第16話 いきなりしくじる

 杉村光にキスされてしまった琉生!

 祈りも空しく、その一瞬を黒魔子は見てしまっていた!


「……」


 黒魔子は直立不動。

 ただ、じっと琉生を見つめている。


「あ、一文字さん、俺、彼女のことは全然……」


 知らないんだよ。

 そう言おうと思ったが、黒魔子の目から、すうっと涙がこぼれていくのを見て、うぎゃああっと心の中で悶絶した。


 泣かした!


 朝、愛おしい彼女の寝顔を見て、もう泣かせない、辛い思いをさせないぞと決意した直後にもうやらかす!

 明智もビックリの三日天下!


「ひどい」


 真子は呟いた。


「あの子、どうしてあんなことするの? 私を傷つけようとして、ただそれだけのために、私が一番嫌がることをして……」


 その体のつくりから人より感受性が鋭い黒魔子は、杉村光の行為を「悪意」として受け取った。

 琉生も悪意とまではいかないが、明らかに「からかっている」とは思った。

 

 琉生に興味があるというのは大嘘で、真子への調査の一環でしただけなのだ。

 つまり仕事。


「一文字さん、あんなの気にしなくて良いから」


 ファンの子を押しのけて真子に駆け寄ろうとする琉生であったが、


「ちょおっと本郷!」

 

 黒魔子親衛隊はそういった事情を当然知らない。


「黒魔子さまを泣かしたね!」


「あ、いや、それはごめん」


 泣かしたのは事実なので謝ったが、既に親衛隊は狂気の域に達していた。


「万死、万死!」

 と呪術的に叫びながら琉生を拘束し、車の往来が激しい道路に放り投げようとする。


「黒魔子ちゃんを泣かすやつに生きる価値はない!」

「死ね! ここで死ね!」

「万死!」

「万死!」


「待って! 運転手に迷惑が!」


「なら杭につけろ!」

「杭につけろ!」


 キリストを殺害した宗教関係者みたいになったが、


「大丈夫、彼は悪くない」


 真子さんが穏やかに囁いてくれたおかげで、親衛隊の熱は冷めた。


「ありがとう、もう行くね」


 親衛隊に別れを告げ、琉生の手を取って歩き出す。


「一文字さん。あの子、事件の時に」

「知ってる。シルヴィにいた。あなたを気に入ってるのは気付いてた」


 ちょっとうつむき加減で呟く。


「さっきの彼女、あなたに触れながら、私を見て得意げに笑ってた……」


「嫌な子だなあ……」


 そして真子は真顔で言った。


「万死」


「うつっちゃったよ……」


 あまりよろしくない状況だが、シルヴィに関しては伝えておかねばならないこともある。


「まだ知らないかもしれないけど、シルヴィが凄いことしてさ……」


「琉生くん」


 ぐっと手を握る力が強くなり、琉生はドキッとした。

 本気を出せば琉生の手なんか粉々にできる子だ。


 やっぱりキスされたこと、怒ってるのかと焦ったが、


「さわって、今すぐ」


「こ、ここで……?」


 チラリと後ろを見ると、親衛隊が凄い迫力でこっちを見ている。


「あまり人の目に触れちゃうのも……」


「……」

 そんなの嫌とばかりに、口を尖らせてこっちを見てくる。


 ああ、ダメだ。

 ちょっと怖いけど、可愛い。


「少しの間だからね……」


 手を伸ばして彼女の頬に触れると、それだけじゃ嫌とばかりに、頬を首や肩に押しつけてきた。

 まるで自分の臭いを主にこすりつける猫のよう。


「いやいやいや、これはちょっと!」


 これでは周囲の目を気にしないバカップルじゃないか。


 動揺する琉生に背後から迫る恐怖の暗殺集団。


「ちょぉっと本郷!」

「触ったね! 私達の黒魔子さまに触ったね!」

「このセクハラ野郎!」


 今すぐ埋めろ、穴を掘れと叫び出す親衛隊。


「ああ、めんどくさいんだよ、君等は!」


 たまらず悲鳴を上げる琉生。

 家を出てから学校に向かうわずかな道のりで、もう帰りたいと願うくらいに疲れ果てていた。

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