嘘つきは嫌いだから、幼馴染と離れることを決意した俺~俺と恋人になることが、彼女にとって最良であるとは限らないから~

よこづなパンダ

嘘つきは嫌いだから、幼馴染と離れることを決意した俺~俺と恋人になることが、彼女にとって最良であるとは限らないから~

 玄関のチャイムが鳴ったとき―――そこにはいつだって、1人の女の子が立っていた。


 幼馴染の春星はるほし 咲夜さくや


 通りを挟んだ向こう側に新興住宅地ができ、斜め向かいに新しく家が建ったのは、俺・宮水みやみ 御影みかげが5歳くらいの頃だっただろうか。

 彼女はその家に住む一人娘だった。年は俺と同じ。


「いっしょにあそぼ?」


 初対面で彼女にそう尋ねられたとき、俺が突然のことに少なからず抵抗を感じたのは言うまでもない。が、彼女の笑顔は不思議と、インドア派だった俺の心を揺さぶった。


 気づけば彼女・咲夜と、外で遊ぶことが多くなっていた。


 俺は出不精な子だった。いや今でもそうかもしれないが、そうなったのには理由がある。

 小さい頃から、新しいことを習得するのが苦手だったからだ。


 好奇心とか挑戦したいという気持ちは、当然ながら、成功体験の積み重ねによって生まれるものだろう。

 小さい頃は、物事の重要性なんて考慮しない。

 だから、向上心を持つことが大事だからとか、そういったことを考えるわけがないのだから、俺の世界は小さくて狭い家の中で完結していた。


 だが咲夜は、ときに嘘を言ってでもそんな俺のことを外の世界へと連れ出してくれた。


「ぜったいたのしいよ!いってみようよ!」


 絶対なんてあるはずがない。だから、最初は彼女の強い押しに負ける形で、半信半疑でついていくだけだった。

 最寄りの公園の砂場に始まり、次は少し離れた隣の公園へ。小学生になれば更に隣の公園、それから夏祭りと盆踊り、冬にはスキースクールや初詣にも出掛けた。

 いずれも行き先を教えてくれなかったり噓でごまかされたりしながら連れ出されたが、「楽しかったでしょ?」と尋ねられたら、最後には頷かざるを得なかった。


 咲夜と遊んでいた日々はいつだって輝いていた。

 当時はこんな俺のことをなぜ何度も誘うのか疑問を抱くことはなかったが……よく考えれば不思議なことだ。

 俺たちはお互いに一人っ子で、且つ両親は夜遅くまで共働きだったから、今思えば、彼女は一人でいる寂しさに耐えられなかったのだろうか。


 そんなわけで監視の目がなかった俺たちだが、お転婆な彼女は意外にも、ルールはしっかりと守るし、本当に危ないことは決してしなかった。

 だから俺も次第に、心を許すようになっていったのだろう。


 冗談めかして無茶を言うときでも俺の顔色をよくうかがい、本当に嫌なことは決してしない。

 あまりした覚えはないが、もし俺が咲夜の誘いをはっきりと断ったなら……きっと彼女は、それ以上誘ってはこなかったはずだ。


 そんな彼女の気遣いは、もしかすると他者に嫌われること、一人になることへの人一倍の恐怖心からきていたのかもしれない。


 真実は今となっては知る術もないが……






 ずっと、咲夜の笑った顔が好きだった。

 だからいつしか俺は、彼女を自分の手で笑顔にしたいと……そう、身の程知らずにも考えるようになっていった。


 しかし、何でも得意な咲夜。中学生になっても結局、俺は彼女から色々と貰ってばかりで、彼女にしてあげられることといえば、唯一得意だった勉強を教えることくらいだった。


 咲夜は飲み込みが早かった。少しヒントを与えれば、すぐに理解してスラスラ解けるようになった。そもそもの勉強時間が足りていなかっただけで、地頭はずっと俺より良かったのかもしれない。


御影みかげくんは、やっぱり頭いいね!」


 純粋な笑顔で褒めてくれる咲夜のことを、真っ直ぐに見ることができなくなってしまったのは、おそらくこの頃からだろう。

 短かった髪を伸ばし始め、日に日に綺麗になっていく咲夜のことを……俺は、1人の女の子として意識するようになってしまっていた。


「もうすぐ秋なのに、今日も暑いねー」


 そう言って手で仰いだ先の彼女の胸元に目が行ってしまうのは仕方のないことだが、それと同時に、制服のスカートの下の絶対領域にも目が行ってしまう。


 ……別にそういう意味ではない。俺はあることがずっと気になっていた。


「……治らないのか、脚の傷。本当に、ごめん、な……」


 あれは小6の頃。自転車に乗っていたとき、不注意で道路に飛び出しそうになった俺のことを咄嗟にかばった咲夜は、彼女が乗っていた自転車から勢いよく落ちて膝を強打し、そのまま滑るようにして転倒した。

 暫くうずくまったまま動かない咲夜を目の前にして、頭が真っ白になったあの日のことを、俺は一生忘れられないだろう。

 幸い大事には至らなかったものの、その時ばかりは、日ごろ忙しく普段は関わり合いのなかったお互いの親同士でも話し合いをする事態となった。最終的には、咲夜の両親が『子供同士での遊びの中での事故』ということにしてくれたものの、俺はあの日のことをどう責任を取れば良いのかわからずにいた。


「ううん、好きで履いてるだけだから。……あっ、御影くんはこういうのが好きなのかなー?えっちー」


 茶目っ気溢れる笑みを返してくれた咲夜。……だが俺は、そんな彼女に、どうしても罪悪感を感じずにはいられなかった。


 ジャージのハーフパンツが強制される体育祭のときのこと。俺は彼女の膝に、薄っすらとあざのようなものを見つけてしまったのだ。夏でも絶対にニーソやストッキングを履くことから薄々気づいてはいたが……それを目にしたとき、俺は取り返しの付かないことをしてしまったと強く自覚させられた。


 彼女に嘘をつかせていることが、さらに胸を締め付けた。


 ―――1度だけ、「どう責任を取れば……」と謝罪したとき、「……責任!?」って、咲夜が少しだけ慌てた意味は、今になってもわからずじまいだが。


「絶対に、私も御影くんと一緒の高校に行くんだから!」


 そう言って毎日のように俺の部屋を訪ねてきた彼女と一緒に勉強していた中3のあの日々が、思い返せば俺の人生の中で一番楽しかった頃かもしれない。咲夜との距離が近づくたびに胸が高鳴る理由が、何なのかわからなかったあの頃が。


 そして、咲夜は俺と同じ進学校に合格してしまうのだから……


 本当に彼女は、俺なんかとは全く、生まれ持ったものが違う人だった。




 高校に入って、すぐに咲夜は人気者になった。

 住む世界が違うということをはっきりと自覚させられたのはこの頃からだ。


「一緒に帰ろ、御影くん?」


 それでも咲夜は俺のことを見捨てなかった。登下校の時間だけはいつも一緒。


 だが、半年もすればすぐに、そうもいかなくなった。

 サッカー部でイケメンと噂の七瀬ななせ 飛希とき。彼が咲夜のことを好きで、狙っているという噂を男子の間でよく耳にするようになった。


宮水みやみくん、ちょっと春星さん借りるね」


 咲夜と登校中、俺は七瀬くんにそう声を掛けられて一人になる日も増えた。


 そして、七瀬くんの取り巻きたちが、陰でコソコソ話しているのを耳にしたとき……俺は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになった。


「春星ってなんで宮水なんかと一緒にいるんだろ」

「小さい頃からの幼馴染らしいぞ?」

「あー情けで付き合ってあげてる的な?」

「なら飛希が負けるわけねぇよな」

「ハハハ」


 いつから、人付き合いに勝ち負けなんてものが出来たのだろうか。

 しかし―――現実とは、そういうものなのかもしれない。

 そう思ったとき、俺は何もかもで負けていることに気づいた。


 高2になれば、ますます咲夜は忙しくなっていった。

 皆の人気者で、明るい彼女のことだから当然だ。


 そんな彼女が友達の男女数人と海に行く誘いを断っているのを見たとき……俺の心はズキリと傷んだ。


「春星さんスタイル良いし絶対水着似合うのに見たかったな~」


 なんて、残念がる周囲の声を聞きながら、俺は心の中で何度も、小6の事故のことを謝罪した。


 自分の存在が彼女にとっての最大の足枷なのではないかと考えることが増えた。それでも時間が合うときは咲夜と一緒に下校することもあったが、何を話せばいいのか、次第にわからなくなっていった。


 咲夜が七瀬くんに話しかけられて一緒に登校する姿を見るたびに、まだ若干胸は痛むものの、次第にお似合いだなという気持ちが強くなっていった。


「飛希、まだ春星さんとヤってないのかよ。やっぱああいう女を落とすにはさ……」

「やめろよ馬鹿、俺はそんな目的じゃねぇよ。ただ純粋に彼女の笑顔が……」


 自分中心に世界が回ることに慣れているような彼の態度は大嫌いだったが、そんな会話を聞いてしまったからだろうか。俺は、咲夜のことを俺から引き剝がそうとする七瀬くんのことをどうしても嫌いにはなりきれなかった。


 高3になる頃には、俺は咲夜を自然と避けるようになっていた。彼女もそれに気づいたのだろうか、話しかけてくることがほとんどなくなった。

 これでいい。たかが幼馴染という関係。いつかは潰えて、忘れられて、それが自然ってものだろ。

 このまま何事もなく、お互いに別々の道を歩んでいくだけだって、そう思っていた。






 だが、高3の夏。

 俺は咲夜に、夏祭りに誘われた。


「受験勉強の息抜きに、どうかなって?」


 まだ夏休みだというのに、彼女からそんな言葉が出てきて2重に驚いた。そして、何となく昔が懐かしくなってしまったのだろうか。そんな彼女の提案にOKの返事をしてしまったあの時の俺も俺で、本当にどうかしていた。


 当日の咲夜の浴衣姿は、思わず息を吞むほどに美しかった。

 そんな彼女を前にして緊張するも……しかし、すぐに現実へと引き戻される。

 周囲の視線は綺麗な彼女に集まり、そんな中で時々俺へと向けられるそれは、ひどく冷たいものに感じられて。

 俺は彼女とは釣り合っていないと言われ続けているようで、ずっと辛くて仕方なかった。


 確かに、咲夜と一緒に出店を回る時間は、幼い頃の楽しかった日々を彷彿とさせた。だが……年を取ったのだろう。かつてのように純粋に楽しい、とはどうしても思えなかった。


 そして―――咲夜に大事な話があると言われたのは、ちょうど祭りの最後を意味する花火大会が始まったときだった。




「私ね、この前、七瀬くんに告白されたんだ。―――これが最後の告白にするって」


 どこか重い空気が漂う中、口を開いたのは咲夜の方だった。


 七瀬くんが咲夜のことを狙い始めて2年。もしかするともう2人は隠れて付き合っているのかもしれないと、俺は微かに思っていた。だから、まさか彼が何度も告白しているとは思わなかったし、それを咲夜が何度も振っていたという事実に驚いた。


 そして、その後に彼女が続けた言葉で、俺はさらに驚くこととなる。


「だから、私も決めたんだ。ずっと好きな人に、勇気を出して気持ちを伝えるって。―――御影くん、よかったら私……私のことを、御影くんの彼女にしてください……!」






 俺は咲夜に告白された。

 咲夜とは違って、異性に告白なんてされたのはこれが生まれて初めてのことだった。

 咲夜の唇はふるふると震えていて、瞳はどこか不安そうに揺れていた。






 ―――しかし、そんな彼女の表情を目の当たりにしても、俺はどうしても彼女の言葉を信じることができなかった。




「なぁ咲夜。どうして俺なんだ?」




 だから俺は尋ねた。

 別に自然なことだろ?

 あれだけ皆に囲まれて、それにイケメンの七瀬くんにあれだけの好意を向けられて、そのうえでこんなにも冴えない俺を選ぶなんて、一時の気の迷いだとしても、あってはならないことだ。それに……あまり考えたくはないが、俺のことをからかっているという可能性もあった。


 だが、咲夜はいつになく真剣な表情を崩すことなく、こう言った。


「優しい御影くんと一緒なら、落ち着くから……だよ? 私は御影くんと一緒のときが、一番楽しかった。今日も昔みたいですごく楽しくて……御影くんは、その……楽しくなかった?」


 そして、彼女の答えを聞いたとき、俺は……






 自分自身の存在を呪いたくなった。


 彼女のことを正さねばならないと、それがせめてもの償いだって、そう思ったんだ。



 俺は、咲夜と一緒にいるだけであんなにドキドキしていたのに……



 落ち着く、って……

 咲夜は違ったのかよ……




 そんな当たり前の真実を突き付けられ、俺は咲夜に本当の恋というものを教えなければいけないと思った。

 俺がいるせいで、彼女は恋ができなくなってしまっているのだと、わかってしまった。

 たった1つの勘違いで、彼女には人生を棒に振ってほしくなかった。




 もし、この世に幼馴染ガチャなるものがあるとすれば、俺は間違いなく大当たりで―――ゆえに、咲夜にとっては大外れだ。

 不釣り合いな関係。それが続くとしたら、つまりどちらかの犠牲のもとに成り立っているということだ。


 咲夜は、俺のせいでずっと『外れ』の青春を歩む羽目になってしまったんだ。


 受験勉強という言葉が彼女の口から出てきたように、咲夜は、密かに俺の目指している大学に受かるために猛勉強を始めているようだった。

 ―――俺が勉強を頑張っているのは、これ以上咲夜と一緒でいられないようにするために、遠く離れた場所へ引っ越す口実をつくりたいからだというのに。


 俺が咲夜に勝てるのは、勉強しかない。だから頑張っているというのに……。

 咲夜にとって、これからも俺と同じ進路で勉強一色のつまらない日々を送ることが、本当に幸せなのだろうか。

 何でもできる咲夜なら、勉強なんて頑張らなくても幸せな人生を歩めるはずなのに。


「……馬鹿な私じゃ、やっぱり嫌、かな。遠距離なんてさせないよ、私も絶対に受かって見せるから……だからお願い……!」




 ―――クソっ。咲夜を前にしてこんなにも胸が高鳴ってしまうのは、こうやって話すのが久しぶりだからで、決して彼女のことが好きだからではない。


 だから俺は、咲夜のことを本当は……




「……俺は嘘つきが嫌いなんだ」




 気がついたら、俺はそう口にしていた。




 何を言ってるんだ、俺は。

 だが、一度話し始めてしまったら、もう後戻りはできなかった。




「咲夜は小さい頃からずっと嘘つきで強引だったよね。遊びに行くときも絶対楽しいとか言ってさ」


 違う。本当に楽しかった。あの頃はまだ、楽しかったはずなんだ。


「それに、膝の怪我だってさ。ずっと隠して、俺に気を遣ってるつもりだろうけど知ってるんだよ!隠し通せるなんて考えて、何様のつもりだよ!怒りたけりゃ怒れよ!」


 違う。謝らなきゃならないのは俺の方なのに、こんな風に彼女に当たって……


「それで七瀬とか色んな奴と仲良くしてさ。それで、俺のことが好きだって言われて、誰が信じるわけ?」








 しまった、と思った。自分でも彼女に何を言いたいのかわからなくなっていた。

 ふと我に返り、咲夜を見ると……




 彼女の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

 少しずつ目が潤んでいき、やがてとめどなく溢れ出す。


 こんな咲夜を見るのは初めてで、その瞬間、俺がしてしまったことの重大さに気がついたが、そのときにはもう遅かった。




「……今までずっと、迷惑をかけて、本当にごめんなさい……」


 震える声でそう言い残すと、咲夜は逃げるように走り出した。




 祭りの終わりに行き交う人混みの中へと消えていく。そんな彼女の背中を、俺はずっと見届けた。

 追いかけようだなんて、思いもしなかった。……なぜなら、一緒に遊んだとき、いつも彼女には競争で負けていたから。


 追いつけるわけ、ない。


 咲夜の背中が完全に消えたことで、どこかホッとしている自分もいて。


 もう、あいつのことを追いかけなくていいんだ。




 そう思っているはずなのに、気が付けば俺の頬にも涙が伝っていた。






 俺は何度も咲夜に楽しい世界を見させてもらったけれど。

 俺では咲夜を驚かせたりすることはできない。

 どうして俺が、咲夜の幼馴染なのだろう。


 嘘つきは嫌い。


 だから俺は自分のことが嫌いだ。

 本当はこんなにも大好きな女の子を前にして、素直な気持ちを打ち明ける、そんな資格すらも持ち合わせていない自分が。




 咲夜みたいな良い子はそういない。もしここで逃したら、一生手に入らない最高の彼女だ。

 でも、それは俺にとっての話で、俺は彼女にとっての最高の彼氏にはなれないんだよ。


 俺はいつも貰う側で、咲夜にあげられるものなんて何も持ち合わせていないのだから。


 咲夜にとって無理のない学力の大学に行けば、彼女は新たな出会いがいっぱいあることだろう。

 ガリ勉どもに囲まれたキャンパスライフよりも、イケメンとの出会いだってはるかに多いはずだ。


 あと1年もすれば、彼女の隣には知らない男がいて、彼女は今日のことなんてすっかり忘れていることだろう。

 だから俺は正しいことをしただけだ。


 ―――こうして自分の選択が間違っていなかったことを確認して、それなのに、その日の夜、枕は涙でびっしょりと濡れていた。




♢♢♢




 あれから2学期が始まり、俺は敢えて早めに登校するようにした。勉強するという建前ではあったが、実際のところは、より確実に彼女と登校時間をずらす意図があった。


 できるだけ彼女のことを遠くから眺めるようにした。彼女が近づいてきたときは俺も席を立ってその場から移動した。幼馴染の俺が本来すべきだったのは、彼女のことを遠くから見守ることだって気づいたから。


 休み明けからどこか元気がないようにも見えたが、それはきっと受験勉強の疲れからだろう。あまり無理をしないでほしい。俺が掛けられる言葉は何もないけれど、幼馴染として、彼女には幸せになってほしいから。辛い思いは、できるだけしませんように。俺はそう祈った。


 こうして日々は過ぎ、いよいよ周囲も受験モードとなって、3学期にもなれば登校することも減り……






 このまま終わるだけだと思った、卒業式の日。


 俺は、迂闊にも彼女のことを……自分でも無意識のうちに、目で追ってしまっていた。

 なぜなら、澄み渡る青空の下、彼女の立ち姿は絵になるように綺麗だったから。



 そこでふと、視線が合う。



 すると彼女は、遠くからでもわかるくらいに唇を震わせ、俺に対して何かを訴えるような強い視線を向けてきた。その大きな瞳にはあの日のような涙が浮かんで……



 しかし、多くの卒業生の波に飲まれて、彼女の姿はすぐに見えなくなっていく。



 俺はその場で立ち尽くしつつも……




 俺は本当に最低だ。

 どうしようもなく満たされていく自分の心とともに、俺は改めて自覚する。






 彼女の泣いた顔は、やっぱり最高に綺麗だと思った。






 気づかないふりをしたかったけれど、俺の中で確信に変わっていく。

 俺は彼女のことを笑顔にしたかったはずなのに……いつからだろう。こんな歪んだ感情を持つようになってしまったのは。


 彼女の笑顔が、七瀬くんや他クラスメイトたちに向けられるたび、俺の心は……




 ああ、そうか。

 俺は彼女の唯一になりたかったんだな。




 俺は彼女のことが大好きだった。

 幼馴染としては勿論のこと、異性としても……


 だけど、彼女に告白されたとき、嬉しいという感情が浮かばなかったのは……


 俺は彼女の唯一にはなれないと、そう本能的に判断したからだろう。



 本当は彼女のことを独占したかった。

 誰も知らない彼女のことを、俺だけが知っていたかった。



 だから、彼女が涙を見せたとき、俺は……

 彼女の唯一を知る男になれたことを、密かに嬉しいと思ってしまったのだ。



 彼女のことを泣かせるような、こんな最低な男は、彼女の人生で知り合う中で、きっと俺くらいだろうから。



 もっと彼女の泣いているところが見たい。

 いつの間にか、俺は彼女の幸せを素直に願うことすらできなくなってしまっていた。




♢♢♢




 そんな俺は、大学に進学した今でも時折、彼女の泣き顔を思い返している。

 バイト先で異性とかかわることがあっても、やはり告白なんてされることはない。彼女以上に魅力的な女の子と出会っていないにもかかわらず、だ。そしてその現実は、やはり俺が彼女に釣り合っていなかったという真実を物語っていた。


 だからこうして、1人暮らしの寂しい夜に、時々彼女のことを考えてしまう。




 今頃彼女はきっと……そう考えるたび、彼女の笑顔は名も無き男に向けられてしまうから。

 俺は彼女の泣き顔だけを求め続ける。




 ずっと彼女の笑顔が好きだったはずなのに……




 だからこんな俺には幸せになる資格なんて、あるはずもなかった。

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