第9話:私たち悪徳勇者ですので

「……アテなどまさか。全て断られた後です。このご時世ですから、私たちに払える程度の金額ではまったく」


 村の守りを託せるような傭兵にアテは無い。

 それが村長の返答であり、俺は納得の頷きだった。


「だろうな。じゃあ、俺たちに紹介出来るところで文句は無いよな?」


 彼女は今回も「え?」だった。

 何を言われているのか分からないといった表情を見せる。

 一方で、隣のフォルネシアは「あぁ」と理解を示してきた。


「なるほどの。あの傭兵団か? そうじゃな、それが良かろう。あそこであればな」


「だよな? まぁ、頼めばやってくれるだろうさ」


 ということで、うん。

 村の安全に関する話はこれで一段落……なんて思ったのは、俺とフォルネシアだけらしい。

 村長が見せたのは同意の頷きでは無かった。


「ま、待って下さい!! どういうことですか? 私たちでも雇える傭兵があると? まさかそんな!! 私たちは八方手を尽くしても見つけられなかったのですよ!!」


 そう叫んだ彼女の両目には疑いの気配がありありとあった。

 言葉通りと言うか、信じられなかったんだろうなぁ。

 まぁ、そうだろう。

 昨今さっこんの情勢を考えれば、傭兵なんて簡単につかまえられるものじゃないのだ。

 ただ、俺たちに嘘偽りは欠片も無かった。


「あー、そこは任せとけ。ちょっとした貸しがある相手っつーか、なぁ?」


「うむ。向こうも借りっぱなしは居心地が悪そうだったからな。ちょうどよかろうて」


 当然、動揺も無く彼女に応じることになって、それが良かったのかね?

 どうやら信じてくれるつもりになったらしい。

 村長の頬に控えめながらも確かに笑みが浮かんだ。


「そ、そうであれば、この周辺の村々がどれほど助かることか……しかし、あの? この世情せじょうで傭兵団を動かせるような貸しとは……一体何を?」


「「そこはちょっと……」」


 申し訳ないが、俺もフォルネシアもその点については口にしたくないのだった。

 悪徳勇者的にね?

 ちょっと口にしたくないアレコレが色々あったわけだが、そ、そんなことはどうでも良くてだな。

 とにかく、ごほん。

 一度咳払いをはさみ、俺は村長に笑みを向ける。


「とにかくさ。紹介状書いてやるから、連絡つけてみろって。この辺りの魔物やら野盗であれば、あそこの新人でもどうにかなるだろうからな。300万用意出来るぐらいだったら、どうとでも契約は成立するだろうさ」


 返事は無かった。

 代わりに、村長はうつむいて息を吐いた。

 吸って、吐いてを静かに繰り返す。

 どうだろうかね?

 ようやく一息つけたってことなのかどうか。

 多くの困難に耐え続けてきたであろう彼女が、ようやく安堵の時を得られたということなのだろうか。


 まぁ、実際は分からないけどな。

 ともあれ、彼女は顔を上げた。

 そこには今までにない穏やかな笑みがあった。


「本当に……ありがとうございます。最初は勇者も名ばかりの無法者かと思いましたが……勇者さまは勇者さまでした」


 そうして、彼女は深々と頭を下げてきた。

 娘のリズも笑顔で続く。

 さらには……あ、アンタらもかよ。

 周囲の村人たちも彼女たちにならった。

 それぞれが、それぞれの感謝の言葉と共に頭を下げてきた。


 この光景に、うん。

 俺は「うっ」とうめき声を漏らすことになった。

 なにせ違うのだ。

 俺の求めているものとは全然違うのだ。

 俺は──俺たちは悪徳勇者だ。

 こんな感謝の声なんて、望んではいないし、ありがたいものでも無い。

 まぁ、ちょっとね?

 ちょっと「よかったねー」ってほっこり気分ではあったが、それとこれとは話が違うのだ。


 よって、 


「ふぉ、フォルネシア!」


「う、うむ!」


 2人で彼女たちに背を向ける。

 急いで歩き出す。

 そして、当然と言えば当然だけどな。

 背中に村長の困惑の叫びを受けることになる。


「え? ど、どうされたのですか!?」


 どうしたもこうしたも無かった。

 悪徳勇者的にちょっとマジ無理耐えらんないって感じなのだ。

 逃げさせて下さいって話なのだ。

 ただ、素直に話すのはかなーり情けないしなぁ。

 

 幸い、もっともらしい言い訳はすぐに思いつくが出来た。

 俺は1度足を止める。

 振り返って、彼女たちに対し声を張り上げる。


「さっき言っただろうが! 残党退治! んで、忘れんなよ! 300万だぞ! 300万!」


「そうじゃ! 我らの活動はその報酬のため! それを忘れるで無いわ!」


 言い訳ついでに、2人で念押しもさせてもらうのだった。

 俺たちは慈善家では無い。

 ましてや清廉潔白せいれんけっぱくな勇者さまでも無い。

 法外な報酬目当ての悪徳勇者さまなのだ。

 

 まぁ、これであの連中も気づくことだろうさ。

 自分たちの勘違いに。

 目の前の2人組は、侮蔑に値する極悪人であることに……!! って、うん。

 なんだろうね、あの人たち。

 非難の言葉なんて誰の口からも上がらなかった。

 村長とリズはあらためて頭を下げてくるし、他の村人たちも似たような様子だった。

 感謝の言葉が途切れることはない。


(う、うーむ)


 もはや、ね?

 逃げるしかないよな、こんなの。

 

 俺はフォルネシアと共に彼らに背を向ける。

 足早に必死に遠ざかる。

 村の外れにさしかかったところで、悪夢の響きはようやく聞こえなくなった。


「……ま、まったく! めっぽう勘違いの激しい連中じゃったの!」


 足を止めることは無く、フォルネシアが不満の叫びを上げる。

 俺もそりゃ同感だった。

 しかめ面ですかさずの頷きを返す。


「まったくだ。アイツら、俺たちのことをなんだと思ってんのか」


「悪徳勇者だというのにな?」


「あぁ、そうだ。300万だぞ、300万!」


「搾取されてきた村には、今こそ必要な大金だろうがな」


「かまわずむしり取る! 悪徳勇者だからな、当然だ!」


 そういうことだ。

 あの連中は、感謝した相手の本性をすぐに思い知ることになるだろうさ。


 俺はフォルネシアと頷きを交わす。

 あの連中に悪徳勇者の恐ろしさを思い知らせてやろう。

 それを決意しての力強い頷きだった。

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