第27話 剣皇と王魔剣ゼノンロード



 黒い装甲を纏った騎士。

 それが儀礼室で俺を待っていた。

 まるで死の顕現が如く濃密な死の気配を放つ、闇をそのまま纏ったかのような暗黒の鎧に身を包んだその騎士は、俺の来訪に気が付くと僅かに兜を上げた。


「まだ魔力転移は50%か……思ったよりも嗅ぎつけるのが早かったな。人族の戦士よ」


「……なるほど、全てはお前を完全な状態で転移するための陽動という訳か」


「一目で我と有象無象の格の違いと、我らの目的まで見抜くか。いい目をしている。さては、この転移魔法陣を作り人の世界に設置せし四魔凶選が一人゛夢幻魔力のドモズ゛を打ち破ったのは貴様か?」


「夢幻魔力のドモズ? ああ、確か教皇に化けてた奴がそんな名前だったか。楽勝だったよ」


 実際にはほぼ相討ちでホリィがいなけりゃ間違いなく死んでた。楽勝なんて大嘘だが、少しでも無用な警戒を引き出すためにあえて大嘘をつく。もしかしたら考え過ぎて攻めが弱気になったり、無駄に奥の手を警戒してくれるかもしれない。


「そうか。やはりか。ドモズを倒すとは人間にしては中々やる。だが、ハイドンの本文は魔法研究にある。奴はそこまで戦闘が得意でなくてな。直接戦闘能力は四魔凶選の中では最弱なのだ。……だが、私は戦闘能力のみで四魔凶選に選ばれた。直接戦闘能力はハイドンの比ではない。つまりお前に勝機はない」


「いや。俺が勝つよ。俺は生まれてこの方剣の勝負で負けたことがないんだ。だから俺が勝つ」


「ほう。お前もか。私も混沌から誕生してより一度も剣の勝負で負けたことはなくてな。大魔王さまにだって剣のみの勝負なら完勝する自信がある。もっとも、そのような恐れ多い真似はしないがな――無駄話が過ぎたな。そろそろ立ち会うとするか。人と魔物が出会った。その帰結は殺し合い以外にないのだから」


「ああ。ぶっ殺してやるよ」


 俺は魔剣アベルを鞘から抜き、構える。レヴィンは細かい制御が効かないので強敵との戦いには不向きだ。剣自体のスペックとパワーオブプロヴィデンスの能力により万能の対応力を持つ魔剣アベルが相手の戦い方が分からない状況では最善の選択肢だ。だから初見の相手との戦いでは俺は必ず魔剣アベルを装備する。それだけの信頼を俺はこの剣に抱いている。


「魔剣か。それもかなりの業物。丁度いい。私の使う剣も魔剣でな。並の剣では一合で壊れてしまう。だが、その剣相手ならその心配はなさそうだ。それに、使い手もいい。貴様程の剣士は魔界でも見たことがない。今日こそ、私の心満たすまで存分に打ち合えるといいのだがな……!」


 黒の騎士から漆黒の魔力が立ち昇る。炎のようにゆらゆらと騎士の周りで揺らめくそれはまるで黒の騎士の闘気が具象化したかのようだった。いや、事実そうなのだろう。黒の騎士がゆっくりと腰の鞘から剣を抜く。そのゆっくりした動作の中に暴れ狂うような闘気が押し込められているのが俺の目にははっきりと見えた。

 黒の騎士が剣を抜き放った。


「――なんだ。この圧力は――」


「王魔剣ゼノンロード。新たな魔王誕生の際神より下賜される剣だ。人間でいうところの聖剣みたいなものだ。その剣を私は魔王さまより直々に預かっている。それがどういうことか分かるか? ――このゼノンロードの力を最も引き出せるのは魔王様でなく私なのだ。無論、ゼノンロードを装備した私などよりも魔王様は遥かに強いがな」


「ちっ」


 思わず舌打ちが漏れる。王魔剣ゼノンロード。まさかここであの伝説の魔剣と相対することになるとは思わなかった。魔族は元々人族よりも頑強ゆえか魔王剣の加護は聖剣には劣る。だが、それでもその加護は絶大だ。どういう訳か鞘に納まっている間は全く気配を感じなかった。おそらく鞘に気配を遮断する力があるのだろう。王魔剣は鞘に収まった状態で下賜される。あまりに切れすぎるがゆえ通常の鞘には収まらないが、聖剣のように空間収納できる機能がついていないからだ。聖剣の記憶で読んだことがある。


 ただでさえ薄い勝機がさらに朧になった。おそらく10%を切っただろう。だが、逃亡は許されない。気持ちの問題ではない。物理的な事実だ。目の前の敵は逃亡する隙を与えてくれるような生易しい相手じゃない――!


「刃を交わす前に騎士として名乗ろう。私は魔王様直属近衛騎士団筆頭騎士兼団長゛剣皇゛ゼローグ・ノヴァ。貴君も名乗られるがよい。倒した好敵手の名は覚えておくのが我が流儀が故」


「勝った気になるのはまだ早いぜ。俺は――そうだか、魔剣使いのマルスとでも名乗るか。貴様を初めて負かす剣士の名だ。墓標に記念に刻んどけ」


「なに? 貴様があの聖剣使いの――なるほど。聖剣を使えなくなったという噂は本当だったか。だが、面白い。聖剣などなくとも貴様の強さにはなんら陰りはない。むしろ聖剣の権能がない分剣士として思う存分戦える。何という僥倖。ふふ、柄にもなく滾ってきたぞ。私は今貴様と立ち会えることに一剣士として生涯最最大の昂奮を覚えているぞ――!」


「それは光栄――だが、面白い戦いにする気はこちらにはないぜ。真っ向から戦ったら負けるのは目に見えてるんでな」


「ほう。立ち会う前から分の悪さを認めるか。だがその上で貴様の目は勝利しか見ていない――面白い! 万手を尽くしてかかってこい! その全てを真っ向から打ち破ってやろう!」


「じゃあ、遠慮なくいかせてもらう――アベル!【原初の剣】プリミティブ・ソード」


 魔族と人族のフィジカルの差を顧みれば勝ち目があるのは短期決戦のみ――俺は初手に現在の俺の最大級の火力である魔剣アベルによる原初の剣を選んだ。全てを理不尽に切り伏せる゛斬る゛概念そのものと化した一撃を黒騎士は王魔剣ゼノンロードで真っ向から迎え撃った。


「終焉の一撃(ジ・エンド・オブ・ロード)」


 恐ろしい程強大なな黒色の魔力を纏うゼノンロードとアベルが正面から激突する。剣と剣。魔力と魔力がぶつかりせめぎ合う刹那の硬直。永劫にも思える程濃密な刹那の拮抗を制したのは――ゼノンロードの一撃だった。だが、アベルの原初の剣にゼノンロードの攻撃の勢いはほぼ相殺された。半ば予想済みの結果を前に俺は慌てることなく弾かれた勢いのままバックステップでその場を離脱する。黒騎士は剣を空振るが流れるような動きで構えへと移行する。その動きの中に攻撃を加えられるような隙は一切見えなかった。俺は内心その一連の動きの巧みさに舌を巻く。魔族だからと無意識に侮っていたが、この黒騎士の剣の腕は俺が出会った剣士の中では間違いなくブレイドを超えて世界最高だ。この剣の腕に魔族のフィジカルと王魔剣ゼノンロードの力が加わるのだ。もはやチートと言っても過言ではあるまい。

 だが――剣の腕はブレイド以上であっても、俺を超える程ではない。黒騎士の腕の鎧がピシリと僅かにかけて破片を床にこぼした。


「――打ち合いに勝ったのは私。だがそれさえも計算に含めて、離脱の際に目にも止まらぬ速度で一撃を加えていたか。くくく、面白い。力は私の方が勝るが、剣の腕は貴様に軍配があがるらしい。くくく。くっくっくっ……。混沌より生まれて幾百年! 私を上回る剣士に初めて出会ったぞ! マルス! 私の仲間になれ! その武練! 殺すにはあまりにも惜しい! 殺し合いではない試合にて私と永遠に戦い続け剣の腕を高め続けようではないか! 貴様となら私は――神域に昇り詰めれる!」


「生憎と俺にその気はない。安心しろ。この戦いが終われば貴様も神域の住人だ――地獄という名の神域のなぁっ!」


「ははっ! ははははっ! いいぞ! 貴様が仲間にならないのならば私はこの戦いの最中に神域に辿り着こう。無論、生きたまま!」


「殺す!」


「殺せ! 貴様のその神域の剣で未熟な私を全て!」


「ふふ、はははは! この剣狂いめ。殺す前に言っておこう――俺はお前が嫌いじゃないぞ!」


「私もだ!」


「だが俺とお前は殺し合う運命だ! 守るものが、背負うものが、お前と俺では永遠に重なり合わないからなぁ!」


「同意見だ! 魔王様のため、私も貴様を全力で殺す!」


「――ここから先は言葉はいらない。ただ剣を交わし合うのみだ――いくぞ、【剣皇】黒騎士」


「かかってこい。【魔剣使い】マルス」


 俺は呼吸を鋭く尖らせる。そして次の瞬間――大地を蹴飛ばし、触れるもの全てを斬り飛ばす赤黑の暴風となって、黒騎士の間合いの内へと切り込んだ。




「迅雷剣レヴィン、原初の剣!」


 原初の剣は俺の固有スキル剣の記憶により読み取った剣の本質を具象化する技。アベルでなくても剣ならば何でも使える。迅雷剣レヴィンの本質は雷。古代の刀匠が雷そのものを剣に、あるいは剣そのものを雷にせんと打った剣、それがレヴィン。ならばこそレヴィンの原初の剣はただ早く動くだけにあらず、その剣身を、使い手さえも雷と化し敵を討つ!


「ぐおっ!」


 黒騎士が反応しゼノンロードで防御しようとしたが一瞬遅かった。俺は奴の首の鎧にレヴィンの一撃をもろに叩き込む。


「……これも駄目か。やはりレヴィンじゃ火力不足だったか」


 レヴィンの雷となった剣身が黒騎士の纏う黒い鎧に触れた瞬間、激しい抵抗感に襲われ雷はその勢いを激しく減した。結局、レヴィンの原初の剣は黒騎士の鎧に僅かに焦げ目をつけたのみ。本体にはダメージが通らなかったらしく黒騎士は攻撃を受ける前と何ら変わりない動きで俺を振り返る。


「ふ、ふふふ。真見事な剣の腕前よ。これが尋常な剣の立ち会いなら私はとっくに貴様に負けていた。私が今も地に立っていられるのは偏に魔王さまから授かったこの魔装ベルゼビュートのおかげだ」


「使えるものは全て使う。それが戦いだ。尋常な立ち会いなんて無意味な仮定だろ」


「ふむ、それは同意しかねるな。同じ条件で純粋な剣の技量をぶつけ合い勝敗を決める。それもまた一興だ」


「興味ないな」


「ふふ、剣の性格通りの答えだ」


 会話を交わしながらも俺と黒騎士は超速で剣をぶつけ合う。手強い。技量で勝るとはいえ、力に差がありすぎてその有利を活かせない。しかもこちらは一太刀受ければ致命傷の

 軽装なのに、敵は全身を神話級の防具でガチガチに守っており生半可な攻撃は通らない。必然、こちらの攻撃はやや力の籠もった隙の生まれやすい大技主体となる。立ち回りを工夫して隙が生まれないようにしているが、黒騎士は少しづつ俺の立ち回りに慣れている。危うい場面が多くなってきた。

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