第14話 黒魔子がいる通学路

 一文字真子は橋呉はしくれ高校の生徒たちに黒魔子と呼ばれている!

 

 誰ともつるまず、常にひとりで、超が付くほど寡黙。

 おまけに愛想もない。

  

 こんな生徒は決まっていじられ対象になるというか、ハブられたり、いじめという暴力の対象になりがち。


 しかし彼女がとてつもなく美人だったことがすべてを覆す。

 

 ぼっち、無愛想、根暗、といったネガティブな印象が、ミステリアスという言葉に置き換えられ、橋呉高校の生きる偶像として生徒からあがめられる存在にまでなる。

 黒魔子を知らない生徒はひとりもいないし、その認知度は学校を飛び出し、近隣の方々にすら、


「橋呉高校にもの凄く可愛い子がいる」

 という評判が立つほどであった!


 一方、本郷琉生はどうだったかというと、まあ、皆さんが予想されたとおりの認知度だといっておこう!


 さて、黒魔子の父親が亡くなったという知らせは公表されてこそいないが、既に学校中で知れ渡っている。

 元々片親だったのに、父親が亡くなった以上、マズいことになると生徒は噂したし、それを物語るように黒魔子は一週間以上学校を欠席した。


 さらに住んでいた自宅がもぬけの空になったことで、黒魔子はもう学校に姿を見せないのではないかと囁く声も出てきた。


 本郷琉生もその時点では、黒魔子は転校してしまったと、残念で、いたたまれない気持ちになったものだ。


 まさかそこから、黒魔子と結婚を前提にした交際をするとは考えてもいなかったが、本郷琉生以外の生徒にとって黒魔子は今も行方不明だということを承知していただきたい!


 ゆえに、生徒たちには衝撃が走っている!


 黒魔子が歩いている! 転校してなかった!


 その事実が生徒それぞれのネットワークで一気に拡散される。

 

「いつもと通学路が違うから引っ越したんだ!」 

「あの妹とふたり暮らし?」

「いや、施設から来てんだろ?」


 そんな憶測が駆け巡るが、生徒たちも次第に気付く。


「……なんか、笑ってる?」

「えらく機嫌が良いぞ……」


 普段は近づいたら殺すとばかりの威圧感を醸し出していたのに、見ない間にとげとげしさがなくなり、天使感が凄まじい。


「ってか、そばにくっついてるあの冴えない男はなんだ?」

「下僕だろ?」


 彼氏と連想されないところに本郷琉生の悲哀がある。


「黒魔子と同じクラスの本郷だ」

「親父が蕎麦屋やってんだよな」

「ああ、すげえ、旨い」

「そばも旨いけど、ミニ天丼がやばい」

「学生だと割引してくれるんだよね」

「あそこの店、凄く綺麗なバイトさんがいる」

「あれバイトじゃねえよ。店主の奥さんだろ?」

「マジで?」

「店主と一緒に厨房にいるフランケンシュタインみたいな人が息子じゃないの?」

「あれは奥さんの弟らしいよ」


 と、すぐ本人の話でなくなるところに、本郷琉生の悲哀がある。


 とまあ、黒魔子と琉生をめぐって様々な推測が繰り広げられているが、当事者たちはなにも知ることなく、仲良く歩いていた。


「あ」


 見覚えのある場所を目にして黒魔子は立ち止まった。

 ふたりが密接に関わるきっかけとなった美術館の前だ。


「そうか、琉生くんはいつもここを通ってたんだね」


「うん。用がなくても公園をだらだら歩いたり、年パス持ってるから好きな絵だけ見て、すぐ帰ったり」


「好きな絵……」

 黒魔子はその言葉が気になるようだ。


「琉生くんの好きな絵があそこにあるの?」


「ほら、ミレー館に入って一番最初にある、最初の奥さんの肖像画、あったでしょ?」


 あの美術館のエースクラスの作品と言っていい傑作だと思うが、


「私、あの日はあなたしか見てなかったから……」


「そ、そっか」


 いきなり凄いボールを投げ込まれて危うく失神するところだった。

 

「今度はちゃんと見てみたいな……、学校終わったら一緒に行こう?」


 ねだってくる黒魔子。


「そうだね……」


 正直、ドキドキする。

 恋人と一緒に美術館に行くというのは夢だった。


 美術館に誘って付いてくる友人なんかいたことないし、家族に至ってはマネとモネの区別が付かない問題外だし……。


 行きたい。

 もう学校なんか休みにして、今すぐあの美術館に飛び込みたい。

 しかし……。


「月曜日だから美術館は休みなんだよね……」


「ああ……」


 明日行けばいいだけのに、お互い人生終わったみたいな顔になってしまったが、

この一瞬の沈黙を見逃さなかった連中がいた!


「一文字さん!」

「黒魔子さまっ!」


 橋呉高校に一定数いる黒魔子ファンの女子生徒が大勢飛び込んでくる!


「ぐあっ!」


 ラグビー、ニュージーランド代表、通称オールブラックスも顔負けのタックルを喰らって吹き飛ばされる琉生。


「良かった! 生きてた!」

「みんな心配してたんだよ!」

「ほら、写真!」


 普段は遠目からキャーキャー騒いでいるだけの無害で礼儀正しいファンの鏡みたいな子達も、長らく姿を見せなかった推しが現れては発狂するのも無理はない。


「え……、あの……」


 戸惑い、後ずさる黒魔子だがもう逃げ場がない。

 良かった良かったと絡んでくる女子たちに愛想笑いしつつ、自撮りにつきあわされる。


「琉生くん……」


 ちょっと離れただけで迷子になったようにオロオロする真子に、心配ない、待ってるから大丈夫だよというメッセージを込めて頷く琉生。


 やはり彼女の人気は凄い。

 芸能界からスカウトがこっそり見に来たこともあるというくらいだ。


 とはいえチヤホヤされるのが苦手な性格だろうから、とにかく彼女の視界に居続けようと距離を一定に保つ琉生。


 そんなとき、スマホが鳴った。

 真子の妹、桜帆からメッセージが届いている。


 ニュース。

 面白い。


 たったそれだけの文だからこそ、逆に興味がわく。

 

 急いでネットに接続してニュースサイトを開くと、琉生はがく然とした。


 超人集団シルヴィ、学校を「買収」


 山梨県は今日の時点で、公立の橋呉高校を民間軍人企業シルヴィに「買収」したと発表した。

   

「なんだ、これ……!」


 琉生だけではない。

 この情報を仕入れた橋呉の生徒たち全員が同じように叫びだしているだろう。

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