青い空と碧き大地  -北海道牧野開発物語-

宮胡草一郎

鐘の鳴る丘編

第1話 馬糞風に吹かれて

 札幌は、雪が融けると、強い風がよく吹き、その風は、と馬糞風ばふんかぜ呼ばれていていた。馬糞風が吹きすさぶ中、薄汚れた学ラン姿の浅黒い坊主頭の青年が、大きな建物の前に立っていた。彼の名前は、寺山和樹。

彼の前に立っているのは、農務省の北海道農牧試験場の本庁舎で、幅が50メートル位ある鉄筋コンクリート造り三階建ての堂々とした建物だった。中央には立派な車寄せがあり、いかにも国の機関であることを漂わせていた。

 本庁舎の重い玄関扉を開けると正面に階段がある、天井が高い玄関ホールがあり、扉の右側に受付の小窓があった。寺山は、受付の前をそのまま通り過ぎ、ホールに出ると、そこから右に延びる長い廊下に向かって折れると、庶務課の札が下がるドアを開け、

「おはようございます。今日からここで働かせていただくことになった寺山和樹です。よろしくお願いします。」

と大きな声で挨拶した。室内にいた面々は、一瞬あっけにとられたが、すぐにクスクスとした笑いが広まった。寺山が顔を赤らめて立っていると、目の前にいた職員が、奥にいる人事係の職員を呼んでくれた。人事の係員は、あわてて書類を抱えてやってきて、書類をめくりながら、

「いきなり大声出されても困るなあ。寺山君だっけ、ちょっと待っててくんねえか。」

と言って書類を調べ始めた。

「あったあった。確かに採用されてんな。したけど、君の勤務地はここじゃないんだ。」

彼は、語尾が上がる独特の口調で言ったが、寺山は、何のことなのか分からず、自分の鞄から採用通知書を取り出し見てみると。そこには、「畜牧部ちくぼくぶ勤務を命ずる」と書かれていた。

それを係のものに見せると、彼は

「そう、畜牧部なんだよね。でも、ここには畜牧部はないんだ。畜牧部があんのは、札幌を挟んで南側、ツキサップにある羊ヶ丘なんだよ。ここは本場ほんじょうで、畜牧部以外の、作物の育種や栽培のことを研究する部が集まっている所なんだ。その通知書にも、畜牧部の住所が書いてあるっしょ。悪いけど、ツキサップの方に行ってもらえっかな。」

とまくし立てるように言った。二人のやりとりを聞いて部屋のあちこちから、「可哀想に」とか「大変だ」といったヒソヒソ声が聞こえてきた。当の寺山は、すぐには理解できず、採用通知の書類を見直すと、書類は二枚になっていて、二枚目の方に畜牧部に出頭することと書かれ、畜牧部の住所も書かれていた。彼は、採用が決まったことの喜びのあまり、書類をよく見ていなかったのである。他の職員が札幌の地図を出してきて説明すると位置関係が理解できたが、これまで汽車を乗り継いでやっとたどり着いた勤め先の場所が違っていたことが分かると、一気に気が抜け、その場にへたり込んでしまった。


 今彼がいる試験場の本場は、札幌駅から北西に約5キロ離れた琴似ことにという所にあった。本場は、この約十年後、周辺地域の都市化により、畜牧部があるツキサップ(月寒)に移転し、跡地の一部が公園として市民の憩いの場となるが、この時は、誰もそのことを知るよしもなかった。

一方の畜牧部は、札幌市の南東に位置する豊平町|月寒」の南端の羊ヶ丘にあり、札幌駅から約10キロ離れていた。本場は、函館本線の琴似駅のすぐそばにあったが、畜牧部の方は、国道36号線に面しているとはいえ、市電は途中の定山渓鉄道豊平駅前までで、そこから先はバスだった。畜牧部の正門の前にバス会社の車庫があったが、琴似に比べると、便はあまりよくなかった。なお、「月寒」の読み方は、もともとの読みである「ツキサップ」を戦前に陸軍により「つきさむ」に変えられたが、このころは、まだツキサップと呼ぶ人が多かった。


 寺山がへたり込んでしまったのは、羊ヶ丘の場所についての説明を受けたことに加え、期待と緊張で前日から飯が喉を通らず空腹だったからである。それを見た職員たちは、

「どうしたんだ。」

「どっか、いずい(痛い)ところでもあるのか。」

と慌てて駆け寄ってきた。寺山は、彼らに、

「なんも。大丈夫です。ちょっと力さ抜けちまったんで、昨日からなんも食って無くて、腹さ減って、力が入んねかっただけです。」

と恥ずかしそうに答えた。すると部屋のあちこちから笑い声が起こり、

「誰か何か食い物を持ってきてやれ。」

「さっき、誰かイモを茹でてたろ。それを持ってきて食わしてやれ。」

と、あちこちから声が上がった。

塩がふられた大ぶりの茹でた男爵芋とお茶が出されると、寺山は、勇んでかぶりついた。彼が芋を頬張っていると、人事係や他の係の職員から、

「ほんとは4月1日採用の予定だったんだけど、いろいろあって、一月遅れになってすまなかったなあ。申し訳ない。通常は、本場で辞令を渡すことが多いんだけど、わざわざ来てもらうのも悪いと思って、畜牧部で渡すことにしたんだけど、かえって悪いことしたな。」

「畜牧部は、元は種羊場しゅようじょうだった所だから、羊がいっぱいいる牧歌的で、のんびりしたいい所だよ。これから行けば分かるけど、途中にある豊平やツキサップも、けっこう賑わっている町なんだ。」

「そうそう、まだ君には早いかもしんないけど、豊平やツキサップの町にも裏通りにいい所があるぞお。」

「余計なことを吹き込むんじゃない。」

と、いろいろと話しかけてくれた。寺山は、それを聞きながら、芋を2、3個一気に食べた。食べ終わって一服すると満足げな表情で、

「ごっそさんでした。おかげで、あずましく(気持ちよく)なりました。あずましくなったところで、早速羊ヶ丘に行ってみます。したっけ(それじゃあ)。」

と言って一礼すると部屋を飛び出そうとしたので、人事の担当者が、

「ちょっと待て。せっかく来たんだ。場長は今不在だから次長に挨拶していけ。」

と言った。しかし寺山は、

「いやあ、恥ずかしいから遠慮しときます。それに、早く新しい職場に行きたいし。したっけ。」

と言って、今度こそ飛び出していった。残された庶務課の部屋は、大きな笑い声に包まれた。そして、正門に向かって走って行く寺山に対して、窓を開けて口々に、

「けっぱれよ(頑張れよ)。」

「気いつけてな。」

と声をかけた。寺山は、一度振り返り、帽子をとって深々とお辞儀をすると、再び駆け出した。彼の姿は、すぐに本庁舎の前にある満開の桜に隠れて見えなくなった。しかし、その桜の花も、再び吹いた強い馬糞風によって、次々と舞い散っていった。


 彼が去った庶務課の部屋では、

「嵐のように来て、風のように去ってたな。」

「まさに『風と共に去りぬ』だ。」

「なかなか面白そうな奴だったなあ。」

「坊主頭が、めんこかったわ。」

と、当時ヒットしていた映画の題名にかけたりして、彼の話で盛り上がるのだった。


 一方、寺山は、札幌駅前から市電に乗って豊平川を渡り、その終点の豊平駅前からバスに乗り換えて月寒に向かっていた。


 バスが走る国道36号線は、古くから札幌と室蘭を結ぶ主要な幹線道路であった。戦後は、アメリカ軍が駐屯する千歳基地から札幌の真駒内まこまない基地に、兵隊や弾薬を運ぶために使用されるなど、交通量も増え、重要度が増していた。このこともあり、戦後の北海道開発事業の第一弾として、千歳―札幌間の改修工事が計画され、前年の秋から、千歳-北広島間で始まっていた。積雪量が多い北広島から札幌の間は、雪解けを待って工事を行うことになっており、これから工事が始まるところであった。このため道路はまだ未舗装で、雪が融けた後の道は、車の轍が残り、馬糞風が吹くとたくさんの土埃が舞っていた。


 バスの車窓からは、行き交うトラックやオート三輪に混ざって荷物を運ぶ馬車も見かけられた。途中にある豊平町役場前のバス停でほとんどの人が降りた。このあたりは、役場近くということもあり、多くの商店や飲食店が軒を連ねていた。客が降り、車掌が「発車オーライ」と声を掛けると、バスは再び千歳方面に向かって走り始めた。 しばらく行くと街並みも途切れ、周りには、雪解けが済んだばかりの麦畑やリンゴ畑が広がっていた。やがて、バスが進んでいく先の右手に、ポプラ並木が立つ枯草色の小高い丘が見えた。そこが、彼がこれから向かおうとしている畜牧部がある「羊ヶ丘」だった。


 彼が窓の外を眺めていると、向かいに座っていた初老の男が、

あんちゃん、この先に家さあんまりねえけど、どこさ行くんだい。」

と、声を掛けてきたので、畜牧部のことを伝えた。

「農牧試験場の畜牧部かぁ。聞いたことねえなあ、この先にある種羊場のことだべか。」

 畜牧部がある羊ヶ丘は、種羊場の他、種畜場とか畜牧試験場北海道支場とか名称がよく変わったため、このあたりでは、種羊場の名で通っていた。しかし、その種羊場は廃止され、農牧試験場の畜牧部になっていた。名前が変わってから数年しか経っていなかったので、この男は、そのことをまだ知らなかったのである。寺山は、少し不安になったが、琴似で、バスの終点で降りれば、その向かいに畜牧部の正門があると教えられていたので、大丈夫だろうと思った。もし、この男が言うとおりで間違っていたとしても、その種羊場で聞けばいいとも思っていた。


 バスは、いくつかの小さな川を渡り、坂道を登っていくと、終点の「月寒車庫」についた。バスを降りると、琴似で聞いたとおり、道の反対側に門らしきものが立っており、そこから奥に、カラマツ並木道が続いていた。門に掛かる看板を見ると「農務省北海道農牧試験場畜牧部」と書かれていた。寺山は、ホッとした表情で、一緒にバスを降りた男に向かって、

「おじさん見て。畜牧部で合ってたっしょ。」

と言った。男は目を丸くして、

「いつから変わったんだべか。気いつかんかったなぁ。したけど、まんず合ってていかったなあ。」

と言って笑った。そして、

「したら、まずは、けっぱってけろ(頑張ってくれ)。」

と、励ましてくれた。寺山は男に会釈すると、門の奥に進んでいった。


 畜牧部は、琴似のように、門を入ってすぐに庁舎があると思っていた寺山の前には、カラマツ並木が長く伸びていた。並木道は800メートルもあり、その先に建物らしきものがうっすらと小さく見えていた。道の両側に植えられているカラマツは、高さが十メートル位あり、その外側にも、カラマツより少し低いヨーロッパトウヒが並んで立っていた。この道は、畜牧部の正門から庁舎に続く主要道路で、道幅が広く、カラマツとカラマツの間が八間(14.6メートル)もあることから、部内では八間はちけん道路と呼ばれていた。


 ウグイスやヒバリなどの小鳥が囀るカラマツ並木を歩いていると、重い荷物が肩に食い込んだが、今度こそ目的の場所にたどり着けると思うと寺山の足取りは軽かった。両側のカラマツから延びた枝が頭上を覆っていたが、芽吹いたばかり薄緑色の若葉はまだ小さく、日が差し込んで明るかった。やがてカラマツ並木の先に立つ建物が見えてきた。並木が切れた先に立つ守衛所で名前と事情を告げると、守衛から正面の建物に行くよう指示された。その建物は畜牧部の庁舎であった。


 この庁舎は木造二階建てで、北米の伝統的な牛舎で見かける腰折れ屋根の断面をモチーフにした五角形の白い小屋根をのせた玄関ポーチが、少し右寄りにある特徴的な建物であった。庁舎の近くには、本場と同様、桜の木があったが、こちらの木はまだ七分咲きであった。琴似より標高が少し高く、気温が1、2度低いからであった。


 寺山は、本場の大きな本庁舎を見てちょっと気後れしていたが、この庁舎を見て少し安心した。そして、これから始まる新しい仕事への期待と不安を抱きつつ、気を引き締めて建物に入っていった。ちょうどその時、庁舎の裏に立つ鐘楼しょうろうから昼を告げる鐘の音が聞こえてきた。これが、これから毎日聞くことになる鐘の音との最初の出会いであった。そして彼が、戦後の北海道の酪農、畜産基盤を支える牧野開発研究に携わる幕開けを告げる音でもあった。





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