第25話 メインヒロイン③

「よっと」


 リッカはおもむろに僕の隣に腰をおろした。


「まぁ話してみんしゃいよ。お姉さんがどんな話でも聞いてあげるからさ」


 こう見えて私聞き上手なんだよ? と彼女はその立派な胸を叩いた。


 先ほどは面倒臭そうにしたが、リッカの提案はまんざらでもないように思えた。

 僕は僕が知りうる限りこの世界でたった一人の転生者だ。そのあまりにも特異な立ち位置により様々な行動を余儀なくされた。それらを誰かに吐き出したい気持ちがないと言えばそれも嘘だった。

 ここは仕方なく彼女の好意に乗ってあげるとしよう。


「ソレイユはさ……」


 慎重に言葉を選びゆっくりと吐き出す。


「もし運命が決まっているとして。そうしないともっとヒドイことが起こるとしたらさ」


 言葉は途切れ途切れになってしまう。それでもリッカは決して僕から目を離すことはなく、言葉を遮ることもなかった。


「その過程で誰かが犠牲になると分かっていても、それは見捨てるべきなのかな」


 きっと彼女は困惑しているだろう。僕ですら『こいつ何を言ってるんだ?』と思うもの。それでも何かを言わずにはいられなかった。


 うぅ……失敗した。

 これじゃ頭のおかしいやつだ。いきなり運命がどうとか言い出すなんて今どき新手の新興宗教でも言わないだろう。


 しかし、リッカの反応は予想に反するものだった。


「よしよし君が何を頑張っていたかはよく分からないけど。モブ君は沢山沢山頑張ってたんだね」

「……あ」


 頭を撫でられた。彼女はまるで乳飲み子をあやすように僕の頭に手を置いて微笑んだ。

 あまりにも不意打ちすぎて、なんとも情けない声が漏れた。なんだよ。そりゃ反則でしょうよ。これだからメインヒロインって人種様は困る。


「ちょっ子供じゃないんだからやめてよっ!」

「うりうり~!」


 気恥ずかしくなりなんとか振り払おうとするが、彼女は僕を解放してくれそうにもない。赤面しているであろう僕を面白く思ったのか、より力を込めて僕の頭をこねくり回した。ちょ、やめれ。


「それで少し横道それたけどモブ君の質問に答えなきゃね」


「うーん、仮に運命が決まっているとしてかぁ。うむむ、難しい話だね」


 リッカは腕を組み悩ましいように眉を潜めた。


「しかも運命を変えたら世界が大変なわけでしょ? うーん、なおさら難しいねぇ」


「でもさーーより良い未来を勝ち取るために足掻かない理由ってなくない?」


 彼女はそれがまるで当然かのように。自分の考えに微塵の疑いもなくそう言い放った。


「だって運命を変えたら未来が悪くなる保証もないわけじゃない? だったらもっと良くなるかもしれないじゃん!」


 なんて馬鹿げてどこまで青臭い考えだろうか。何もかもが都合良く進んで、全てが上手くいく前提の甘ったるい理想論だ。リッカ・ソレイユらしい答えだ。普段なら舌を出してうんざりとするようなものだが、不思議と今は不快に思わなかった。むしろ惹かれた。


「よっと」


 彼女は何を思ったのか勢い良く立ち上がった。そしてその大きく全てを吸い込むような瞳で僕を見据えた。


「それにさ。始めたならもう貫き通すしかないでしょ」


 彼女は拳を突き出してニカッと笑った。

 なんだよ。なんだよそれ。滅茶苦茶すぎるだろ。微妙に言葉も繋がってないしさ。

 それでもその言葉は真っ直ぐに僕の心臓の正中心をぶち抜いた。


「やっちゃいなよモブ君。運命とか小難しい話は後回しにしてさ、君は君が思うようにやっていいんだよ」


 そして彼女は僕に向けてニッコリと太陽のような笑みを浮かべた。


 あぁ本当にこいつはもう。だからこいつに関わるのは嫌だったんだ。唐突に簡単に問答無用に僕の心に飛び込んでくる。


 彼女の言葉に自然と笑みがこぼれた。そうだった。転生とか原作ゲームとか。たかだかモブの分際で難しいことを考えすぎていた。

 そんなものに関係なく答えなんて最初から決まっていたのだ。


「そっか、そうだよね。おかげで色々と決まったよ」


「お役に立てたなら光栄だよ。最近出来たパフェ店のスペシャルパフェ三杯でいいよ」


 アリスといい最近パフェが流行ってんのか。しかもスペシャルかつ三杯ときましたか。図々しいにもほどがある。

 ま、今日は大目に見てやるかな。


「はいはいそのうちね」


 やることは決まった。ならこんなところで油を売っている暇なんてない。ほんの少し未練がましくはあるが、モラトリアムを放り投げ勢い良く立ち上がった。


「絶対だからね。お、もう行くの?」


「うん。やるべきこと、いや違うか。やりたいことを思い出したからね」


「そっか。いってらっしゃいモブ君」


「うん。それじゃちょっと運命ってやつを変えてくるよ。またね


 リッカは何故か僕の言葉にキョトンしたが今はそんなこと気にしている場合でない。ジッとなんかしていられず、行先も決まっていないのに駆け出した。


「ちょっ、えっ、不意打ちに名前!? えっ、あっ、えええええええーーーーーーーーー!!!!!」


 後ろでアホが叫んでいるが気にしない。大体気にしてもしょうがないことだろうし。何せアホだからね。






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