第16話 姉が来る!

 成生とリリアの平和な日常。

 今日も元口家は平常かと思われたが、それを壊す者は突然現れる。



「げえっ」

 スマホの画面を見た成生は、そう呟いた。そして画面を見たまま、固まってしまっている。

「どうしました? 関羽ですか? 趙雲ですか? 孔明ですか?」

「三国志の話はしてないんだ。そうじゃなくて、姉ちゃんが様子見に来るって言うんだ」

「成生さんのお姉さんですか? 楽しみですね。いつ来るのですか?」

「今日」

「それは……お祝いの準備が間に合いませんね」

「それはしなくていいよ。それより、リリアのことをどう説明するかが問題だ。姉ちゃんが来るまでに痕跡を隠せるとも思えないし、あとからバレたら怖い。だったら、話した方がいい。なにより、姉ちゃんに話をしておけば何かあった時に助けて貰えるかもしれないし」

「では、お姉さんにお話しましょう」

「だから、なんて話すのよ」

「学校側には、親は仕事の都合で離れた場所に住んでいることになっています。私の親は開発担当さんなので、間違ったことは言ってませんが」

「そうなの?」


 そういう設定は、先に言っておいてほしい。


「それで、同じような境遇の二人が共同生活を始めた、というのはどうでしょう。実際、そういうことになっていますが」

「そういう設定は、先に言っておいてほしい」


 今度は口から出ちゃったよ。


「なお、これを知っているのは学校側だけなので、海陽みはるさんは知りません」

「そうなの?」


 ま、言うことでもないか。


「姉ちゃんが納得するかどうかは分かんないけど、それが一番自然だな。他と設定が合わせられるし」

「では、そういうことにします」

「しかし、姉ちゃんはいつ帰ってくるんだろう。それが一番気になるんだが……」


 と話していると、遠くからスクーターの音が聞こえてきた。その音は段々近付いてきて、家の前で止まる。


「げえっ。姉ちゃんだ。姉ちゃんのベスパの音だ」

「早かったですね」

「早すぎるよ! まだ心の準備ががが」


 思ってたよりも早い帰還に慌てふためく成生と、落ち着いたリリア。

 とりあえず玄関へと向かう。


 そして二人が固唾を呑んで見守っていると、玄関のドアが勢いよく開いた。

 そこには、ミディアムヘアを外ハネにしているブラウンレザージャケットを身に着けた長身な女の姿がある。

 これが噂の姉だ。


「おぉう! 帰ってきたぞぉ! あたしのカワイイなっちゃんよぉぉぉぉぉぉお!?」


 成生の隣にいるリリアの姿が目に飛び込んだのか、最後は変な声になる姉ちゃん。

 黙って後ろ手で玄関のドアを閉めると、


「おい! なっちゃん!」


 と、成生の腕を引っ張って玄関の端に連れていき、首を腕でガッチリとロックした。もはや逃げられない。

 そして姉ちゃんの顔がすぐ横に。

 近い近い! だけど懐かしい姉ちゃんの匂いがする。


「おぉい。誰もいないからって女を連れ込むたぁ、元気にやっているじゃあないかぁ? ん?」

「違う。違うんだよ、姉ちゃん」

「あん? それじゃあ、このコは男か?」


 姉ちゃんはチラッとリリアを見ると、すぐ目線を成生に向けた。

 

「すげえ美人だな、おい」

「そういう意味じゃないんだよ。共同生活しているリリアさんだよ。女だよ」

「あん?」


 今度は顔をリリアの方に向けて、しっかり見る姉ちゃん。


「初めまして。東尾リリアです」

 リリアは丁寧に挨拶して頭を下げた。

 それを見て、姉ちゃんは成生の方を向いた。


「すげえ美人だな、おい」

「男だろうが女だろうが、感想は変わらんのかい!」

「だって美人だからしようがないじゃないか。他に何か感想は有るかい? で、もうヤったのか? ん?」

「ヤったって……」

「その反応だと、まだか。あたしだったら、あんな美人ほっとけないな。その日のうちに手ぇ出してるわ」

「早すぎんだろ!」

「いやあ、いい子捕まえたな! 頑張るんだぞ!」

「何をだよ!」

「そりゃあ……男と女が頑張るって言ったら、決まってんだろぉ?」


 何を言っても聞かない姉ちゃんは満足したのか、成生を解放してリリアと向き合った。解放された成生はぐったりしている。


「あたしは桜音おとだ。なっちゃんの姉だ。よろしくな!」

「はい。お姉さん。よろしくお願いします」

「うむ。いい返事だ。リリアと腹を割って話したくなったな。よしっ、風呂入ろうか、二人で」

「なんでだよ!!」


 成生は今日一番の大きな声が出たと思う。


「そりゃあ、包み隠さず話すなら全裸だろ? だったら風呂だ。それともなんだ? なっちゃんの前で全裸になってもいいのか?」

「それは……」


 リリアの裸は見たいが、姉ちゃんのは見たいという気が起きない。


「よぉし、それじゃあ入るぞぉ、リリア! ついて来い!」

「はい。桜音さん」

 心なしか、リリアは少し嬉しそうだった。

 これはもう、姉ちゃんの手中に落ちている。


 この暴走機関車の姉ちゃん、もはや誰も止められない。

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