原稿用紙に描かれた窮屈な日々

◇作品束に保管された朽ちつつある原稿用紙に書かれた作品◇

◇どうやら実生活の一片を描いている◇


 機械から流れる音は不思議な事に、顔も知らない人の声を自分に届ける。

 人は人との誤字:繋がりを絶つことは出来ないと言う。ならば、こうして声を聞けば直接人と関わらずとも生きてゆけるのではないかと思う事もある。だがそれはあくまで空論しか過ぎず、ひとから関わりを絶てば人は馬鹿にしかならない。

 正直、人と関わっていても馬鹿は多いが、それは考える事を放棄しているだけなのだろう。

 それで言うのならば、


  自分は窮極的な馬鹿だろう―――。



 # # #

「おはよー。」

 声をかけられる。けれどそれは挨拶で、自分に向けられたものとは限らない。

 もしも誰か自分ではない人間に声をかけていたのであればその人物達は自分に奇異の感を抱き不快そうな視線をよこすのだろう。

 半秒、そう思案して無反応で歩を進める。

「ふぁっ、オハヨ…。」

 眠たそうな声で自分を挟む背後から答える人。どうやら、自分の考えは間違っていなかったようだ。横を通り過ぎる足音と、後に聞こえた賑やかな話し声に、僅かながらずれていた前髪を正し、顔を隠す。

 俯いたまま、扉の前に立てば今日は閉じられている扉。手をかけ、力を込めれば小さな音を立てて中の様子を見せてくる事から鍵はかかっていないと分かるが…

 (まるで、嫌がらせだ。)

 君達はそんなにも自分が嫌いか。そう問いたくなる。けれど彼らにそんな意図はないことは知っている。

 それでも人は自身が不安に陥るとその不安から逃|ら(×)れるためになにかしらを自身以外に押し付けたがるのだ。

 所謂、【責 任 誤字:嫁】というやつだ。自分でも、気分が良いものではない。

 ならば何故、それをするのか。

 簡単だ、やはり恐しいのだ。無意識下でそれを行ってしまうように、手が震え冷汗をかくように、この扉を開くことが酷く。

 歯が手の震えに毒されるごとく動き出し、それを食いしばり、堪える。

 息を吐き、前を少しだけ見て自分のそんな恐怖を気取られぬように扉を開けた。

 ガラッ――、

 自分では思いの他大きな音がしたように思えた。だが、中――、そうそこにいた人間にとっては気にするに誤字:値する音ではなかったらしく、離れた場所から楽し気な声が聞える。

 (ああ、良かった。)

 そう思い、自分でも少し早いと思える歩行速度で教壇を歩く。それが、いけなかったようだ。

 開いた扉の音と、かけられぬ挨拶。そして特徴的な足音に、1人が顔を上げたらしい。

 「ぁ、」という声が予感させた後の言葉に自分は身構える。

 「××さん!。」

 嬉しそうに呼ぶその名は自分のもので、後につく敬称を表しているであろうそれは気味が悪くて、

 「お、××さん。お早うございます!。」

 「××さん!。」

 そこにいた全員が初めの声に続くように口にする。

 ああ、気味が悪い。

  気持ち悪い――、

 口を動かし、声を出そうとしても言葉も音も出てこずに、聞こえたのは喉が引き攣った様な音だけで。

 止まらない足とそれは結果的には彼らに無視をすることになってしまい、そんな自分に苛立った。


 「うわ、怖っ」

 「不機嫌みたいだな。」


 自分の机に手をついた時、そんな声が聞こえ、動きを止めた。そんな自分に周囲は再び「やばっ、聞こえた。」「だまれよ。」などと言っているが、自分には今一理解できない。

 自分は何か彼らを怖がらせるような事をしただろうか。頭が回らない自分にまた苛立つ。

 ――ッチ、

 (あ――、)

 「ほら、また。」

 

 (…なるほど)

 無意識、質の悪い。苛立った事から舌打ちをしていたようで、それが自分達に向けられたのだと勘違いしていたようだ。

 弁解しようにも、声は先程と変わらず出る事を誤字:拒んでいる。

 何故かは分からないが、ただ一つ。

 怖いのだ。

 何が?と問われても答えようはない。

 唯、ひたすらに怖い。

 人が怖いかと問われれば是だが、人は嫌いじゃないし寧ろ好んでいる。

 ならば悪意かとと言えば否だ。

 悪意も尊敬も好意も憎しみも、向けられ続けれていて、もう慣れた。元々、そんな人間であるらしく、普通に一般人として生きていても人に視線を向けられる。注目されるタイプのようなのだ。

 なら、何が怖いのか。

 それが未だ分からない。

 席について溜息一つ、

 「…つかれた、。」

 そこに紛れる言葉はどこにも届かず。

 空気に溶けていった。


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