第29話 魔王は
見下ろす俺の前で黒騎士の鎧が存在崩壊を起こし粒子となって雲散霧消していく。とうとう露わになった黒騎士の正体。それは全く予想だにしないものだった。黒騎士の種族名を俺は呆然と呟く。
「人……間?」
「ふふ……当たりだ……強き男よ」
黒騎士は人間だった。黒い髪、黒い肌、黒い目をした、見たことない種族の人間。そういえば聞いたことがある。大昔、悪魔の子と呼ばれ迫害され絶滅したナハト族と呼ばれる種族がいたと。ナハト族は邪悪なる黒い髪、黒い目、黒い肌をした種族だったという。黒騎士の容姿はそのナハト族の特徴と完全に一致する。
「……なぜ、魔王に協力を?」
問い、というよりは思わず口をついた疑問。だが、黒騎士は律儀に俺の質問を拾って、彼女の生い立ちから今に至るまでのストーリーを話してくれた。
「……私は生まれて間もなく魔族領に捨てられた。どういった経緯で捨てられたのかは知らない。ただ、私が当時人間界で迫害されていたナハト族だからだろうと魔王様はおっしゃっていた。まぁ、おそらくそうだろうな……。捨てられた私はたまたま国境沿いを視察に来ていた魔王様に拾ってもらい、そして育ててもらった。魔王様はとても優しかった。信じ難いだろうが、魔王様は人間の私を家族のように扱い愛してくれたのだ。そんな魔王様のために働きたいと私は必死で努力した。幸い、私には剣の才能があった。魔王様は何度も無理して戦わなくていいと言ってくださったが、魔王さまの役に立ちたかった私は必死で剣の才能を伸ばし、剣の腕だけなら魔王様をも超え、王魔剣ゼノンロードを授かるまでに至った。あの時は本当に嬉しかったなぁ……。そして、私は剣皇の名を授かり四魔凶将の一人に数えられるまでになった。そして聖剣、聖杖の所有者を討伐する任を受け今に至ると言うわけだ」
「なるほどなぁ……」
今代の魔王が優しい、と言われても俺に驚きはなかった。魔王剣ゼノンロードの記憶を読み込んだ際に、当然ながらかつてゼノンロードの所有者だった魔王に関する剣の記憶まで読み取ったのだ。
魔王は、確かに優しい。惚れ惚れ、する程に。
「……すまない。朽ちる前に聞いてもいいだろうか。いや、聞くぞ。最後、ゼノンロードを奪い取る前無防備に私の剣を受けて無事だったのは何故なんだ。不自然な様子はなかった。絶対、あの瞬間私はお前の隙をついた。なのに、お前はピンピンしてて気付いたらゼノンロードを奪われていた。全く意味が分からない」
「――なるほど。合点がいった。まず、お前は確かに俺の隙をついた。俺も、完全に決まったと思った。だから――守護剣シエスタの原初の剣が間に合ったのは、半分奇跡だった。守護剣シエスタは珍しいことに生きた聖剣でな。過去に原初の剣を発動した時、剣自体がずっとその効果を発揮したままにしていたんだ。いざというとき発動が間に合わなかったからいけないからって。俺がそんなヘマをするかって思ってたが……完全に、シエスタに助けられた形になってしまった。……うぅっ、ぐす。シエスタァ……。ぐす。すまない。話を戻そう。シエスタの本質は守ること。ガルウィングみたいに剣を振るって、間接的に誰かや何かを守るんじゃない。剣自体が所有者を守ってくれるんだ。どんな攻撃からも一度だけ守ってくれるが、その代償に原初の剣を使ったシエスタは……破壊される。それが、お前の攻撃を防いだカラクリだ。剣に、助けられたんだ。シエスタのお陰でお前に致命的な隙が生まれ、俺はゼノンロードを奪うことが出来た。それが俺の勝因で、お前の敗因だよ」
「そうか……お前が剣と紡いだ絆に私は負けた訳だ。ふふ、それじゃ仕方ないなぁ……本当に、良い戦いだった。魔王様には申し訳ないが、悔いなく死ねるよ」
寂しげな、あるいは悔しげな、されど満足気な笑みを浮かべる黒騎士。段々と気配が朧気になってゆく。死んでゆく。黒騎士は最後の力を振り絞るかのようにギギギと首を動かして俺に視線を合わせる。そして衝撃的な遺言を残した。
「もし魔王様と相対する機会があったら、戦う前に一度だけ話をしてくれ。魔王様は真の平和を求めて戦っている。神を殺して…真の……平和……のため……を……乗っ取……っ……」
「神を、殺す? おい黒騎士! その話をもっと詳しく聞かせろ!」
「あ……父さん……母さん……私……やっと……会え――」
「おい! おい! 死ぬな! 黒騎士! 黒騎士っ!! もっと詳しく話を聞かせろ!」
肩を揺さぶり、幾度も黒騎士の名を呼ぶが、黒騎士からの返答はなかった。黒騎士はもう死んでいた。
例え聖剣の力を使おうと、蘇ることはない。
「……聖剣、力が戻ってる。魔王軍の幹部である黒騎士が死んだからか。糞ッ! あと少し力が戻るのが早かったらセイントヒールで死なない程度に治して尋問してやれたのに、本当肝心な所で役に立たないなてめぇは! この!俺の人生を狂わせた糞剣が!」
聖剣の腹を思い切り床に叩きつける。バキンと音を立てて、石製の床がクッキーか何かのように砕ける。そのさまがまたカンに触り、俺は聖剣を壁に投げつけた。聖剣は壁に突き刺さり柄まで埋まる聖剣。ハッ。てめぇにゃお似合いの鞘だ。俺は聖剣をそのままにしてこの場を去ろうとする。どうせ聖剣召喚を行えば手元に戻ってくる。こんなのただの八つ当たりだ。だが、八つ当たりせずにはいられない。そんな気分だった。
「――え? マルス?」
「――アリア」
部屋から出ようとした俺。だが、出入り口に予期せぬ人物が立ちはだかった。
アリア・グリモワール。
今代の聖女。
そして――俺が強姦しかけた女性だ。
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