第17話 そつない君とお出かけ③

「だから、きーちゃんを可愛くするのが今日の目的なの」


 二度言われても、分からないものは分からない。ちらりと新宮の方を見ると、頭痛を堪えるかのように、眉間に手を当てている。


「紀美野さん…それは一体どういうこと?」


 ため息と共に吐き出された新宮の言葉に答えた紀美野の言い分は、どうやらこういうことらしかった。


 「自分が可愛いって自信を持てれば、相手の顔を見て話せるし、トレンドを押さえたら会話のネタにもなるの。可愛いってことは、話しかける特徴が多いってことだし、話しかけられやすいんだよ」


 コミュニケーションの第一歩は自信である。そして、女の世界を生き抜く名刺がわりの第一の自身の生まれどころは、容姿である。とは、紀美野の言である。


 一理ありそうな、やっぱりないような気もする発言に俺はダンマリを決め込むことにした。迂闊に男の俺が触れると面倒ごとを呼びそうだったからだ。


「新宮…一理あると思うか?」


「さあ…彼女たちの中でそうなら、溶け込むのに役立ちはするんじゃないかしら?」


 新宮は、乗りかかった船だと受け入れることにしたようだ。俺も、特に反論が見つからなかったため、諦めた。


「分かった。じゃあ、どこ行く?」


「そつない君も分かってくれた?じゃあ、行こっか。男子目線の意見頼りにしてるよ〜?新宮さんも、おしゃれって噂だし、よろしく〜」


 紀美野はそう言って新宮の至近距離で笑いかけるが、新宮は引き攣った顔で一歩後退り「え、ええ」とだけ返した。もしかしてこいつ、受け身のコミュニケーションには慣れてないのではないだろうか。


「じゃあ、改めてしゅっぱーつ」


 紀伊さんの手を引く、紀美野の気の抜けた号令で、俺たちは施設内へとようやく歩き出した。


 俺はすでにヘトヘトだ。女子の買い物が長いことを、身をもって知っているから。


*********************


 最初にやってきたのは、コスメショップだった。ここに入店した時点で、俺にできることは無くなった気がする。化粧品の知識はゼロだからだ。


「(こんなことなら、美羽姉がペラペラと化粧品の話してる時にもうちょい真面目に聞いとくんだったな…)」


 やはり人間、自分に縁のないものに興味は持ちにくい。今は男でも化粧をする人が増えているらしいが、少なくとも鼓星は興味がない。


 そして、やたらとパステルな色が多い空間は、やはり落ち着かない。口には出さないが、化粧品の匂いも苦手なため、早くここから離脱したい。


「やっぱり、うちのグループの人は、みんな化粧うっすらとしてるんだよね…話題のコスメの話とかにもなったりするし。というわけで、実際使わなければ分からないこともあるということで、きーちゃんにぴったりの化粧品を私たちが選んであげる!」


 紀美野や高野といった面々は、校則違反だとうるさく言われない程度に化粧を施している。確かに、美に敏感であるという部分は、トップカーストの特徴でもあるのかもしれない。


「私たちって…もしかして私も含まれているのかしら…」


 新宮が困ったような声を出すが、多分俺は含まれてないから、複数形になるとしたらお前だ。


「もちろん、新宮さんもだよ?」


「そんなこと言われても、残念ながら私は化粧品なんて全く知らないの。使ったことがないから…」


「えっ!?」


 新宮の言葉に、紀美野が目を見開く。多分連れてくるやつ間違ったぞ、紀美野。まあ、他のやつに言えないから仕方ないが。


「ちょっと、ごめんね…」


「な、なに?」


 紀美野が、ジリジリと新宮に顔を近づける。新宮は後ずさろうとするが、化粧品店が邪魔して、そうすることも出来ない。やっぱり、こいつパーソナルスペースに踏み込まれるの苦手だろ。


「えいっ」


「〜〜〜!?」


 意を決してといった様子で、紀美野が新宮の頬に手を伸ばした。いきなりのことに、新宮が声にならない悲鳴をあげる。


「な、何するの」


「ほ、ほんとにノーメイクだ…お肌ツルッツルで真っ白…目ぱっちぱち…」


「なんで、突発的な行動に出た側が落ち込んでるのかしら…怒るに怒れないのだけれど…」


 どうやら何かにショックを受けたらしく、昏い目で座り込む紀美野。それを見て言葉が出なくなったらしく、新宮は戸惑った様子。やっぱり、新宮はあまり紀美野のことが得意ではないらしい。


「もう、咲葉。勝手に人に触らないの」


「だってさ、きーちゃん…あんな、プルプルのお肌がノーメイクなんて聞いたら、触りたくもなるじゃん!」


「その理屈が通じるのは、仲間内だけだよ。仲良くなってからね?」


「なんだか、怒るところが少し違うのだけれど…」


「じゃあ、仲良しのきーちゃんの触るう…」


 泣きまねまでして紀伊さんにしなだれかかった紀美野が、紀伊さんのほっぺたをむにむにしながら、何かを回復している。一連の脱線を、居心地悪い気分の中見ていた俺は「あ、きーちゃんもノーメイクなのにすべすべ」だのと言っている紀美野に、一言。


「で?紀伊さんの化粧品は?」


「あっ」 


*****************


「うーん、きーちゃんの雰囲気で言ったら、オレンジ系散らしたいよねえ…」


「そういうものなのかしら…?」


「うん。新宮さんは、ブルー系とかラベンダー色とかが似合いそう」


「確かに、新宮さんってクールな感じだもんね」


「きーちゃんは、可愛らしさを増す感じが良いと思うな」


 商品棚の前で、あーでもないこうでもないと語り始めた女子たちに、一層居心地が悪くなる。俺の今の主な仕事といえば、紀美野の「そつない君もそう思わない?」という問いかけに「おう…」とか「確かに」とか返すことだけだ。俺、今日いるかな?


 結局、二十分ほどの時間をかけて選んだ化粧品を、店員さんの元まで持っていく。どうやら試しに店員さんにメイクしてもらえるサービスがあるらしく、紀伊さんと、何故か新宮も化粧台の前へと連れて行かれた。


「ごめんねー、そつない君。退屈でしょ?」


「あー、まあ慣れてるからさ」


「ほー、女の子の買い物に付き合うのに慣れてるということはー?結構おモテになってるんだなー?」


「違う違う。妹がいてさ。最近、付き合わされたりしてるんだ」


 実際は美羽姉にだが。


「へー、妹いるんだ。何歳差?」


「二歳。今中二だな」


「あー、確かにおしゃれしたい時期だー」


 実際、白星がメイクをしているところなんか見たことがないが「そうなんだよ」と話を合わせる。笑顔をキープ。我ながら、慣れてきたものである。


「お待たせしました」


 そこから数分。店員さんが、メイク台から二人を連れて来た。


「わあ…きーちゃん可愛い!」


 まずは紀伊さん。頬や目元にオレンジ色が散りばめられ、唇にも同色系のリップが塗られている。元々可愛らしく、優しげな顔立ちの紀伊さんの良さが、ぐっと際立っているように感じる。あまり化粧感はなく、自然に彼女の魅力だけが浮き彫りになったような雰囲気がある。


「えっと…なんか恥ずかしいね?」


 照れ笑いながら、おずおずとそんなことを言う紀伊さんには、心の奥から何だか庇護欲が湧いてくる。どうやら紀美野も同じようで、たまらず抱きしめようと手を広げるものの「せっかくして貰ったの落ちちゃうから」と振られていた。


「紀伊さん、すごい似合ってる。可愛い」


 俺が素直な感想を伝えると、紀美野と紀伊さんは同時に固まる。その予想外のリアクションに、俺も固まってしまう。何か間違えただろうか。いつもこう言わないと、美羽姉は臍を曲げるのだが。


「こういうところも、そつないんだね…」


「流石にびっくりした…」


 なんだか固まった二人が、ボソボソと何かを囁き合っているが、聞き取ることができない。後で何が悪かったのか聞いておこうと思う。


「さすが、あだ名がすけこまし君なだけはあるわね」


「そんなあだ名をつけられた覚えはない」


 そんな罵倒の言葉に振り向けば、こちらにもメイクを施された人物がいる。どうやら、新宮も少しばかりメイクが気になっていたらしい。


「…ジロジロ見ないで」


 化粧の出来を眺める俺に、極寒の眼差しを向けてくる新宮だが、こちらは洒落にならないほど似合っていた。


 目元にブルー系の色を乗せ、頬と唇には薄くローズ系の色がついている。元々クールな美貌が、さらに大人っぽく見えて、とても高校一年生とは思えない。


「うわあ…」


「綺麗…」


 女子組も、その完成度に圧倒されている。俺も、冷やかしの言葉すら見つからない。


「な、なんだか恥ずかしいわ」


 その少し恥じらった顔に、紀美野がもはや真顔になって呟いた。


「ねえ、新宮さん…いや、ほたるん。もう仲良しだし、飛びついて良いかな」


「いや、ダメっていうか…ほたるん!?どこから来たの?」


「新宮も、素敵なあだ名をもらえてよかったじゃないか」


「す、すけこまし君は黙ってなさい」


 どうやら、ぐいぐい行く紀美野と、受け身になれば案外弱い新宮の友人としての相性は良いらしい。


「これ、単純に遊びに来ただけじゃないか?」


「私もそう思う…」


 俺のそんな言葉に、呆れたように紀伊さんが同意する。結局、紀伊さんも新宮も選んだ化粧品を購入して、店を出た。やっぱり、俺いらないんじゃないか?


***********


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