1817 トリストメニア国家転覆事件

草原 山木

第1話

今から8年前に起きた戦争、世間では世界大戦と呼称されるあの出来事も、今となれば過去の功績のうちの一つに過ぎない。


軍将校の家庭に生まれ、戦争という存在を身近に感じてきた私からすると、我が祖国の功績は及第点レベルで、賠償金も国土の割譲も引っ張れる部分はもっと行けたと思うし、無駄な戦線の構築があまりにも目立ちすぎて、幼ながらに指揮官に若干呆れつつあった。


そんなこと言ってしまうと、父をも愚弄する結果になってしまうため、口を噤むほかなかったが、今もなお私は、祖国が軍事国家であるにも関わらず戦力に胡座をかいて物量による圧倒という、作戦とも言い難い戦略を主流としているのが気に食わなかった。


確かに、国の大まかな金を稼いでいるのは軍で、その金を軍事態がどう使おうが勝手だが、それでも戦い方があまり宜しくない。


『戦争はビジネスだ』


我が祖国の元首であるポラド総合統括軍本部長の言葉だ。平和を掲げる他国から見れば野蛮極まりないこの発言だが、国内で批判の声が上がらないという事実から見ても、どれほど我が国が戦争により拡大と繁栄をなしとげたかが容易に想像が着くだろう。


であるからして…


「マンネルハイム二等兵!!」


「はっ」


いけない、無駄な思案をしてしまった。


「今私が言ったことを復唱せよ」


「はっ、強かな軍人の育成を行うプログラムの一環として、課外授業を行うものとする。ひいては、軍OBの元で1ヶ月間実践を積み、再び相見えることを期待している。健闘を祈る。」


「よろしい…」


思案の傍らで、言われた言葉を暗記しておいてよかった。


「話を戻すとしよう。士官学校2回生になった君たちには早々、我がトリストメニア軍の退役軍人の元へ1ヶ月の研修に行ってもらう。場所は様々だが、普段の訓練とは違った経験を経て成長することを我々としても期待している。配属場所は1週間前にも通達した通り、明日各々でその場に赴く形とはなるが決して粗相のないよう」


『はっ』


一糸乱れぬ動きで、一同敬礼。


太陽暦1816年 7月10日

トリストメニア幹部学院付属士官学校。入学から1年、2回生となった学生は恒例とも言える"課外授業"に挑まんとしていた。


トリストメニア軍のOBの元へ赴き、軍人としての精神を鍛えるこの授業は、普段厳しい訓練に耐えている学生にとって、まさに天国のような授業だった。当然、仕事ぶりは学校に逐一報告されるため気を抜くことは出来ないが、身体的な辛さを伴う訓練とは違って、幾分肩の力を抜いて時間を過ごすことの出来る唯一の授業とも言え、ついにと待ち望んでいた学生も多い。


親元を離れ、寮生活を強いられる彼ら彼女らにとって、1ヶ月もの長期に及んで学外に出られるのはもはや自由以外の何物でもなかった。


翌日の明朝。早ければ前日の夜、生徒たちはトリストメニア各地へと向かった。

それは当然、ハーランド・ケリー・マンネルハイム二等兵も例外でなく、彼女は他の生徒よりも少し遅れ、8時過ぎ頃に寮を後にした。


ハーランド中将の娘である彼女は、将来有望な軍人として多くの教官に顔を覚えられている。射撃訓練では歴代でもトップクラスの成績を残し、学生を纏めるリーダーシップも常日頃至る所で発揮されているためか、将来的には父親と同じく軍の中でも重要なポストにつくと予想され、今のうちから執拗なゴマすりにあっている。


ようやくそんな期待の眼差しばかりの生活からしばし開放されると、背を反らしため息をついた彼女は、最寄りの駅からしばし機関車に乗り、トリストメニアの中心地区である"バード"に到着した。


それなりの荷物を肩からさげ、歩くこと数分、古めかしいレンガ造りのビルのドアノッカーを叩きつけた。


数十秒してから、ようやく重厚な木製のドアが開くと、そこには無精髭を生やしボサボサの散らかった栗毛を気にすることも無く、欠伸をかいた中年の男性がでてきた。


規律を重んじる軍出身とは思えない出で立ちだが、その体格は一般人のそれではなかった。

身長は目算186センチ、服の上からでもわかるほど引き締まった筋肉、至る所から見える切傷や銃創。


事前に配属先の資料を読んでいた彼女は、初めこそ怠惰そうな男性を見て目を見開きかけたが、その体つきからして何となく納得した。


「本日より、こちらで1ヶ月お世話になりますハーランド・ケリー・マンネルハイム二等兵であります!」


「ふぁ…サカフネ元曹長だ」


「よろしくお願い致します!!」


「…はい」


かなり眠たそうだ。

今一度出直すべきかと踵を返そうとしたマンネルハイムだが、予想外にも迎え入れる準備は整っているようで、小綺麗な玄関へと案内された。


「うちは何してるか分かってる?」


「はっ!資料では探偵業と把握しております」


「…正解、真面目だね」


「軍人を志すものとして当然であります」


「…はぁ、もっと気抜いてくれ」


気だるげそうにお茶を入れ、マンネルハイムに差し出したサカフネは朝刊を開いて所々にマーカーをしていった。


「新聞にマーカーを引くのなんて…賭け事ばかりだと思ったら大間違いだ」


「はぁ…といいますと」


「ここ最近起きた事件やら世相なんかをチェックして、仕事に活かす…探偵なんてのはただでさえ小さな仕事の連続で、でかい山はそうそう来ない…だからこうして情報を得るのは結構重要な業務のひとつと考えた方がいい」


「…新聞ですか」


マンネルハイムは新聞が嫌いだった。軍事国家であるトリストメニアの新聞はそれこそ、情報の制限が掛けられ、加えてプロパガンダで満たされた、早速新聞とは言い難い代物だった。


唯一正しい情報と言えば、日付くらいで、それ以外は嘘一色であった。


新聞を情報源にしているとは、大丈夫なんだろうか。と疑問に思うのも無理は無い。早速マンネルハイムは眼前のサカフネに対し若干の幻滅をするに至った。


「はぁ…今日は何があったかな」


「依頼ですか」


「いや、テレビ」


当分仕事をすることはなさそうだと、期待の眼差しを退屈に塗り替えた。


結局、その日は探偵事務所から一切外に出ることはなく、暇すぎる一日を過ごした。

午後6時、マンネルハイムは士官学校が課外授業期間中に借り受けている、近くの宿泊施設へと赴いた。


『猫の耳亭』


という可愛らしい宿は、昔ながらの風情溢れる、パブと一体化した簡易宿泊所で、部屋の中にはシャワーが備え付けられていた。

チェックインを済ませ、軽くシャワーを浴びた後、夕食を摂るために一階のパブへと降りる。


名物だというガレットとホロホロ鳥の香草焼き、チャパティを頼んだマンネルハイムは、家では味わえなかった大衆酒場のジャンキーな料理に舌鼓を打った。


翌日。

通常の出勤時間の約10分前に探偵事務所に到着したマンネルハイムは、昨日帰り際に受け取った合鍵を使って、ドアを開けた。


それなりに散らかった事務所。

机の上には飲みかけのウイスキーが無造作に置かれている。


せめて起きてくる前に掃除をしなければと、何かしらの使命感に駆られた彼女は、テキパキとした手つきで乱雑に置かれた物品を綺麗に整頓しだした。


ものの数分で、狭かった事務所が2倍広く感じられるほど様変わりを遂げたと同時に、サカフネが眠たそうな目をこすりながら起きてきた。


「おはようございます」


「おはよう…ちょっとゴメンな」


「はい?」


瞬間、マンネルハイムの意識は霧散した。

崩れ落ちる彼女を支えたサカフネは、久しぶりの手刀に若干の痛みを覚えつつ、彼女を地下に運び込んだ。


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1817 トリストメニア国家転覆事件 草原 山木 @uneboshi1023_shyma

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