第6話:仕方がない

「ふ、ふざ、ふざけんじゃねぞ! この俺がこんな茶番で涙だ? そんなのあり得るわけがねぇだろうが!」


 俺は現実を教えてやるのだが、アイツはなかなかに聞き分けが悪かった。

 頭領の男に頷きは無い。

 困惑の表情で首をかしげている。


「そ、そうなのか? 俺にゃあそうとしか見えなかったし……あー、隣のエルフ。そいつはどうしたんだよ」


 俺は隣に目を向ける。

 そこではフォルネシアがフードで顔を隠し、しかし隠しきれずに肩を震わせていた。

 これが一体何を意味するのか? 

 そんなものは1つしかない。


「誤解すんじゃねぇぞテメェ! こんなのはえーとアレだ。これからどれだけ私利私欲を満たせるのかって、歓喜に打ち震えてるに決まってるだろうが!」


「そ、そうか……そうなのか?」


「当然だ。俺たちは極悪非道の勇者さまだからな。ただ……契約については多少うるさいところはあるがな」


 契約? と、男が首をかしげる一方だ。

 彼女には俺の言葉の意味は十分に伝わったらしい。

 フォルネシアはこくりと頷きを見せた。


「そ、そうじゃの……ずびび。ワシらはの、その辺りには……あー、うむ。ぐしゅん。ちょいとの、うるさいからの」


 ということで、はい。

 俺は膝を突いている女村長に目を向ける。


「えーと、あー、村長さんよ。俺たちとアンタは魔物の討伐について契約を結んだよな? 討伐したら300万って話をしたよな?」


 状況に戸惑っている様子の女村長だったが、事実であればということだろうな。

 すかさずの頷きを見せてきた。


「そ、そうだね。それは確かに」


「だな。でもまぁ……あったろ?」


「あ、あったろ?」


「そうだよ。魔物討伐の他にもう1つだ。依頼があったって、俺は確かに記憶しているがな」


 女村長は目を丸くして「え?」だった。

 困惑を深めているようだが、そんな彼女にフォルネシアが頷きを見せる。


「そうじゃ。ワシもそう記憶しているが、ヤナ? 確かにあったな?」


「おう。確かアレだ。掃除してくれってな。村々を搾取してるアホな山賊どもをキレイさっぱりにってな」


 女村長はいよいよ混乱してしまっているらしい。

 真顔で絶句してしまっているので、んじゃ娘の方でいいかね。

 俺は懐を見下ろす。

 潤んだ両目を丸くしているリズに声をかける。


「お前さんも同席してたよな? だから覚えてるだろ? 山賊どもを掃除してくれって、そんな依頼は確かにあったよな?」


 心底、母親を助けたいって思っているんだろうな。

 反応はおそろしく早かった。

 リズは素早く、そして大きく頷きを見せた。


「あ、あった! 絶対! 絶対あった!」


 そういうことであれば……なぁ?

 俺はニヤリとして頷きを見せる。


「だよな? だったらまぁ……フォルネシア?」


「うむ。契約であればな。仕方ないのぉ」


 では、早速そんな感じでいくとするかね。


「ちょっと預かっておいてくれ」


 俺はリズに金貨の革袋を押し付ける。

 そうして、フォルネシアと共に一歩前に踏み出す。

 んで、腰から鞘ごとの長剣を抜いて、唖然としている男に突きつけてやる。


「ってことでな。依頼っつーことで仕方ない。悪いが、俺たちに掃除されてくれや」

 

 まだ状況が飲み込めていないのだろうかね。

 男は無表情に首をかしげた。


「……あー、うん。なんだ? 冗談か? 俺は笑えばいいのか?」


 生憎あいにく、冗談でもなんでも無いのだ。

 俺は「ふん」と鼻を鳴らして返すことになる。


「笑ってるヒマがあったらかかって来てくれると嬉しいがな。ネズミみたいに逃げ回られたら、こちとら面倒で仕方がない」


 実際、追いかけっこはゴメンだからなぁ。

 この挑発でかかってきてくれたら嬉しいが……意外と我慢強いのか?

 男に動きは無い。

 だが、その無表情はこわばった笑みに変わった。


「……ははは。いや、はははは。あー、マジ? マジで言ってんの?」


「だから、いいからかかって来いっつーの」


「同情でもしたわけか? あはは。そりゃ見込み違いだったが……いや、本気かよ?」


 こわばった笑みは、嘲笑へと姿を変える。


「テメェら、Dランクなんだろ? 駆け出し勇者ってとこだろ? ただの雑魚だろ? 俺はBランク程度なら1人で叩き殺してやったこともあんだよ。俺と、この腕自慢の20人。どうだよ? お前ら、勝てそうか?」


 不意に「あっ」と声が上がった。

 それはリズのものだ。

 彼女は顔を真っ青にして、俺とフォルネシアを見つめてきた。

 まぁ、すげぇ良い子っぽいからな。

 俺たちの身の安全を気にしてのものに違いなかったが、


「ふふふ。まったく優しい子じゃのぉ」


 フォルネシアが緊張感も欠片も無い笑みを返したのだった。

 んで、ニコニコしつつに、不安そうにしているリズを抱きとめる。

 彼女の背中を優しく撫でさする。

 

「よいよい。心配などはいらん。さすがにのぉ? あの程度の輩にどうにかされるワシらじゃないからの」


 まったくその通りである。

 俺もまたリズに笑みを見せる。


「そりゃそうだ。まぁ、見とけ。あの程度の連中は秒で……いや、うん。逃げ回られたらダメだけどな。アイツら、かしらを筆頭に臆病そうだしなぁ」


 せっかくなので、流れで挑発をかけておく。

 効果はテキメンだった。

 頭領の男は、見る間に顔を紅潮させていく。


「……そうかよ。一度は見込んだ手前、逃げるんだったらそうさせてやろうと思ったが……あー、面倒くせぇ。おい。殺してこい」

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