弱肉強食 Another

やざき わかば

弱肉強食 Another

 エサになりそうな子供を拾った。


 すぐに食っちまおうかとも思ったが、これでは小さすぎて食いでがない。なので大きくなるまで育ててやろうと思う。人間で言うところの家畜ってやつだろうか。


 俺は鬼である。森を散歩をしていたら、人間の子供が道端で眠っていたので、住処に連れてきた。なぜこいつがあんなところで寝ていたのかはわからないが、ゆっくり食ってやろうと思ったのだ。


 しかし身体の大きい俺にとって、このエサはまだまだ小さい。


 人間が何を食うかはわからないが、とりあえず果物や木の実、鹿や熊の肉を与えてみた。少量ながらも食っている。歯はちゃんとしているし、健康的にも申し分ないようだ。


 せっかく育てるので、どうせなら健康的に成長させて美味しく食べたい。俺はエサの体調もキチンと管理した。病気にさせないように、弱らないように気を配った。


 たまには散歩に連れていった。筋肉を付けさせることも大事だ。エサはとても楽しそうで、その感情も美味しさとなって現れるだろう。


 だが、あまり野菜を食べないので、そこだけは苦労した。肉ばっかり食べさせては味や臭いが悪くなる。出来るだけ野菜を食べさせるようにした。言い含めて、なんとか野菜を多めに食べさせることに成功。今では野菜が大好物だ。


 今、エサが住んでいる俺の住処は単なる洞穴である。こんな劣悪な環境では、エサが体調を崩し、味が落ちるかもしれない。俺は木を切り倒し、大急ぎで丸太小屋を作った。近くの小川から水を引き水道と風呂を作り、囲炉裏も作った。


 今まで住んでいた洞穴も改築し、丸太小屋と繋げて部屋にすることにした。広々とした新しい家で、エサもさらにのびのびと育つことだろう。


 数年経ってエサも大きくなってきた。人間の社会では「学校」というところに通って、学問を勉強するという。俺は学がないから、エサは是非学校に通わせたい。頭が良くなったほうが、味も美味くなるだろう。


 そのためにはまず人間の使う金銭とやらが必要だ。俺は里に下りて、仕事を探した。俺は身長が人間よりもうんと高いし、筋肉もある。鬼なので、見た目も少しいかつい。最初はとても恐れられたが、野良仕事を手伝うと受け入れてくれた。


 村人の農作業を手伝ったり、力仕事を手伝ったりしながら、金銭と村人の信用を得た。たまに、仕事場にエサを連れていった。エサは村の大人たちや子供たちに受け入れられた。


 こうなると「エサ」と呼ぶのは都合が悪い。俺はエサを「沙絵(サエ)」と呼ぶことにした。それからしばらく村で働いているうちに、村長が俺と沙絵に空き家をくれ、「ここに住むと良い。仕事にも都合が良いだろう」と言ってくれた。


 念願叶い、沙絵を無事学校に通わせることが出来た。その際、名字が必要だということなので、「隠忍(おに) 沙絵」と名乗らせた。


 沙絵はすくすくと成長した。反抗期には喧嘩もした。誕生日にはプレゼントをくれたりもした。仕事で疲れて帰ってきた俺に夕食を作ってくれた。友達と喧嘩したといって落ち込んでいる沙絵を俺が励ましたりもした。進路、進学のことで二人で話し合った。


 それから時を経て、今、俺は沙絵と共にバージンロードを歩いている。ついに今日、俺のもとから沙絵は旅立つ。俺は人目も憚らず泣いた。


「もう。お父さん、泣かないって言ってたじゃない…」


 そう言って沙絵が笑う。俺は娘のその笑顔に弱い。俺は沙絵を食おうと思っていたが、いつの間にか、逆に俺が食われてしまっていたようだ。


 弱肉強食。父親は、娘には絶対に勝てないものらしい。

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