第40話 魔王


 魔王城




 黒い床に闇色の壁。その中に金色の豪奢な椅子。椅子には一人の男が座っている。

 男の容姿はこの世のものとは思えないほど整っている。エメラルド色の髪と白い肌。たくましくも美しい顔立ち。体は筋肉質だが細く引き締まっている。黒と赤を基調とした服はシンプルながら威厳に満ちている。


 男の名はカリオン・ザッハトルテ。この世界の魔王だ。 


「厳しい戦況だな。これからどうするべきか」


 男が苦渋の表情で呟く。その言葉に答えたのは男の前で片膝を付き頭を垂れる一人の魔族だ。


 魔族の名はビビ・クレイレイジーン。四魔凶戦最後の一人。蝿の頭をした異形の魔人だ。その醜悪な見た目を裏切らない残虐性を有しているが、知能は高い。


「聖女をなんとかして殺すしかないかと。最近突然以前のように活性化した聖剣の方は……正直手に余ります。なぜか聖剣を全く使わないのだけが救いです。しかしそんなセルフ縛りを課して尚王魔剣ゼノンロードを装備したゼローグを倒すのですからでたらめとしか言いようがありません」


「ゼローグにゼノンロードを持たせた判断に後悔はない。事実ゼローグは私よりも遥かにゼノンロードを使いこなした。だが、そのゼローグが打倒されゼノンロードを奪われたという報告にはやはり絶望を感じずにはいられないな……」


 カリオンとビビは揃って沈痛な面持ち。長期に渡って下準備をし魔軍の戦力の半数以上を注ぎ込んだ先日の大攻勢が大失敗に終わったことで戦局は決定的に人間側へと傾いた。精々の戦果といえば魔族からすればいてもいなくても無力な王を殺せた程度。しかしそのせいで聖女が逆上し戦意を滾らせてしまったのだからむしろ敵に塩を送っただけであったとも言える状況。


 戦況は厳しいどころか絶望的だった。


「討伐隊の分断作戦は成功した。マルスさえいなければゼローグがソロになった聖女を屠っていたはずだった。いや、戦争にもしもはない。このよう仮定は詮無きことだな」


「ぶっ殺したいですな。マルスを」


「あぁ。だが……不可能だろうな。しかしこのままではこの戦争は負ける。そしたら愛する我が同胞達は必ず人間共に皆殺しにされる。例え悪魔に魂を売ってでも勝つ方法を捜さねばならぬ。ビビ。何か策はないか」


「……申し訳ありません。人間界に紛れ込ませた私の部下もこの前の動乱で殆ど殺され取れる手が殆どない状況。有効な手立てが思いつきません」


「そうか。責めはせぬ。何も思いつかないのは私も同じなのだからな」


 こめかみに指をつき苦しげな表情を作るカリオン。ピビもまた屈辱に顔を歪めた。


「……悔しいです。もっと人間を殺したいです。苦しめたいです」


「殺すのは手段。苦しめるのはお前の趣味だ。私達の目的を忘れるなよ」


「はは。分かってますよ。しかし、どうしたものでしょうか」


「うむ……せめて私がこの地から離れられれば取れる手もあるのだが魔門から離れるほど魔王の力は減衰する。……結局、魔王城で迎え撃つしかないのだ」


 魔門、とは魔族領に遙か昔よりある大穴のことだ。魔門の底にはマグマのように可視化出来る濃度の魔力が渦巻いており、生物が飛び込めば魔力の過剰摂取(オーバーフロー)を起こし体が内側から弾け飛んで死ぬ。この世で最大の魔力を持つ存在魔王ですら例外ではない。


 魔王は魔門に選ばれたものがなる。

 魔門の奥には主がいるといわれる。その主が魔力を大量に体に溜め込める得意体質を持つ魔族にある日突然お告げを下すのだ。


(魔王となり人を滅ぼせ。その為の力を授ける)


 と。


 魔王に選ばれたものは魔門との繋がりを感じるという。魔門に流れる魔力。そしてその主の人間を殺せるという意志が流れ込んでくるのだ。


 そのため魔王は元の性格がどうあろうと最終的には人の殺戮を望むようになる。だが、カリオンは少し違った。歴代の魔王と比べても桁外れの魔力貯蔵量を誇るカリオンは主の意思に疑問を持つ程度の自由意志が残っていた。何故人との戦争を強いられるのか。それはカリオンが常々抱いている疑問だった。


『――聞こえますか』


「ぬ?」


 カリオンの耳に突如主の声が届いた。


「どうしましたカリオン様」


「主だ。主の声が届いた」


「本当ですか!? 主はなんと仰っていますか」


 主は魔族にとって神に等しき存在で崇拝の対象だ。ビビが興奮した声を上げる。


「少し待て。む……」


『邪悪で淫放で強欲で鬼畜な人間共を滅ぼすために汝に、いや、魔族全員に力をくれてやる。存分に力を振るえ。……に、人間を一人残らずぶち殺すがよい!!!』


「お、おおおおお!?」


「むおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 カリオンとビビが吠える。体の内側から湧き出る力を吐き出すように。力の脈動が止まったあと、二人は歓喜の声を上げた。


「この力、今なら人類まとめて一人で相手出来そうだ」


「クフ! クフフフ!!! なんて凄まじい、そして心地良い力だ。私にも主の声が聞こえたぞ! なんて麗しい声だァ! 主の意のままに人間を殺しまくろうぞぉ!」


「ふふ。魔族が生き残る道が見えてきたな。しかし――妙に私怨がましい声だったな。あんなに感情的な主の声を聞いたのは初めてだ」


 カリオンは主の意思に生物らしき乱調を感じて戸惑っていた。まるでヒステリーを起こしたメスのようなみっともない声だったと思う。


「……まぁ、いい。主から魔族全体が力を授けられた。これは史上初めてのこと。そして僥倖。ビビ、勝つぞ戦争に。魔族の未来のためにな」


「クヒヒ。ええ、私が滅ぼしてやりますよ愚かで罪深き人間をねぇえええええええ!」


「む? ビビ?」


 カリオンはビビのただならぬ様子を心配する。ビビはさらに己の意思をヒステリックに叫ぶ。


「人間め。絶対に許さない! 我らが至高の御方にあのような汚らわしい感情を向け凌辱を試みるなどおおおおおおおおおお! 許さない! 絶対に許さない! うがああああああああああああああああ!」


「ビビ!? いかん、意思に飲まれている。ふん!」


「おぶぅがぁ!」


 カリオンはビビの魔力孔をついた。魔族は魔力孔をつかれると一時的に魔力の流れが減衰し、凄まじい激痛を受ける。


 ビビはピク、ピクとしばらく痙攣したのち、正気を取り戻した。己が両手を見下ろして呆然と呟く。


「今のが、飲まれるという現象か。これは――抗い難い悦楽。私は上位存在たる主と一体化し一つとなっていた。なんという全能感だ。これが主の高み」


「ビビ。飲まれるなよ。あれはそんな素晴らしいものではない。己の意思を保ち続けろ」


「むぅ、疑問はありますが、魔王様に従いましょう。これでも忠誠を誓っている身なれば」


「あぁ。それでいい。しかし――」


 カリオンは主の意図へと考えを馳せる。そして愚痴った。


「主には一体どういう意図があるのだ。こんなことが出来るのなら最初からしてくれれば無為に仲間を失わずに済んだものを……」




【神界】


「人間共許さないフィルレインさまを傷つけた許さない許さない許さない許さない私のに与えられた権限の全てを使って貴様らゴミ虫を地獄に叩き落としてやる――」


 遊戯盤の内部情報を操作するコンソールをどこまでも冷たい氷のような無表情で弄る一人の天使がいた。


 ルートだ。


「魔物たちがフィルレインさまだけは絶対襲わないようにプロテクトをかけて――これでよし。絶望を味わえ愚かな人間共」


 ルートは遊戯盤を人類Lunaticモードへと移行するための最終承認ボタンを躊躇なくクリックした。


「苦しんで死ね。人類」






 どこまでも冷徹な瞳でルートは遊戯盤にうつる人類を地獄の宴に叩き落とした。



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