど」

出来るだけ目線を合わせて話してみるも、効果はない。

それどころか合わせた目を逸らされたような気すらして、これには雪穂もかなり傷ついてしまった。


「ねー。それならお姉さんのとこ行こうか。いいことしてあげるよー?」

「一華さん、その台詞完全に誘拐犯のそれです」

「えっ!?こうやったら喜んでくれると思ったんだけどな~」

マジかよ、と雪穂は内心呟いたが、言葉に出さないことにした。

「…ごめんね。もしかしてちょっと怖かったかな?」

「……何」

雄介の言葉に、ようやく少女が口を開く。

「あっ!やっと口開いてくれた!ありがとー雄介!」

「一華。ちょっと静かにしててくれないか。ここで口を挟んじゃうと、かえってプレッシャーになっちゃうからね」


一華はそのまま、雪穂を連れて遠くへと離れることにした。

「…これアタシいる意味あります?」

「さあ……でもほら、雄介こういうの上手だからさ。人の仕事ぶり見て学ぶのも勉強とか?そういうんじゃない?」

「そういえば思ったんですけど」

「ん、どしたん?」


「一華さんって、もしかしてめちゃくちゃ子供の相手するの苦手だったりします?」

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