第44話 夢

 黒魔子の援護がなくなり、仁内に「奴は動けねえ!」と判断された琉生。


 事実、一文字さんがいないと何をして良いのかわからず、右往左往。

 ついでに走りすぎて体力が限界。


 だがそれ以上に一文字さんから桐山美羽がさらわれたと告げられ、大いに動揺している。

 なんでそんなことになったかさっぱりわからないが、この学校の生徒が誘拐されたというのに、こんなことしてていいわけがない。


 もしや仁内校長はこの事実を知らないのではないか?


 そう考えた琉生はある行動に出た。


 近くに美術室があると気付き、そこまで走ると、誰の所持品かは知らないが置いてあったスケッチブックを一枚破り、これまた誰の所持品か不明なクレヨンで大きく文字を書く。


 そして、話したいことがあるので本郷琉生に電話してくださいと記した紙を廊下に置いた。


 すると凄まじい速さで仁内から着信が入る。


「君とこうやって話すのはあの旅館の事件以来か。本当に面白いことをよく考える。君の才能なんだろうね」


 のんびり話す仁内であるが、


「そんなことより! 桐山美羽さんがさらわれたみたいなんです! 一文字さんが気付いてそっちに今……」


「わかってる。大神と杉村を行かせた。問題ないよ」


 冷静な声に琉生は安堵する。


「良かった。知ってたんですね……」


「知ってるに決まってるさ。知らないでこんなことしてたらバカだろ?」


 知っててこんなことしてるのもバカだと思うけど……。


 とにかく仁内はいまだ屋上にいるようだ。

 風を切る音がかすかに受話器から聞こえてくるが、その瞬間、琉生は閃いた。


「さて、生き残った生徒は君を含めて三人になった」


 直後、わーっという叫び声が聞こえてくる。


「たった今、二人になった。一人はもうその場に留まって時間が過ぎるのを待つだけのようだ。私はもう彼を追うことはしない。君はどうする? その場に留まってカタログギフトを手に入れて、愛しい彼女と美味い肉でも食うか?」


「そういうわけにもいかないんですが、それ以上に聞きたいことがあって」


「ほう、なんだい……?」


 気さくに琉生と話をしているように見えるが、琉生が少しずつ歩き出し、屋上に繋がる階段にこっそり移動していることくらいもう察知している。


「言ってごらん。良い機会だ」


 スマホを耳に付けているから地図は見えていない。

 しかし、仁内大介の過敏とも言える聴力や空気の震えを読む力は、はっきりと琉生の足音を捉えている。


「一文字さんをスカウトするために、シルヴィは学校を買収したんですか?」


「ふむ」


「そこまでやる必要があったのかって……、正直思ってます」


「良い質問だ。真相を教えてあげよう、といったところで大したことじゃないが」


 こちらに長話をさせている間に家宝を手に取ろうという算段なのは承知の上で、仁内はあえて長話をしてみせる。


「率直に言うが、一文字くん欲しさに学校を買収したわけじゃない。彼女をスカウトしたかったら、回りくどいことなんかしないで、頭を下げてひたすら頼むだけだよ。劉備が孔明にしたようにね。学校を買い取った理由は別にある。聞きたいかい?」


「……お願いします」


 緊張を隠せない、うわずった声に仁内は苦笑する。

 今のところ作戦が上手く行っているつもりでいるのだろうが、とっくの昔に仁内の手の上にいることを彼は気付いていない。


 しかし仁内は本郷琉生の勇気と判断力を認め、その報いとばかりに珍しく本音を吐き出していく。


「私がシルヴィを利用して学校を買い取った理由は、ただひとつ。復讐だよ」


「え?」


 物騒な言葉を喰らったことで琉生の歩みが一瞬止まった。

 しかし、すぐ動き出す。


「この学校に恨みがあるんですか?」


「この学校にはないよ。橋呉高校とは縁もゆかりもない。私が通っていたのは東京の学校だが、そこがまあ、ろくでもなくてね」


 仁内は大きく溜息を吐いた。


「私は小さい頃からこんな感じだったんでね。今では英雄だの天才だのカリスマだの救世主だのもてはやされているが、子供の頃は頭のおかしい異常者だと嫌われたもんさ。この力は絶対、見せるな、使うな、抑えろと言われて、少しでもしくじるとそこまでやるかってくらいに殴られ、蹴られ、穴ぐらみたいなところに放り込まれて一日中反省文を書かされたりしてね」


「……」


「おかしな話だよ。余裕綽々よゆうしゃくしゃくで世界を核戦争から救ったその日の夜に、学校に通っていたときのことを夢で見て、最悪な気分で目を覚ますんだ。英雄だの天才だのカリスマだの救世主だの言われている男が、今でも子供の頃のトラウマを引きずっているっていう、情けない話さ」


「それで復讐……」


「私はね。苦い思い出しかない学校の記憶をで塗りつぶしたいんだよ。私だけじゃない。この学校にも不登校という選択をした生徒が八人いる。彼ら以外にも毎日吐くような思いで学校に通っている子達もいるだろう。彼らに同じ夢を見て欲しくないんだ。私はあの日朝礼で言った。卒業の日、すべての生徒に楽しかったと言わせてみせると。これが私の復讐というわけさ。わかってくれたかな?」


「わかりました。話してくださってありがとうございます」


 琉生は屋上へ通ずるドアのノブを握ったまま、歩みを止めていた。


「その話、俺だけじゃなくて、みんなにも伝えるべきだと思います」


 勢いよくドアを開け、いよいよ屋上に入っていく。


「そりゃあ君、野暮ってもんさ。道化にちゃちい昔話は不要だよ」


 仁内は左腕を高く掲げてカラーボールをすべて引き寄せた。


「さて話はここまでだ。策を弄したつもりだろうが、君がどこにいるか私はずっとわかっていた。これで終わりにしようじゃないか」


 ボールを繋げ、龍を連想させる動きで、本郷琉生の元へすべてをぶつける。


 その瞬間を目撃した観客たちは一斉に失望の溜息を漏らした。


 本当に琉生はひとしくん人形に近い場所にいた。もう少しだったのだ。


 やはり仁内の勝ち。

 誰もがそう思っただろう。


 しかし、カメラが捉えたのは本郷琉生ではなかった。


「なに……?」


 仁内のスマホにもその男がはっきり映し出されている。


「君は……、前友司だったな」


「ああ、はい、どうもどうも」


 カメラに向かって手を振る前友の姿に皆がざわつき出す。


「……君はこのイベントには参加していないはずだ」


「そうです。ただの屋上にいる奴です」


「……随分と紛らわしいことをしているようだが、いったいどういうことだ?」


「校長の提案通り、新しい制服のデザインを考えてまして」


 前友がカメラに突き出したのは、シルヴィが全校生徒に支給したタブレット。


「しまった……」


 仁内は息を飲んだ。


 あれは前友のタブレットではない。

 本郷琉生のタブレットだ。


 仁内はスマホを使って琉生と会話していたから、琉生の位置はタブレットからかすかに聞こえる「音」で判断していた。


 この音はシルヴィがタブレットに仕込んだ特殊技術であり、今いるシルヴィメンバーでは仁内しか聞き取れないくらい微弱な音だ。


 どういうわけか、その技術を本郷琉生は見破っていた。


 そして彼は屋上へと向かうどこかのタイミングで前友司と合流し、彼にタブレットを渡すと、先に屋上に行かせた。

 そして仁内がボールを前友に突っ込ませる瞬間を待っていたのだ。


「一人じゃなく二人だと思っていたが、まさか他にもいたとは……」

 

 そして背後から声が聞こえた。


「取りました」


 仁内の家宝、スーパーひとしくん人形を両手に抱く本郷琉生。


 その瞬間、あちこちで歓声が沸き起こった。


 校門近くにいたチーム本郷が屋上に興奮気味に手を振っているのが見える。


 タブレットを持っていただけの前友司が彼らの歓声に両手を振って応えると、黒魔子親衛隊が、お前じゃない、お前じゃないと突っ込んでくる。


「まいったな……」


 こんな初歩的なすり替えに引っかかるとは我ながら情けない。

 あまりに相手を甘く見ていたと頭をかく仁内であったが、琉生が足早に屋上を出ようとするのに気がつくと、


「待ちなさい。彼女が気がかりなのはわかるが、いまさら行ったところでどうにかなるもんでもない」


 優しく声をかけて琉生の動きを止める。


「いやでも……」


 オロオロする琉生の姿に仁内はあるビジョンを見た。


 これから先、何かにつけて急ぐこの子に、落ち着け落ち着けと私は言い続けるのだろうなと。


「信じて待つのも大切な仕事だよ」


「はい……」


 琉生にとって仁内のアドバイスは胸にストンと落ちた。


「それより早くメールなりメッセージなり送ってあげなさい。勝ったから思いきりやれってね」


「そうします……」


 スマホを取り出し、いそいそとメッセージを打ち込む琉生であったが、


「あの、聞いて良いですか?」


「なんだね。この際だからなんでも答えるよ」


「ふしぎ発見のパーフェクト賞。本当にカンニングしたんですか?」


「君もそれを聞くかね」


 これまで何十回、いや、何千回と聞かれていたが、どういうわけか初めて仁内は本当のことを言った。


「せっかく出たのに全問不正解じゃかっこ悪いと思ってね。最初の一問目だけやった。残りの問題は全部四択だったから、適当に答えてたら当たっちゃったんだ。これが真相かな」


「なるほど……。みんなには言わないでおきます」


「特にあの男にはね」


 相変わらず屋上で主役ヅラして喝采を独り占めする前友を見て琉生は笑い、仁内はやれやれと疲れた様子でその場にあぐらをかいた。

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