第6話 ボランティア


 「昴はゴミを拾う為に駅に来ました。だから、何もやましい事はしていません」


  母親は真剣な眼差しで警察官に説明をする。


 「そう言えば、ゴミ袋とゴミばさみが近くに落ちてあったな」

 「そうなのか?」

 「はい。特に何も問題がないと思いましたが回収はしてあります」

 「何が問題がないのですか!ゴミ拾いをしていたのは一目瞭然ではないですか!」


  母親は警察官に詰め寄る。


 「本人がきちんと説明をしてくれれば、私どもも交番まで来てもらう事はなかったのです。しかし、昴さんがおどおどして泣いていたので不審に感じてたのです」

 「そうです。不審者が駅をうろついていると連絡がありましたので、正当な職務を全うしたまでです。それよりも、自分の意思をきちんと言えないのが問題だと思います。これに懲りたら、きちんと息子さんを教育してください!」


 警察官は終始威圧的に母親を圧迫するが母親は気丈に振る舞う。


 「昴はまだ15歳です。警察官に威圧的な態度で責められたら怖くなるのは当然です。あなたたちこそ、威圧的なふるまいをしないように気を付けてください」


 初めは気弱そうに謝っていた母親が、俺の為に思っている事を堂々と言ったので、警察官はきまずそうに顔をいがめていた。


 「もういいです。特に怪しいモノはなかったので家に帰ってもらって結構です」


 警察官の威圧的なふるまいは変わる事はなかった。母親も警察官と揉めるのも良くないと判断して、俺の手を引いてすぐに交番を出た。交番を出ると、母親は何も言わずに歯を食いしばって悔しそうな表情をしていた。俺は母親に悔しい思いをさせた自分が情けなかった。しかし、その気持ちを告げる事はなく、一言もしゃべらずに下を向いて家に向かう、母親も俺の気持ちを察して何も聞くことはなかった。




 「昴、起きているの?お母さんと少し話をしない」


 その日の夜、晩飯を食べ終えた後に母親が声を掛けてきた。俺は無視するわけにもいかないので、2階の部屋から降りてリビングのソファーに座った。


 「お母さんごめんなさい」


 俺はすぐに謝った。


 「昴は何も悪い事はしていないよね。それに、町を綺麗にするために掃除をしていたなんて誇らしい事だわ」


 先ほどの悔しそうな顔は消えて優しい笑顔で微笑んでくれた。


 「でも、お母さんに迷惑をかけてしまったよ」

 「全然迷惑なんてかけていないわよ。むしろ、嬉しかったわ。あなたが率先して駅の周辺のゴミ拾いをするなんて」


 母親は本当にうれしそうである。


 「でも、なぜ急にゴミ拾いを始めたの?」

 「そ・・・れ・・は・・・」


 俺はどのように説明すべきか迷っていた。


 「高校生になったら・・・変わりたいと思ったんだ」

 「自分を変えたい為にゴミ拾いを始めたの?」


 母親は不思議そうな顔をしている。


 「そうなんだ。良い事をして自分を変えたい・・・。今のままの自分じゃダメなんだ!」


 俺は変わりたい。それは自分の為でもあるが母親の為でもある。このまま以前と同じような性格で生活をおくっていたらニートになる事は間違いない。2度目の人生こそは、きちんと親孝行ができる普通の大人になりたいとも思っていた。


 「そうね。今のあなたは自分に自信がなくて気弱な性格になっているわ。駅でのゴミ拾いの件でも、警察官にきちんと説明していたら、大ごとにならずにすんだのかもしれない。自分を変えるために何か行動を起こすことは、とても大切な事だと思う。またゴミ拾いをするの?」

 「・・・」


 俺は即答できなかった。不審者扱いされたのがかなりのショックであり、不細工は何をやってもマイナスのイメージしか持たれないと感じていた。


 「昴、良い事をしたいのよね」

 「うん。人の役に立つことをしたいんだ」

 「それなら、お母さんの勤め先でボランティアをしてみない?」


  母親は介護型老人ホームで介護士をしている。土日も仕事をしていて、今日はたまたま休みの日であった。


 「お母さんの職場でボランティア?」

 「そうよ。午前中だけでいいからやってみない?」

 「何をするの?」

 「簡単なことよ。シーツ交換などのベットメイキングなどになるかな。難しい事は何もないわ。慣れてきたらレクレーションの手伝いとかしてくれたら嬉しいわ」

 「俺でも出来るの?」

 「大丈夫よ。みんな親切に教えてくれるわ。それに、入居者さんも孫くらいの年齢の昴が来たら喜んでくれるわ」


 介護型老人ホームでのボランティアとは、どのような事か俺は想像がつかなかった。でも、駅でゴミ拾いをするのは気が乗らない。他に何をすればいいのかわからないので俺はこの話を受け入れることにした。


 「やってみるよ」

 「本当に!うれしいわ。人手不足だし、職員のみんなも喜んでくれるはずよ」


 母親は上機嫌ですぐに会社に連絡して、俺のことを説明した。会社側としてはボランティア制度を導入しているので問題はないとのことであった。





 「昴にゃん!幸先悪すぎるにゃん!」


 俺が部屋に戻って眠りに就くために照明を消そうとしたら、照明の隙間から黒猫が飛び出してきた。


 「急に出て来るなよ!ビックリしただろ」

 「ビックリしたのは、私のほうにゃん!駅でゴミ拾いをしていたら不審者に間違えられてるにゃん」

 「見ていたのか!」

 「私は何でも知ってるにゃん。せっかくの大事な1日を無駄に過ごすにゃんて驚きにゃん」

 「俺だってがんばったんだ!」

 「がんばっても結果が伴わなかったら意味がないにゃん。それは昴にゃんが一番わかっていることにゃん」

 「そうだよ。わかっているよ」


 前の人生ではいろんな事に挑戦してがんばってきた。しかし、何も結果を残せずに無意味な努力であった。もう、以前のような無駄なことはしたくない。


 「そんなにふてくされたらダメにゃん」

 「お前のせいだろ!でも、ゴミ拾いは失敗したけど、次は母親の会社でボランティアをするつもりだ」

 「知っているにゃん。だからこそ応援しに来たにゃん!」

 「応援?」

 「そうにゃん。一度の失敗で挫けずに次の道に進む昴にゃんは素敵にゃん!」


 それだけ告げると黒猫は消えてしまった。


 「アイツは何しに来たんだ・・・」


 俺はドッと疲れが押し寄せてきてすぐに眠りに就いてしまった。




 

 

 

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