第4話 マオーバってなんだ

 コロナ禍ならぬ、マオバ過。

 かつてのテロリストをそんな言葉で馬鹿にする風潮もある!

 けれど、三ヶ月間、本当に奴らは世界を狂わせた!


 頭が良すぎてヤバくなってしまった日本人の集団が、本気で世界をぶっ潰そうとした!

 シルヴィという超人集団がいてくれなかったら、今頃世界は無政府状態になってもおかしくなかったのだ!

 

 だからだろう。


「マオーバは蘇る!」


 なんて物騒な叫びを耳にしたとき、琉生はあの時感じた不安を思い出し、金縛りにあったように動けなくなった。


 琉生だけではない、この場にいた人達すべてが同じ反応をした。


 彼らは一部始終を見ることになる。

 

 怪しい男が置いたスーツケースがひとりでに開き、そこから機械触手がわらわらと顔を出す。

 触手は蛇のように動きながら、天井や床を突き破って旅館を侵食していく。


 あちこちで沸き起こる悲鳴。

 逃げろ、助けて。


 スーツケースはここだけでなく旅館のあちこちに置かれたらしく、何かがバキバキと壊れる音があちこちから聞こえてくる。


 これがマオーバのやり口であった。


 機械触手と呼ばれる彼らだけが使いうる技術で既存の建築物を乗っ取り、自分たちの都合の良いように改造してしまう。


 世界の主要都市にある高層ビルを一日で100以上乗っ取って支配下に置くと、そこから通信妨害、電力遮断、ハッキングといったテロ行為で世界中を混乱に陥れ、三ヶ月の間、本当に世界を乗っ取った。


「琉生!」


 背後から父の叫びが聞こえる。


「外に逃げるぞ!」

 

「……」

 

 しかし琉生は動けない。

 目の前で機械触手が蛇のように旅館を絞め殺そうとする姿を見れば、恐怖で足がすくむのも無理はない。


 だがそれ以上に、ある思いでいっぱいになっていた。


「一文字さんが中にいる!」


 それに妹さんもだ。まだ料亭の個室にいる。


「だめだ。お前が行って何ができる?!」


 かわりに俺が行くと走り出す父であったが、


「いけない、奥に進んだら死にます!」


 職務に忠実な旅館の方々が父を総出で取り押さえる。


 それを見た琉生は意を決して走り出した。

 外ではなく、中へ。


「おい、よせ、バカッ! 頼む、行くな!」

 

 父だけでなく、大勢の人達が行ってはいけないと呼びかけた。


 しかし琉生は叫んだ。


「すぐ戻ります!」


 触手と触手の間をくぐり抜け、デコボコになった足場をどうにか通り抜け、振ってくるガレキが頭に落ちてこないよう祈りながら、ひとまず桜帆ちゃんがいる料亭の個室に向かって走る。


 破壊のせいで大量に湧き上がる粉じんを吸いまくって気持ち悪くなりながら、どうにか最初の目的地にたどりつく。


「桜帆ちゃん、大丈夫!?」


 個室のドアを蹴破ると、目に入った光景に琉生はがく然とした。


「うん、とりあえず大丈夫」


 あらかじめ持ってきていたと思われるタッパーに食べきれない分のおかずを大量に詰め込んでいる桜帆ちゃん。

 こんな呑気なことをしている間も、どこかで何かが壊れ、誰かの泣き声も聞こえてくる。

 逃げ遅れて身動きできなくなった人らもいるというのに、この子の強心臓はいったい何なのか。


「そんなことしている場合じゃないって!」


 さあ逃げようと桜帆ちゃんの腕をつかもうとするが、


「大丈夫だよ。マオーバの触手には人を殺すためのプログラミングはされてない。むしろ人を避ける。だから、これでも食べて落ち着いて」


 金色に輝く卵焼きを指でつまんで差し出してくる。


「……」

 とりあえず受け取って口に放り込む。

 美味い。絶妙な甘さだ。


「それにね。奴らはここを自分たちの基地にしたいだけだから、ぶっ壊すつもりなんかないの。あちこち逃げるより今いる場所から動かない方が安全なわけ」


「そ、そうなんだ……」


 確かに、この個室だけは全く無事というか、料理に砂埃一つかかっていない。

 

「でもまあ、連中に捕まったら何されるか分かんないけどね。あいつら、組織を再生させようと躍起になってるから」


「あの、なんでそんないろいろわかるの……?」


 桜帆はふふんと得意げに笑う。


「ねえ、後ろ見て」


 言われたとおりにすると、


「げっ」


 VRゴーグルのようなものを付けた三人の男が銃をこちらに向けている。


「手をあげなさい、抵抗しなければ危害は加えない」


 一人の男が淡々と言ったので、琉生も桜帆も言われたとおりにする。


 しかし桜帆は喋ることだけは止めなかった。


「このひとたちはね、私達を人質にして、留置所にいるお偉いさんを解放させたいんだよ」


 男が天井に向かって銃を発砲した。

 黙れというメッセージだろう。

 乾いた鋭い音に琉生は体全部を震わせた。


 しかし桜帆は動じない。


「ねえ、本郷さん。助けてって言ってみて」


「え……?」


「助けてって言えば、もう大丈夫」


「た、たすけて……?」


 その直後だった。

 吹き飛ばされそうなくらい強烈な風圧を感じて、思わず目を閉じた。

 いったい何が起こったんだとおそるおそる目を開けたら、三人の男はすでに床に倒れて動かなくなっていた。


「……え?」


 琉生の視界の先にいるものは、気を失った三人の男と、彼らの足下で立つ、ダボダボの服を着た性別不明の人物。


 まるで某大ヒットアニメ映画に出てきた「カオナシ」に手足がくっついたような、気味が悪い、と言うより、ユーモラスな格好。


 もしかして……まさか、いや、きっとそうだ。


「一文字さん……?」


 その言葉を待っていたかのように、黒づくめの人物は琉生にゆっくり近づき、その胸に顔を埋めた。


「無事で良かった」


 やはり彼女の声。

 黒魔子さまが、一文字真子が助けてくれたのだ……。

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