第19話 種族の汚点

 さっき、人面鳥はテオンヴィルと言ったか? 勘弁してくれ。これ以上バケモノの相手はしていられない。俺はスキルも魔術も使えないし、エレノアの剣技だけが頼りなのだから。


「すまぬな。うちの若い者が無礼を働いたようだ」


 無礼というか食われかけたのだが。そこは置いておこう。


「あなたがエステラの主か?」


 エレノアが問うと、声の主はようやく姿を現した。


「な……」


 天を衝くほどの巨大な竜だった。今まで地面に横たわっていたようなので分からなかった。


「こいつを相手にするなんて、いくらなんでも無茶だ……」


 竜は、それほどまでに強者の威厳を放っていた。黒銀の鱗に覆われ、禍々しい突起が身体のあちこちにある。絵本の中でしか知らない生物だった。


「ハハハ、私に敵意はない。その他の住人とは違うのでな。その点は安心しろ。もっとも、私の相手になる人間など、カサンドラ・ステファノプロスくらいのものだろうがな」


「カサンドラを知っているのですか?」


 ここで最強の異端審問官の名が出たことは、少し意外だった。


「あぁ、奴とは三度戦い、三度引き分けた。かなりの難敵だったよ。私を【種族の汚点】と罵ってきた。どうしても抹殺したかったのだろうよ」


 こんな僻地まで神の敵を抹殺しに来るとは。狂信的な異端審問官だな。いや、『種族の汚点』と言ってきたということは、単に私怨を晴らすためだったのか?


【天の滝】で会ったときは普通の女性にしか見えなかったが、最強と呼ばれるだけあって相当な異常者なのかもしれない。


「太陽神エアへ反逆した天罰で、獣の姿へと変えられたとか。ですがあなたの場合、獣というより幻獣ですよね?」


 俺は単刀直入に訊いた。


「そうだ。この姿はいわゆるドラゴンというやつだな」


 俺は戸惑いを隠せなかった。いくら最強たるカサンドラとはいえ、こんな巨竜を相手に引き分けたなど、俄には信じ難い。


「やめましょう、ゼストどの。神の敵たる種族と交わす言葉などありません。会話を試みてはこちらまで害を受けます」


 エレノアは異様に警戒している。会話すら危険とはどういうことだ? エレノアの態度には不自然さを感じる。


「まどろっこしいな。貴様は寝ておけ」


 テオンヴィルがそうとだけ言い放つと、エレノアは意識を失い、その場に倒れ込んだ。俺がその様子を眺めていると、テオンヴィルがニヤリと笑ったように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る