もう一度言おう。一文字真子は改造人間である!

第45話 声が聞こえる

 どうしてこんなことになったのか。

 桐山美羽は車の中でイライラしている。


 警察官の格好をした男たちに車に連れ込まれ、後ろ手に縛られ、口はテープで塞がれ、身動きが取れない。


 二日続けて不審者に囲まれ、一度は物を盗まれ、今日に限っては誘拐される。

 いったいこれはどういうことなのか。

 神さまはそんなに私のことが嫌いなのか。


「そろそろだ。はじめろ」


 運転席の男が指示を出すと、桐山の隣にいた男が彼女の口を塞いでいたテープを、痛みを感じないよう、ゆっくり、丁寧に剥ぎ取っていく。 


 この前の野蛮な強盗と違い、こんなふざけたことをしておいて、三人の男たちは妙に紳士的で、まるで桐山美羽を姫のように扱ってくる。


「手荒な真似をしてすまない。とにかく今は我々の指示に従ってくれ。言うことを聞いてくれれば、これ以上の危害は加えない」


 そして一枚のメモ用紙を桐山の眼前に突き出す。 


「ここに書かれたとおりのことを呟いてくれ。それだけで終わる」


「……はあ?」


 紙切れに書かれた文字を見て桐山は激しく戸惑う。


「どうしてこんなことを……?」


「聞く意味などない。呟けば良いだけだ。そうすれば君を車から降ろす。約束する」


「意味わかんないですけど……」


 首を振る。

 メモに書かれた言葉の意味はわからないけど、絶対言いたくなかった。

 どうしてだか自分でもわからない。

 けれど言っちゃいけない気がするのだ。


「頼む! 君を傷つけたくないんだ!」


 腕時計を見て、今度は窓の外を伺って、何かを確認する偽警官。

 

 よく見れば男は汗だくだ。

 いったい何を焦り、何に脅え、何に追われているのだろう。


 それでも桐山は首をぶんぶん振り続ける。


「仕方がない……」


 助手席にいた男が身を乗り出し、あるものを桐山に突き出した。


「……!」


 拳銃だった。

 玩具ではない。

 一目で本物であるとわかるくらいの重量感と妖しさがある。 


「……」


 体が勝手に震え出す。

 呼吸が乱れてくる。

 銃口の小さな穴にすべての意識が吸い込まれていく気がして、頭がクラクラしてきた。


「言うんだ! 早く!」


 助手席の男が吠える。

 その怒鳴り声がトドメだった。


 桐山美羽はついにメモに書かれた言葉を口に出した。


「一文字さん、助けて……」






「聞こえた」


 そう呟いた黒魔子は。杉村光が操るスクーターの後部座席に座っていた。

 素顔を見せたくない彼女は相変わらずダボダボのコートを着て、真っ黒いフードで顔を隠し、その上にヘルメットをかぶるという異様な姿になっている。


 杉村が操るスクーターは一般的なスクーターの速度を優に超え、ロケットのような勢いで狭い路地を突っ走っていた。


「マオーバの車は恐らく改造車。武装した男が三人。そこを左に曲がって」


 黒魔子のナビ通り住宅地に繋がる細い道に入っていく。


「あんた、なんでそこまでわかんの?」


 桐山美羽が防犯ブザーを使ってくれたおかげで、スクーターにくっついた小型ディスプレイには敵の位置がはっきり表示されている。

 しかし、黒魔子が察知した情報までは当然記載されていない。


「話すと長くなるからしない」


「はん」


 むかっとくるけれども、それでも黒魔子の優秀さは認めざるを得ないし、この状況において大いに助けになっている。


 敵の情報もさることながら、どうすれば最短で相手がいる場所にたどり着けるかを完璧に導き出している。

 交通量、信号が青になるタイミングなど、すべての好条件をまとめ、そこから導き出した最良のルートを杉村に伝えているのだ。


「前から思ってたけど、あんたやっぱり、私と同じバケモノだわ」


「わかってる」


 杉村はスクーターのスピードをさらに上昇させる。

 敵と接触するのも時間の問題となってきた。


「わかってるなら言っておく。バケモノはちゃんとオリの中にいなきゃだめなの。シルヴィっていう動物園のオリの中にね」


「……」


 スクーターのエンジンが大きくうなりを上げるので、それに釣られて杉村の声もでかくなっていく。


「私が気に入らないのは、あんたがオリの中に一般人を引き込んでることよ!」


 豪快にスクーターがカーブしても、黒魔子の体は不動だ。


「それもわかってる」


 淡々と杉村の言葉を受け止めながら、一文字真子は言った。


「だけど好きなんだもの。仕方がない」


「はぁ!?」


「私のことで彼に迷惑をかけたり怖い思いをさせるつもりはないし、全力で彼のことを守ろうって誓ったけど、それが間違いだってすぐわかった。守られてるのは私。彼の方がずっと強かった」


 本郷琉生と心を通わせて、すぐに気付いたことだ。


「ずっと一人で何とかしようと思ってたけどもうやめた。今は彼に頼ることしかできないけど、いつか彼にふさわしい私になるまで強くなってみせる」


「……なんなのそれ」


 正直、言っている意味がわからなかった。


「私達のことは気にしないでってこと」


「結局意味不明!」


 それでもいいたいことを言い切ってスッキリしたのは間違いないし、タイミング良く、道の向こうに連中の車も見えてきた。


「話はここまで。敵に仕掛ける、準備しといてよ!」


 アクセル全開。

 これ以上エンジンを吹かせば火を噴くんじゃないかってくらいの勢いで見る見るうちに桐山を拉致した車に接近する。


 ピタリと横付けすると、車に乗った残党の男たちが慌てて銃を構えるのが見えた。

 そして、奥の後部座席から眼をぱちくりさせてこちらを見る桐山美羽の姿も、杉村と黒魔子ははっきり捉えた。


「ひとつ、あなたは一個だけ間違ってる」


「ええ? 話は終わりっていったでしょ?!」


 しかし黒魔子は止めない。


「あなたはバケモノなんかじゃない」


「……」


 悔しいが、優しい声だと思ってしまった。


「あなたを見てわかった。あなたは自分より他の人のことを考える優しい人。やり方が少し不器用だけど、あなたに悪意がないこと知ってるつもりだから」


「……ふん」


 杉村はスクーターのハンドルから手を離した。


「だったら私がバケモノだってこと見せてやるわよ!」


 ハンドルから手を離し、軽々と敵が操る車のリアに飛び移ると、腰にぶら下げていた銃を取って、リアガラスに向かってバンバンバンとぶっ放した。


 黒魔子が予想していたとおり敵の車は改造されていたため、強化ガラスは銃弾をすべて弾き飛ばした。

 しかし花火のようなひび割れがガラスのあちこちに花を咲かせる。


 これに驚いたのがマオーバの残党であり、彼らに拘束されていた桐山美羽である。


「なんでこんなに早く来るんだ!?」

 

 と、残党三人は驚き、


「うっそでしょ! 私も乗ってるんですけど!」


 後部座席に乗っていたのに容赦なく発砲した杉村に桐山も驚く。


 しかし杉村は相手の反応お構いなしに、ひび割れたガラスに指を突っ込み、ベリベリ剥がしとって道路に投げ捨てる。


「くそーーーーっ!」


 銃を持っていた助手席の男が杉村に向けて銃を構えるが、杉村の代わりにスクーターのハンドルを握った黒魔子がスクーターごと体当たりをかましたので、男は銃を落としてしまう。


 この隙を逃すかとばかりに杉村は桐山美羽の両腕をつかんで持ち上げる。


「なんなのよっ!?」


「助けに来たんだって、ほら!」


 ラグビーのような動きで桐山美羽を放り投げ、ラグビーボールのように桐山美羽の体は黒魔子にキャッチされる。


「た、たすかったの……?」


 誰だか知らないが受け止めてくれてありがとうと思いきや、


「って、前見れます、それで?!」


 前をフードで隠してるのにスクーター動かしているってどういう神経なのか。


「……」


 黒魔子は沈黙を貫く。

 ここで何か言葉を発してしまうと正体がばれてしまう。


 とはいえ、桐山が不安を覚えるのも無理はない。

 音と反響だけでなんとなくわかると言ったら逆に怖がらせてしまうだろうけど。


 黒魔子は桐山を後部座席において、もう一度ハンドルを握り、スクーターの速度を上げる。


 一方、杉村は乗車していたマオーバの残党にそれぞれキックとローキックとハイキックを喰らわせ、動けなくさせていた。


 そしてシルヴィのアイテムのひとつ、コイン型のハッキング装置を車に貼り付けることで車を乗っ取り、ゆっくりとブレーキをかけ、停車させる。


「はい終わり」


 勝ち誇った表情をしたのも束の間、一台のミニバンが凄いスピードでパトカーを追い越していく。


 ミニバンのスライドドアは開いた状態になっており、車内にいた一人の男が大ぶりのカメラを持っていたことを杉村は見逃さない。


「なんで、もう一台いるのよ……!」


 どうやらマオーバも少ない戦力で必死に工夫を凝らしていたらしい。

 つまり桐山美羽をさらって黒魔子をおびき寄せるグループと、黒魔子の情報をスキャンするためのグループにわけていた。


 伏兵がいたのだ。


「どこまで用意周到なのよ、あいつら!」


 きっと奴らはあのカメラで一文字真子をスキャンし、大量のデータを手に入れたに違いあるまい。

 これを外部に持ち出されたら、巨神兵みたいに強いバケモノが金太郎飴のように量産される可能性が出てくる。


 何より、それこそが奴らの目的だった。

 

 山梨県の小さな田舎町で、世界の存亡を握っているかもしれない小さな戦いが山場を迎えようとしていた。

  


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