第3話 営業開始
瑠利と一緒に食堂へ来た陸斗は、朝食の準備を始める。
手慣れたようにフライパンで卵とハムを焼き、切り分けられた食パンをオーブンにかけた。
「ルリ姉ちゃんは、お皿だしてくれる?」
「あ、うん……。すごいね、これってリクトくんがやってるんだ」
「そうだよ。父さんはこの時間、いつもお客さんの受付だからね」
そう言いながらも、手を動かし続ける陸斗。
瑠利からお皿を手渡してもらい、焼きあがった食パンに焼きハム、そして目玉焼きを乗せ、パックに保存された千切りレタスを添える。
あとは子供らしく冷蔵庫から牛乳を取り出して、二人分コップに注げば完成だ。
「じゃあ、食べよう」
「うん、ありがとね」
「どういたしまして」
こうして手早く朝食を済ませ、二人は再び佳斗の手伝いに戻っていった。
☆ ☆ ☆
神川ゴルフ練習場の打席数は二十二。
そのすべてが埋まり、黙々とボールを打つゴルファーたち。
カウンターでは佳斗がボールの入った籠を、受付に来るお客さんたちに手渡している。
ほとんどが三十球入りの籠を受け取っていることから、この後プレーのある人たちなのだろう。
忙しなくボールを打ち、急ぎ足で出ていくので、打席の入れ替わりも早い。
みな、ゴルフ場のスタート予定時刻前に着かなければならないため、必死なのだ。
そんな中、佳斗に声を掛けてくれる者もいる。
「やあ、おはようさん」
「ああ、これは、清水さん。おはようございます。これからですか?」
「そうなんだよ。まあ、今日は春乃坂(ゴルフクラブ)だから、近いしな。いつもの、よろしく」
「はい、いいスコアー期待してますよ」
「ははは、まあ、頑張ってくるよ」
佳斗がこんな他愛もない話をする相手は、近所に住む常連さんだ。
もう長い付き合いであり、親の代から通ってくれていて、大概この時間に来てはコースへ向かうのだ。
平日の暇なときにも来てくれる、ありがたいお客さんなのだが、こうして話しかけてくるのは、彼だけではない。
「よう、来たぜ」
「おはようございます、葛城さん」
「おはよう、いい朝だね」
「ええ、田中さん。絶好のゴルフ日和になりそうですね」
と、次から次へと、声をかけてくる。
この時間、近場にある春乃坂ゴルフクラブではメンバータイムが7時45分からであるため、それに合わせて近所の常連さんたちが訪れるのだ。
と、そこへ陸斗と瑠利が合流し、受付を交代。
すると佳斗は濡れタオルを持ち、打席ごとに置かれたテーブルを拭いて回った。
「忙しそうだね」
「うん、でも朝だけだよ。この後はずっと暇だからね」
これが朝だけの光景だと知っている陸斗は、寂しそうに俯く。
今日は日曜日。
本来なら、一日中打席が埋まっていても、いいはずだ。
それがこのあとは、ほとんどお客が来ないのだから、陸斗の態度も頷けるであろう。
その物悲しげな姿を見て、瑠利はある提案をする。
「そっかー。じゃあ、今のうちにいっぱい幸せを配らないとね」
「えっ?」
「だって、また帰りも寄ってくれるかもしれないじゃない」
「うん、そうかもだけど……、どうやってやるの?」
それは当然の疑問。
『幸せを配る』とは、どういうことなのか。
陸斗には全くわからなかったが、瑠利は爽やかな笑顔で実践してみせる。
「そんなの簡単だよ。私たちは子供なんだから、こうやって笑顔をいっぱい振り撒いたらいいんだよ」
そして、さも当然であるかのようにニカッと笑い、それを見た陸斗もその表情があまりにも可笑しくて、思わず吹出してしまう。
「えっ……、プッ、プップップッ、ハハハ。そ、そうだね。笑顔ならタダだもんね」
「そうそう、どっかのCMで見た、アレだよ」
「うん、僕もやってみるよ」
その後、神川練習場には幸運を呼ぶ座敷童がいるとかいないとか噂になっていたが、それはまた別のお話。
ただ、土日祭日限定で会える可愛い天使たちの笑顔に癒され、いいスコアーで上がれたという人たちが続出した。
それが、事の真相であるようだ。
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