第26話 黒魔子は必死だ

 いったいどうすれば杉村光に勝てるのか。

 授業の間も黒魔子は必死で考えた。


 結論は出ない。


 杉村光にはコネと権力という卑怯な武器がある。

 しかし自分にはない。

 

 この差はでかい。


「ねえ、一文字さん」


 黒魔子を思いやる琉生からすれば、彼女がこんなことで悩む必要はないとわかってもらいたい。


 ゆえに休み時間に訴えた。


「クラスが違ったって、それで永遠に会えなくなるわけじゃないし、そこまで思い詰める必要なんかないんだよ?」


「わかってる、わかってるんだけど……、変なの」


 ただの遊びだと校長が言っていたし、それは自分もわかっている。

 なのに隣に琉生がいない光景を思うと耐えられないし、杉村光の思いのままにされるというのも悔しい。


「わたし、負けたくない」


 こんなことを口走る自分が信じられない。


「こんな気持ち初めてで、どうすればいいか……」


 誰かに負けたくない、勝ちたい。

 もうその事しか考えられなくなる。

 

「私、どうしたんだろ、もう……」


 頭を抱えて思い悩む姿を見たとき、琉生の中で、別の考えが浮かんできた。


 これはこれでありかもしれない……。


 こんな体になるくらいなら死んだ方がマシだったと吐き捨てた彼女が、負けたくないと言った。

 これは前向きに捉えていい案件ではなかろうかと。


 自分がすべき事は、彼女を萎えさせることではない。

 一緒に考え、行きすぎと思ったら、それを伝えるだけでいいのではないか。


「一文字さんは、なにかアイデアとかある?」


「私、マッサージが得意なの。人より力が強いし、体のつくりもわかるから」


「ああ……」


「みんなの肩こりを潰しますって言って、ポイントを稼ぐっていうのはどうかな」


 肩こりを解消するのではなく、潰すと表現したことに信頼性を感じる。


「それはいけるかもし……」


 そこまで言いかけたとき、黒魔子にマッサージされてえ~と、よからぬ思いを抱いた男子野郎がわらわら集まってくる映像が浮かんできた。


「いや、ダメだ。良くないな」


 かなり強い口調で否定してしまった。


「そっか……」


 ガッカリする真子さんの姿に琉生は慌て、違うアイデアで上書きしようと必死で思いをめぐらせる。


「そもそも、大学卒業してる子がこんなとこに転校する必要がないんだよ。高校生クイズに出たいならアリかもしれないけど」


 ってか、普通に考えて、大卒者が高校入学ってあり得るのか?

 飛び級で大学に入った子が中退して高校に入学するというのは、条件付きではあるが許される、というのは聞いたことあるけれども。

 しかし杉村光は大卒で、しかも一流企業に就職済みじゃないか。


「もしかして……、手続きなんかしてないんじゃ?」


 声が低くなる琉生に同調するかのように、黒魔子の声も小さくなる。


「……あくまでも、口だけ?」


「うん。ただ生徒のフリして学校をぶらぶらしてるだけの人かもしれない」


 そんな奴、言い方変えればただの不審者である。

 クラス替え選手権に参加できる資格はない。


「間違いなく不正だ」

「じゃあ、そこを追求すれば……」

「あの女は終わりだ」

「琉生くん、凄い悪い顔……」


 ははは。

 ふふふ。


「二人とも顔が怖いわよ」


 いつの間にか風間あやめが教室にいた。

 シルヴィでありながら、教師の資格も持っている彼女は、学校全体を統括、サポートする役割を担っており、杉村光とは違い、正々堂々と学校の中をぶらついて良い立場に収まっていた。


「あ、すいません、気がつかなくて」


「情勢が変わったから心配してたけど、二人とも見事にブラックになっちゃって……」

 

「負けるわけにはいきません」


 黒魔子は毅然と宣言し、さらには、


「杉村さんは本当にこの学校の生徒なのですか?」

 

 と、厳しく追求する。


 すると風間先生は困ったように首をかしげた。


「まあ……、かなりグレーなことしちゃったのは間違いないんだけど、そこを突っ込むのは辞めた方が良いと思う。時間の無駄って奴」


「どうして……」


「あなた達が杉村の不正を見抜いたとしても、それを不正かどうか判断するのは、仁内くんになるのよ。受け入れると思う? あれが。あの男が」


「……」

 

 絶対無理だ。

 互いに顔を見合わせ、困惑する琉生と黒魔子。


「そこまでして勝ちたいなら、私に協力してくれない?」


「おお?」


 チャンスというのは身構えていれば常に飛び込んでくるらしい。


「今日、この学年で学校を休んでいる生徒が七人いて、そのうち四人は病欠で、あとの三人は登校拒否なのね。残念なことに」


 風間先生が見せてくれた欠席者のリストに、前友司が入っていたことに琉生も黒魔子も気付いた。

 昨日は元気そうだったが、風邪でもひいたのだろうか……。


「で、残りの二名がいわゆる無断欠席。心配になって親御さんに電話したら、学校には行ったはずだって、心配が倍になる結果になっちゃった」


「……あれま」


「ふたりの親御さんに連絡を取ってもらってるけど、いまだ見つからずってところが今の状況」


「ふたりを探せってことですか?」


「もしかしたら知ってるかなって聞きたかっただけなんだけど、ほら、この子、一文字さんのファンらしいから……」


「ああっ!」


 つい声を出す琉生。

 写真を見たら一目でわかった。

 

 学校に戻ってきた黒魔子を歓迎し、一緒に写真を撮ってくれとはしゃぎ、琉生が黒魔子を泣かしたと気付くや、怒り狂ったグループにいた。


「一文字さんのことで色々誤解があって、昨日、殺されそうになったんです」


「さらっと凄いこと聞いたけど追求しないでおく」


 そしてもうひとりは昨日美術館で会った、気の強そうな桐山美羽ではないか。

 

「一文字さんは彼女たちのこと、なんかわかる?」


「わからないけど、探してみせます」


 そして真子さんは鋭く言った。


「で、条件は?」


 風間先生の目がキラリと光る。


「引き受けてくれたら100ポイント、見つけてくれたら300あげちゃう」


「乗ります」


 真子さんは勢いよく立ち上がり、琉生の手を取って颯爽と教室を出て行く。


「え、もう行くの? 授業は?」


 動揺する琉生に風間先生は平然と言った。


「そっちはあとで動画を送っておくから心配しないで良いわよ~」


 また賑やかな一日が始まろうとしていた。

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