第6話 2人の転生ヒロイン
私がヴィオリーチェを呼び出した場所は、学園の敷地内にある庭園のベンチだ。
現実にこんな場所があったら、生徒たちの憩いの場として、結構賑やかな場所になりそうなものなのだが、ゲーム都合(あるいはゲームだった頃の設定が守られている…?)なのか、基本的に人が少なく静かな場所だからだ。
私はベンチに腰掛けて足をぶらぶらと揺らしながら、庭園の入り口を見やり、待ち人が来るのを待つ。
ベンチからも見える庭園の入り口には、大きなバラのアーチが飾られていて、綺麗な赤い色のバラが咲き乱れている。
"人が少なくてゆっくり話が出来そうな場所"を選んだつもりだったけれど、ちょっとだけ冷静になって考えてみると、呼び出すにはちょっとムードがあり過ぎる場所だったかも知れない…なんて少しばかり落ち着かなくなってしまったりした…。
そんな風に少しばかりソワソワしてしまっている私の元へ、それから間もなくして"彼女"はやってきた。
真っすぐに伸ばされた背筋が美しい、姿勢の良い歩き方で優雅にバラのアーチをくぐってやってくる姿に、私は見惚れてしまいそうだった。
「アルカシアさん。お待たせしてしまったかしら――――?」
鈴の音が響くような心地よい声に名前を呼ばれ、私は現実に引き戻されたように我に返った。
「ヴィオリーチェ様…!…えっと、あの、急に呼び出してしまってごめんなさい」
自分だけベンチに座って居る状態であることに気が付いて、慌てて立ち上がってから、ぺこりと頭を下げる。
ヴィオリーチェは、柔らかい笑顔を浮かべたまま静かに頭を左右に振った。
「構いませんわ。交流会でもあまりお話しできませんでしたものね」
「あ、ありがとうございます…」
「…そんなに緊張なさらないで。何かお話があるのでしょう?」
ヴィオリーチェは優雅な動作でベンチに腰掛けると、私にも座るように促す。私はそれに黙って従った。彼女の柔らかな振る舞いに、うっかりほっとしたような気分になるが、本番はここからなのである。
「…急な呼び出しに応じてくれてありがとうございます」
敵意や害意がないことを示す意図もあって、私はまずお礼を言った。ヴィオリーチェは優しく微笑んでいる。…でも、恐らくこれは相手も私の様子を見ているんじゃないかと思う。
「…あの、こんなこと急に話したら驚かせてしまうと思うのですが……」
「……?」
「………私、前世の記憶があるんです」
ヴィオリーチェの目を真っ直ぐに見詰めつつ私がそう話すと、彼女は息を飲んだようだった。
「……その世界では、この世界はゲームの中の…ええと、……物語の世界だったんです。そして、その世界では貴女は――――――――」
「悪役令嬢として、貴女の敵になる存在だった」
「……!」
私の言葉が終わらないうちに、ヴィオリーチェが言葉の続きを口にする。私は思わず言葉を止めて、彼女の顔を見つめる。
「………その様子だと、私たちは同じ境遇だと言うことで間違いなさそうですわね」
少し戸惑ったような、困ったような表情で微笑むヴィオリーチェ。
「…あ、あの…私、ゲームでヴィオリーチェのことが好きだったんです。だから、————ゲームでの彼女と、全然違う貴女のことを不思議に思って………」
「…そうでしたのね…」
ヴィオリーチェは自分の手に当てて、ふぅ…と小さくため息を漏らした。
「……私自身、ヴィオリーチェとして生まれ育った途中に、前世の記憶として、"魔法学園・クレッセントムーン"を遊んだことのある日本人だったということを思い出しましたの」
「………」
「わたくし自身がヴィオリーチェとして10年以上ここで暮らしていましたから、わたくしとしてはもう、自分がヴィオリーチェであることは偽りだとは思わないのだけど………、——————貴女からしたら、好きだったキャラが別人になってしまったことはショックよね。ごめんなさい」
普段見せる高貴で優しい表情と違って、明らかにしょんぼりとしたような…気落ちしたような顔をするヴィオリーチェに、私は申し訳なさを覚えてしまう。悲しませたかった訳ではないのだけれど、ついつい口が滑って好きだったなんて言ってしまった…。だから今度は私の方が慌ててしまった。
「ちちちち、違うんです…!…いえ、そりゃあ、推しと会えると思って楽しみにしてた気持ちはありましたけど…。今の、優しくって穏やかなヴィオリーチェ様も、凄い、素敵だと思うし!」
ついタメ口になりながら、慌てて弁解する私の様子を見て、彼女は一瞬きょとんとしてから、ぷっと吹き出して笑った。
「そう言ってくれると少し安心しますわ。……アルカは……貴女は、ゲームでのアルカのイメージと似ているわね。…こうして秘密を打ち明けてくれた大胆さとか、無邪気なところだとか…?」
「え、えっ、そ、そうかな……」
「…まぁ、アルカの性格はPLごとによって違うだろうから勝手なイメージなのかもしれないけれど」
ヴィオリーチェはくすくすと笑う。
その表情や仕草は、お嬢様としての優雅なものとは違っていた。これは"魔法学園のお嬢様"ではなくて、歳の近い女友達と好きなゲームの話をしている普通の女の子のものだったと思う。少なくとも、私はそう感じた。
―——————ちなみに、私がプレイしていた時の主人公・アルカは、最終的に攻略可能キャラクター全8人の攻略を同時に進める8又プレイをした上、結局ヴィオリーチェと友情EDルートへ行くと言うとんでもない女だったので、アルカに似ていると言うヴィオリーチェの言葉に、ちょっと複雑な気持ちになってしまったのは内緒である!!(きっと彼女のアルカはそんなことはしてないんだろう…!!!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます