第二十一話 ひとつの結末

「お疲れ様です。しかし…またまた予定にない相手と戦闘ですか……」

「えっ、あの御堂とかいうの、予定にない相手だったの!?」

「そうですよ?」

黒崎はさも当然というような口調だった。

「……御堂とかいうやつの存在は既に聞いてたけど、まさか予定外だったとは……じゃあ何で俺はあんな死ぬ寸前まで張り切って……」

「ま、まあ……勝てたので良かったです。そういえば…討伐予定だった相手は……」

それなら仕事が出来ていないのではないかと、夜空の方は不安に駆られていた。


「それがですね。奇妙なことに既に何者にかよって殺害されています」

「…は!?殺され……」

予想外の事実に、雪穂は驚愕する。

「動機や下手人は不明ですがね。何はともあれ。本当にご苦労様でした。しかしそれにしても…本当に困ったことになりましたねぇ」

「心当たりありすぎてわかんねえけど、雪穂のことか?それとも御堂のことか?」


「両方です。八坂雪穂さん、あなたに少しだけ話さないといけないことがあります。あとで少しよろしいでしょうか」

「は、はい……」

一体何なのだろう。まさか、悪魔の力とやらを使ったのがそこまでまずかったのだろうか。

先ほどあんなことを言いはしたが、やはり良くないことなのかもしれないと一度認識してしまうと、どうにも強い罪悪感が心には芽生えてしまう。

「そういえば、御堂がいきなり姿変えて、虫みたいになってたの、あれは何だったんです?」

しかしその不安を無理やり振り切ろうとしたのか、雪穂は素直な疑問を口にする。


「あなたは知りませんでしたか。あれは悪魔の真の姿と呼ばれるものです。悪魔という存在が生物なのかあるいはもっと神秘的な存在なのか、それすらもよくわかっていないのはこの真の姿の影響があるのですよ」

「ん?…ってことは、悪魔の本当の姿って人型じゃないんですか?」

「我々が勝手にそう呼んでいるだけで、そもそも本当の姿かどうかもわからないです。元々悪魔には謎が多いですから」

謎が多い。彼ですらそう言うということは、本当にどういった存在なのかわかっていないのだろう。

そもそも、何故悪魔というものが存在しているのだろうか。そして、それらにずっと触れていなかったのは何故だろうか。

疑問が尽きず、また頭が痛くなりそうだ、と。雪穂は脳内で一人呟く。


「さて。用件と言っても手短に終えましょう。私は御堂に聞きたいことがたくさんありますから」

「……あの、もしかしてそれはあたしが悪魔の力を使ったのがまずかったとか、そういう話、ですよね?」

「違いますよ?」

雪穂は少しだけほっと胸を撫で下ろす。特に問題はなかったのだろうか。

「勿論我々は悪魔を祓う仕事をしていますから、悪魔の力を使うというのはあまり褒められたものではありません」

「あ、やっぱそうですよね…」

黒崎に案内されるがまま、雪穂は歩いていく。一体、どこに向かうのだろうか。


「さ、ここですよ。と言っても、誰も使っていない個室というだけですが」

「あの…何でわざわざここに?」

誰かの居住空間という風にも見えたが、家具も何もないその空間は本当に見ていて奇妙だった。

「……どうもあなたは、悪魔の集団のようなものに身柄を狙われているそうですね」

「あっ……はい!」

「緊張しなくてもいいですよ。気に入らない答えがあったからといってすぐに怒ったり否定するようなことはしません。そんなことをやるのは二流です。私はそういった下品な行動には出ませんから」

黒崎の表情や顔には、言いようもない圧があった。それだけに、話していると心臓を掴まれたような緊張感に襲われてしまう。正直、こんな人とずっと一緒に仕事するのは、少しキツイとすら雪穂は思っていた。


「最初に会った時、御堂に何を言われましたか?記憶にあるだけで構いません」

「えっと……」

必死にあの夜の記憶を手繰る。

「『君を迎えに来た』『君のいる場所はここじゃない』『僕たちは仲間だろう』…そんなところですかね?」

「なるほど、あの野郎さては……」

黒崎の顔が突如、少し険しくなったように思えた。それに、小さいながらも今まで聞いたことのない低い声に、雪穂は少し震えあがりそうになる。

「失礼。こちらの話です」


「あの、心当たりとか、ある感じですか?」

「ありますね。ですが、もしその予感が当たっていた場合。私達だけで対処するのは困難でしょう。最悪、他所の悪魔祓い協会に協力をしてもらうことになるかもしれません」

想像以上の大事になりそうだと、雪穂は顔を青くした。

こんなことになるなんて思っていなかった。

もしかして、自分がこうして今生きているというだけで、何か良くないことが起きているのでは?嫌な考えが、頭の中をずっと巡り始める。


「大丈夫です。あなたのことが迷惑だと思っているわけではありません。むしろ、あなたには期待をしているのです」

「期待って…そんなこと言われても」

「嘘はついていませんよ。弥一郎の血を引くあなたが、悪魔の力を上手く制御できるようになれば、きっと良い結果をもたらす。少々面倒なことになりましたが、古い友人の孫娘を、そんな雑に扱う事なんてありません」

そこまで言うのであれば、きっとそれは本心なんだろう。

心の中をぐるぐると巡っていた嫌な考えは、いつの間にか消えていた。


「…さて、ここからが本番です」

「本番?」

雪穂に背を向けながら、黒崎は低い声で呟いた。

「尋問の時間ですよ」


「(や、やっぱこの人何考えてるかわかんなくて怖い……!)」


「失礼、話はいったん終わったので、その御堂とやらから話を聞きましょう……おや?」

「…黒崎さん。それが」

黒崎が部屋に戻ると、そこに拘束されていたはずの男の姿はなかった。

「逃げられた。俺たちが見張っていたはずなのに、いつの間にか姿を消したんだ。魔道具で拘束したはずなのに、だ……!」

伊織の顔に焦りの色が見え始める。

「あの様子では、もう抵抗する力は残ってないはずなんですけれどねぇ。いやはや…不思議なこともあるものです」


外は、もうすっかり暗くなり始め、夜が始まる時間になっていた。


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逃がしてもらえた。

何とか、生き延びることが出来た。

あの女、悪魔の力を使うなんて予想外だったが……このまま尋問されるなんて、負けるよりも癪だ。

男は、何よりも自分が思う通りにならないことが嫌だった。それは、彼がまだ別の名で呼ばれていた時から、そうだった。


「やっぱりチョロい……チョロいなぁ……今度こそあの女は連れ去ってやる。僕の思う通りにならないことなんてないんだ……あの女が泣いて懇願するまで痛めつけて……」

うわごとのように呟く彼の声は、突如何者かによって中断される。


「……え?」


「君、もう用済みだから」

その言葉を聞いたのを最後に、男の意識が浮上することは、なかった。


これが、ひとつの物語の結末、そして新たな戦いへの、序章だ。

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