第14話 エレノア再び

 そんな具合に信者たちを適当にかわすと、俺は道中のアジトへ向かった。魔術師団の支部は、国境付近の緩衝地帯にある。ここなら取り締まりも緩いからだ。


「お早い到着ですね、ゼストどの」


 せっかくアジトに向かおうと思ったのに、俺の目の前にはエレノアが立っていた。曲道を進んだら先にいた。なんでここにいるんだ? ルーラオムに向かったんじゃないのか?


「【天の滝】では散々な目に遭われたそうですね。血腥い異端狩りの現場を目撃されてしまったとか」


 エレノアの記憶が、欠落している?


【天の滝】で起きたことを忘れているらしい。やはり、他人に憑依するあの謎スキルには、副作用があるのか。


 それが記憶の欠落であれば好都合。これからも教会への潜伏を続けられる。


「残る三大聖地はルーラオムのみ。標的が分かれば、敵の潜伏場所もおのずと分かります」


「どこだと言うんだ?」


「冥都エステラです」


 またしても、エレノアは的外れな推理を披露した。残念ながら、俺の同胞たちは目の前の山の洞穴に身を潜めている。相変わらず鈍くて助かったな。


「エステラか。冥都と言われるだけあって、薄暗いし治安も悪いと聞く。面倒ごとを起こすなよ?」


「失敬な。この黒装束は異端審問官の証。わざわざ絡んでくるバカなどいないでしょう」


「いや、この前盗賊に絡まれただろ。お前の年恰好じゃ、子供のごっこ遊びにしか見えない。却って絡まれやすいって言ってんだよ」


 俺が指摘すると、みるみるうちにエレノアは顔を紅潮させた。


「私の容姿が幼いと言いたいのですか?」


「その通りだが」


 まさか、自覚がなかったのか?


「これでもゼストどのと同じ二十歳です! バカにしないでいただきたい!」


「そういう反論は鏡を見てからにしてくれ」


 客観的視点にも問題があるようだ。


 まぁ、エステラに向かうのは面倒だが、こいつをミスリードさせられるのならそれでいい。エレノアと同胞が遭遇した暁には、また憑依のスキルと剣術で死人が出る。それを防げるのだからありがたい。


「では、早速向かいますか」


 エレノアが歩き出し、俺もそれに続く。


 にしても、この女はレイカを殺した仇だというのに、不思議と憎悪は感じない。俺が仲間の死に慣れてしまったのだろうか? いや、あんな経験、慣れるはずがない。


 教会の横暴を正し、平等な世を作ろうと誓い合った仲間たちが、志半ばで斃れていくのを見るのは実に耐えがたい。二度と経験したくないのは確かだ。


 なのに、憎悪を感じない。エレナに容姿が似ているからだろうか。


 だが、教会を許すわけにはいかない。見た目に惑わされている場合ではないのだ。

 確かに、教会は強大な軍事力で世界各国を支配し、優れた思想で多くの人々の信仰を集めている。世界秩序の維持に貢献しているのは間違いない。


 だがその裏では、杜撰な基準による異端審問や、教会の意にそぐわない個人、団体、はたまた国に対しての弾圧が行われている。


 俺の幼馴染のエレナも魔女と疑われ、長時間の水責めで拷問された後、十字架に縛り付けられ焼き殺された。まだ10歳だった少女に対し、あまりにも惨い仕打ち。到底許すことは出来ない。


 犠牲無くして秩序は保たれない。だが、犠牲となるのが俺の大切な人であれば、そんな秩序は壊れて構わない。むしろ、完膚なきまでに打ち砕いてやる。たとえ、戦乱の世になったとしても。


 それこそが、俺が教会に仇なす理由だ。

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