第8話 最悪の憑依

「レイカ! しっかり意識を保て! 傷は浅い。止血すれば大丈夫だ」


「すみません、気を抜きました。ですが、【剣姫】は数多の同胞の仇。ようやく倒せましたね」


「もう喋るな。お前もよくやった。皆で帰るぞ」


 俺がそう励ましたとき、異変が起こった。


 レイカの傷がみるみるうちに塞がっていく。


 おかしい。


 傷を治す魔術などない。魔術は、魔力を地水火風の四属性に変換して撃ち出すだけのものだ。スキルのように器用な真似はできない。


 どうなっているんだ?


 レイカの褐色の肌も、徐々に白く染まっていく。まるで、違う人種の人間のように。


 まるで、別人かのように。


「あっ、あっ……【主の御霊から離れて、どこへ行けよう】」


 途端にレイカが、聖典の一節を唱え始める。これは、さっきエレノアが唱えていたのと同じ聖句だ。


 まさか。


 エレノアに憑依されている?


「【主の御前を離れて、どこへ逃れ得よう】」


 聖句は次々と紡がれていく。【天上式】にもこんな詠唱はない。そもそも、似せる対象にしている聖句も限られている。なのに唱えているのは、さして有名でもない聖典の一節。


 やがて、レイカが起き上がる。


 レイカの顔は、エレノアと瓜二つの容姿に変わりつつあった。徐々にレイカがエレノア化していく。エレノアの皮膚が、瞳が、髪が、レイカを侵食していく。


 俺はただならぬことが起きていると感じ、とっさに飛び退いた。


「レイカに取り憑いてどうする気だ? エレノア・レッドフォード?」


「おかしなことを言いますね、この娘はもう私です。最初から私だったことにしました。たった今ね。だから、レイカなんて人間は、もうこの世のどこにもいませんよ?」


「くっ、」


 エレノアのスキルは憑依か。それもただの憑依ではない。他人を完全に「エレノア化」させる憑依。厄介だな。


「私のことが恐ろしいですか? ゼスト・ダンヴェールさん?」


 声を出したので身元が割れたか。あるいはレイカの記憶を読み取ったのかもしれないが、もう正体は隠せないな。


 俺は、正面切って教会に立ち向かう覚悟を決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る