人魚の娘とペンギンの王子様~外の世界が知りたい~

猫兎彩愛

第1話

 ここは、大都会から少し離れた海の底。


 人間たちは知らない。こんな近くに人魚たちの楽園がある事を。その楽園『エデン』に住む、人魚の娘【アーティ】は外の世界に憧れていた。


 彼女は十八年間、ずっと海の中だ。


「ああ、外はどうなっているのかしら。見てみたい」

 日に日に外への憧れが強くなる。


 そんなアーティを、ばあやは必死に止める。


 外の世界は怖い。


 数百年前に王国の姫様は禁忌を侵し、人間になったは良いけれど、結局泡になって消えてしまった。この話は人魚の間で有名な言い伝え。


 そのような危ない場所に行かせるわけには行かない。


「お嬢様、外は怖いものばかりと聞きます。ここは毎日平和ですよ。この国に居れば、ずっと幸せに暮らせます」


「そんな事分かっているわ。言い伝えの事も……だけど、そんなのただ、私達を外に出さない為の言い訳だわ。私、外の世界を見てくる!」


 アーティは、ばあやを振り切り外へ飛び出して行ってしまった。


「お嬢様……」


(どうしましょう……お嬢様が人間の男と出会ってしまったら……)


 ばあやは、アーティが出ていった窓の外を心配そうに見つめていた。



 *



 海面へ出たアーティ。


「なんて素敵なの! こんな素敵なもの見たことないわ!」


 アーティは思わず、声をあげる。


 アーティが見たものは、海辺に並ぶ色取り取りの華やかな光を纏っている建物。


 アーティは建物に近付き、上を見上げる。


「近くで見ると、また、凄い迫力ね」


 そのまま海岸へと泳いでいき、岩の上へ腰掛けた。


「お嬢さん、こんな夜にどうしたのですか?」


 アーティが建物に見惚れていると、背後から声が。


(まさか! 人間? どうしよう……)


 実はアーティ、直ぐに帰るつもりだった。外の世界が見てみたかっただけ。だから、まさか誰かに見付かるなんて思ってもなかった。


 アーティは恐る恐る後ろを振り向く。


 すると、そこに居たのは1羽のペンギン。


「へ? ペンギン……さん?」


 キョトンとするアーティにペンギンさんは丁寧にお辞儀をする。


「こんばんは。人魚のお嬢さん」


「こんばんは。ペンギンさん。ところであなたは何故こんな所にいるの?」


 アーティは不思議でたまらない。ペンギンが人間の世界の……それもこんな海岸で何をしているのかと。


「ふふ、それはねー」


 ニコッとペンギンが笑ったかと思ったら、クルクルとアーティの前で躍りながら回り、光輝きながら空高く飛んでいったかと思えば、目の前に降りてきた。


「え?」


 アーティは、目を見開いて固まってしまった。


 アーティが驚くのも無理はない。飛んで降りたその姿は、ペンギンではなく、人間の男の子だった。


「驚かせてごめんね。実は俺、ペンギン界の王子なんだ。俺たちのペンギンの楽園が今、食料難に見舞われてる。だから、俺を含め優秀な魔法を使える戦士達が、こうやって人間の姿になって人に紛れて稼いでるってわけ」


「ペンギンさんって、魔法使えるの?」


 アーティが不思議そうに言うと、少し得意気になりながらペンギンの王子様がアーティに話す。


「あまり知られてないけどね。俺を含め優秀なペンギンは使える。けれど、君たち人魚も中には魔法を使える人魚もいるはずだよ? そういえば、君は……違うの?」


(この王子様、私が魔法使えると思ってる? って、人魚も使えたんだ……)


「え、うん。使えないよ?」


 アーティがそう言うと、ペンギンの王子様は驚いた顔をして、突然怒り出す。


「じゃあ、何でこんな所居るんだ!? 危ないよ! 魔法も使えないのにこんな所に来て! 見付かったの俺じゃなかったら、どうするつもりだったんだ? 早く帰れよ!」


 そんな王子にアーティも言い返す。


「何でそんなに怒ってるのよ? 怒らないでよ! それに私、帰らないわよ? 私はずっと今まで海の中だったの! 外の世界を見たかったの!」


「お前、分からないのか? 人間界は危険がいっぱいだ。ましてや俺たちみたいに魔法も使えなきゃ、見付かったら逃げられないし、見世物になるんだぞ? ペンギンの俺たちですら、見付かったら捕らえられて水族館や動物園行きだ。保護したとか、何とか言ってな。だから、危険なんだよ」


「でも……だって……どうしたら」


 泣き出すアーティに王子は溜め息をつき、けれど優しく頭を撫でる。


「ったく、分かったよ。けれど、これっきりだからな! もう、来るなよ!」


 ペンギン王子がそう言うと、アーティはさっきの王子みたいに、光に包まれ飛んで着地する。すると、アーティに人間の足が。


「えっ! ええ~っ! 足があるーっ!」


 驚いて暫く固まっていたアーティだったが、嬉しくて飛び跳ねる。そんなピョンピョン飛び跳ねて喜ぶアーティを見て、王子も何だか嬉しくなる。


「そんなに……嬉しいのか?」


「うんっ! ありがとう! 王子様っ!」


 お礼を言われて、何故だか照れてしまう王子。顔が赤くなる。


「ま、まぁ、あれだ。今日だけ特別だからな? あと、王子って呼ばないで良いよ。俺の名は【スペニー】だ。お前は?」


「スペニー、ありがとう。私は【アーティ】よ。それにしても、どうして顔が赤いの?」


 不思議そうに、スペニーの顔を覗き込む。すると、スペニーは顔を真っ赤にしながら、アーティの手を掴む。


「あ、暑いだけだよ! っと、ほら行くぞ!」


「何処に?」


 アーティはキョトンとしている。


「どこって……人間の世界が見たいんだろ? 連れていってやるって言ってるんだよ!」


(ああ、もう、何だよ。俺も何でこんな奴ほおっておけないんだ……)


 スペニーは、アーティが気になってしょうがない。


「連れていってくれるのっ? スペニーって、本当に優しいのね!」


(スペニー……ありがとう。私、好きになっちゃったかも)


 アーティは喜びのあまり、スペニーに抱きつく。


「アーティ! バカっ! 抱きつくなよ、ビックリするだろう?」


 スペニーの顔は火が出そうなくらい、耳まで真っ赤だ。


「ごめんなさい。だって嬉しくって」


(スペニーったら、照れてる? 顔、真っ赤だし……スペニーも私の事好きなら良いなー)


 アーティは、スペニーが凄く魅力的に見えていた。



 *



 スペニーが連れていってくれた、人間の世界。人間を乗せて早く動く箱や、キラキラと光っている色んな色の灯り。どれもアーティには珍しく、新鮮だった。


 それに何より、スペニーと過ごす時間が嬉しかった。


 数時間、人間の世界を満喫した後、スペニーは海岸へと戻ろうとする。


「アーティ、そろそろ帰ろうか?」


 その言葉にアーティは凄く残念そうな顔をする。


「え? もう? もう少し……ダメ?」


 そんなアーティに心が痛むスペニーだったが、もう帰らなくてはならない。


「ごめんね。楽しいのは分かるんだけど、もう夜が明けてしまうし、俺ももう、帰らなきゃ」


(そう、俺は王子、自分の都合でこれ以上ここに居るわけにはいかない。ペン民も待ってる)


「そか。そうだよね。うん、私こそごめんなさい。スペニー、今日はありがとう」


「良いよ。楽しめて良かった」


 暫く黙った後、アーティは真っ直ぐスペニーを見つめる。


「とね、スペニー……また、会えるかしら?」


「え? アーティ、俺とまた会いたいの?」


「うん……私、あなたが好きになっちゃった」


 アーティが告白すると、スペニーは驚きのあまりしばらく動けなくなっていた。が、しばらく経つと、落ち着きを取り戻し、少し寂しそうな顔をする。


「アーティごめん、気持ちは嬉しいけれど……君の気持ちには答えられない。俺はペンギンだし、なにより王子だ。俺の国を放って、外の世界で恋人をつくるわけにはいかないんだ」


「そんな事言って、ホントはアーティのこと面倒って思ってるんでしょ。魔法も使えないし、お荷物だよね」


 アーティが、少し拗ねたようにそう言うと、スペニーは声を張り上げた。


「そんなこと無いよ! ……本当はこんなこと言えないけど、俺もアーティのこと好きになっちゃったんだよ! けど、俺はペンギン界の王子だし、一緒には居られないんだよ!」


「スペニー……それ本当? 私のこと好きって」


「ああ。だけど、さっきも言ったけど、俺はペンギン、アーティは人魚。一緒にはいられないよ」


 二人の間に沈黙が流れる。


 先に口を開いたのはアーティだった。


「スペニー?……もし、私がペンギンになれたら一緒に居てくれる?」


「アーティ……? え? アーティがペンギン……に? ……いや、ダメだ。それだけはダメだ!」


 スペニーはそういう魔法があるのは知っていた。けれど、それはとても危険な、危険な魔法だった。


「けれど、そうしないとスペニーと一緒に居られないから」


「ダメだよ! 確かに、他の者になれる魔法はある。一時的なものなら、さっき俺が使った人間になる魔法もそうだし。けど、ずっと……その姿になるっていう魔法はとても難しいし、失敗すると最悪の場合消滅してしまう。そんな危険な事させられない! それに、アーティは魔法、使えないじゃないか。誰かに頼むとしてもそれなりの代償が必要だよ」


 スペニーは必死で止めるが、アーティは聞かない。


「スペニー、私、あなたと居られるならどんな事も耐えられる。だから……!」


 そう言うと、海に飛び込んでしまった


「アーティ! やめろっ!」


 スペニーの言葉虚しく、アーティがこの日戻ってこず、その後、この海岸に来ることは無かった。


 魔法が失敗したか……仲間に引き止められて、また出られなくなったかは分からない。


 スペニーはアーティの事を生涯思い、幸せでいるようにと願っていた――






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人魚の娘とペンギンの王子様~外の世界が知りたい~ 猫兎彩愛 @misausa03

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