第10話

 出走を合図するファンファーレが鳴り響き、周りは歓声に包まれた。


「新馬戦とは比べ物にならない盛り上がりだな!」


「GⅠはもっと盛り上がるんだよー。さあ、ミヤビエンジェルを応援しようか」


 ミヤビエンジェルは馬番は7番。ラッキーセブンであることを信じたい。


 ドノティス競馬場のコースはかなり特徴的なものだった。今まで見たことのない、三本のコースが最後の直線に集結している、三又のような形だった。


 なので、ゲートに入る様子などもモニターでしか見ることが出来ない。

 無事に全馬がゲートに入り終わり、数秒後、戦いの火ぶたは切って落とされる。


『スタートしました! おおっと? 3番スタンアジテイト、ちょっと出遅れたか!?』


「ありゃ、あの馬遅れちゃったぞ?」


「ゲートを出るのが苦手な馬も中にはいるんだ。精神力が低い馬に多いかな」


「そうなのか……」


 若干、ミヤビミーティアの顔が浮かんだが今は気にしないでおこう。

 

『先頭に立ったのは6番、タピオスカル。それに並ぶように16番ヨークエイクが続きます』


「タピオスカルはやはりハナを奪ったね」


 前走は未勝利戦で圧倒的なパフォーマンスを見せたらしいからな。要注意の馬だ。


『…………中団最後方にミヤビエンジェルです。それから2馬身ほど空いて……』


 モニターでレース映像を見ていると、10頭以上集まる第二集団の最後方にミヤビエンジェルはいた。


「麗華は虎視眈々と先頭を伺ってるみたいだね」


 レースの映像を見て愛子はそう言った。


「また豪快な差し切り勝ちが見たいな」


「麗華の手綱さばきに期待しておこう」


『最後方に一番人気バルベアボンドです。残り1000メートルを追加して、そろそろ動き始めるかといったところでしょうか』


 実況を聞いていると、最後方で走っているのが一番人気の馬だということが分かった。


「こんな位置で前に届くのか? 結構離れているように見えるんだけど……」


「前走の重賞で、最後方からごぼう抜きして見せたんだってさ。鞍上の中森さん。DHOナンバー1のジョッキーだよ?」


「うわ……最強プレイヤーかよ……」


 中森ジョッキーはDHOだけで生活するプロゲーマーらしい。それを可能にするほど、状況判断能力や手綱さばきが上手いのだとか。


『さあ、残り800メートルを通過したところで中森の手が動く! 徐々に第二集団に近づいてまいりました!』


「……麗華、そろそろ動かないと!」


 レースの状況を見ていた愛子が少し焦るような表情を浮かべそう言った。

 やはり、一番人気のバルベアボンドを警戒しているようだ。


「お、大丈夫みたいだぞ?」


『さあ、ここでミヤビエンジェルも位置を上げてきました。それに続くように、各ジョッキーの手が動きます!』


 どうやら麗華も中森ジョッキーの動きを気にしていたらしい。他のジョッキーよりも中森ジョッキーの仕掛けに気付くのが早かった。


『先頭のタピオスカルはすでに直線に差し掛かっています。ゴールまで550メートル!』


 ようやく観客席スタンドから遠巻きに馬たちが見え、周りは大歓声に包まれていた。


「タピオスカル、結構粘ってるな!」


「それは間違いなく届く! 問題はバルベアボンドだよ……!」


『さあ、先頭はタピオスカル! しかし後続の集団からミヤビエンジェルが飛び出してきた! みるみるその差が縮まります!』


 ミヤビエンジェルは一足先に馬群から抜け出した。タピオスカルとヨークエイクの叩き合いに食らいついていく。


「やばい、きた……!」


 しかし、調教師である愛子は違う馬に注目している。中森ジョッキーの乗るバルベアボンドが大外から馬群を丸ごと飲み込もうとしていた。


『大外からバルベアボンド! 一気に集団をかわしてきました! ヨークエイク、厳しいか? みるみる後退します。 さあ、3頭の叩き合いだ!』


「エンジェル! 頑張れ!」


「麗華! 気合を見せて!!」


 ゴールが近づくにつれて俺らの応援にも力が入る。


『さあ、残り300メートル! ここでミヤビエンジェルが先頭に立ちました! しかし、タピオスカルも必死に追いすがります!』


「よし! 逃げ切れエンジェル!」


 残りあとわずかというところで、ミヤビエンジェルが先頭に立った。ここで勝負をかけるつもりだろう。


『さあ、大外から怪物、バルベアボンドが飛んできた! すごい脚! あっという間に差が縮まる!』


「だあああ、なんだよあいつ!?」


 ロケットでも積んでるんじゃないかというほどの加速を見せるバルベアボンドに、俺は頭を抱えた。


『残り200メートルを切った! ミヤビエンジェル、未だ先頭! バルベアボンドから逃げ切りを図る!』


「エンジェル、頑張って!」


 横にいる愛子が祈るようにレースを見守る。

 すでに観客はそのレースに釘付けになり、ほとんどが立ち上がって観戦していた。


『バルベアボンド、ミヤビエンジェル! お互い譲りません! バルベアボンドか!? ミヤビエンジェルか!? 残り100メートル!』


「麗華、頑張れえええ!!」


 周りの観客も必死に応援しており、耳が割れるほどの大歓声に包まれる。


『さあ、最後は意地の張り合い!! 女性ジョッキー長宝院か!? トップジョッキー中森か!? 今、2頭並ぶようにしてゴールイン!!! これは写真判定になりそうです!』


「どっちだ!? 勝ったか!?」


「今、モニターに映し出されると思うけど……ほぼ同着に見えたね」


 愛子にも勝敗は分からなかったようだ。

 10秒ほど経つと、モニターに写真判定の映像が流れ始めた。スロー再生で流れるレース映像と共に、ゴールの瞬間映像が止められる。

 

「……分かりやすいシステムだな」


 俺はそう言って席に座り込んだ。


『勝者は……バルベアボンドです!!!』




 




 


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