第11話

「惜しかったね……」


 未だ興奮が冷めやらない観客に囲まれて、俺と愛子は座席に座っていた。


「今回負けると下のクラスに落ちるんだっけ?」


「2着だったから大丈夫だよ。賞金の半額が加算されるから、ドノティス・ビオラ賞にも出走できると思う」


「それなら安心だな……」


「次でリベンジだね。この長距離路線だと、バルベアボンドも間違いなくドノティス・ビオラ賞に出てくると思うよ」


「そうだな……とりあえず厩舎に戻るか。頑張ってくれた麗華にもお礼を言わないとな」


 そう言って俺は重い腰をあげるように、柏原厩舎へ移動した。


 しばらく待っていると、麗華が柏原厩舎にやってきた。ミヤビエンジェルの馬房へと一目散に駆けつけてくる。


「ごめえええぇぇぇん!!」


 麗華はなぜか半泣きで飛びつくように俺に抱きついてきた。


「なんで泣いてるんだよ! いったん落ち着け! てか離れろ!」


「だって、絶対、勝てるレースだったのに。最後、私のせいで」


 なんだ。2着だったのにそんなことで泣いていたのか。


「麗華のおかげで2着だったんだろ? 次のレースでリベンジしようぜ?」


「そうだよ麗華? 重賞でもしっかり活躍できるって証明できたじゃん」


 そこから、俺たちは麗華が泣き止むまで励まし続けた。

 麗華も最初は落ち込んでいたが、最後には明日のGⅠで絶対リベンジしてやる、と息巻いていた。

 

「2着でも1000Gも貰えたぞ……1日分牧場経費が浮いたぜ」


 俺は手に入れた賞金の額を見て、小さくガッツポーズした。

 朝5時からのデイリーメンテナンスが明けてログインすると、俺の残金からは1000Gも引かれてしまう。毎日、死に物狂いで稼いでいくしかない。


「そういや、グレイスも愛子のところに入厩予約しておいていいのか?」


「うん。昼過ぎにはレースに登録できるようになるはずだから、忘れずにね」


「あいよ。そしたら俺は牧場に戻って落ちるよ。ドノティス・ビオラ賞って何時からだ?」


「9時出走だよ。寝坊しないでね?」


「分かってるよ。麗華も、次は頼んだぞ」


「うん! リベンジだよ!」


 そうして、俺は牧場に戻ってミヤビグレイスの入厩予約を済ませてログアウトした。




  ◇◇◇




 翌日8時、俺はDHOにログインしていた。

 すでに麗華と愛子はログインしていたので、俺は柏原厩舎に向かうことにした。


 厩舎に着くと、愛子は競走馬の管理で相変わらず忙しそうだった。

 俺は軽く挨拶して、エンジェルのところに向かう。


 エンジェルの馬房の隣にはグレイスもいた。こいつも、今日デビュー戦を迎えることになる。


「お前もお姉ちゃんを見習って頑張るんだぞー」


 そうして、所有馬を愛でていると愛子も仕事が終わったのか馬房の前にやってきた。


「お待たせ。そういえばミヤビグレイスのステータス見た? この子も結構強いよ」


 愛子にそう促されて、俺はミヤビグレイスのボードを操作する。

 ミヤビグレイスのステータスは以下の通りだ。


馬 名:ミヤビグレイス

馬場適性:芝◎・ダート×

距離適性:1000~1200

スピード:S

パワー:A+

根 性:A

精神力:A+

健 康:B+


 すでに愛子がスキルを使って見たステータスを保存してくれている。健康以外の数値はどれもA以上。スピードに至ってはSとなっていた。


「スピードSって結構強いよな?」


「うん! 他の馬には引けを取らないと思うよ」


「これもスキルのおかげだな……って、そういえば麗華はどうした? あいつもログインしていたようだったけど」


 いつになっても麗華が厩舎にやってこないことに気が付き、俺は愛子にそう尋ねた。


「麗華はもう競馬場だよ。昨日のレースを見た調教師さんから騎乗依頼が結構来てたみたいで……朝からビオラ賞まで6レースも乗るんだって張り切ってたよ?」


「6レース!? 一気に人気ジョッキーになったな……」


 羨ましい限りである。俺も頑張って稼がないとな。


「まあ、ビオラ賞までレース勘を養ってもらおうよ。私もひとまず仕事は終えたから競馬場に行こうか」


「あー、早く行かないと混むんだっけ?」


「今日は日曜日だからね。見やすい席が空いてたら良いんだけど……」


 愛馬の晴れ舞台だし、せっかくなら最前列の席で見たい。俺は愛子を探すようにドノティス競馬場へ向かった。


 そうして競馬場前に移動すると、エントランス前が大変賑わっているのが見えた。エントランスは6ヶ所以上あるのだが、そこに人が密集しており、すぐには中に入れそうにもなかった。


「おいおい……こんなに混むのかよ……!」


「私もこんなに混んでると思わなかったよ。朝イチのレースでここまで混むことはあまりないのに……」


 愛子も競馬場のエントランスを見て驚いていた。夜のレースなら混むことも珍しくないらしいが、日曜の朝からわざわざ競馬ゲームのレースを観にくるとは……今の世の中って競馬ブームなのか?


「ゴール前は諦めた方がいいか?」


「そうだね……まあ、なるべくいい場所で見られるように祈っておこう?」


 そうして、レース開始1時間前にも関わらず、俺たちは長蛇の列に並ぶことになってしまったのだった。

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