彼女は俺のことを嫌ってはいない……はずだ!


 第一王子である俺と彼女との婚約は、紛うこと無き政略だった。


 政略ということもあり、二年程前まではこの年上の婚約者が気に食わなくて――――子供の頃からずっと、酷いことをしてしまった。


 ブスだとか、政略で愛が無い、権力目当て、家の力で無理矢理俺の婚約者に収まった女、顔も見たくない……などなど。他にも、わざと安物のドレスやアクセサリーを贈り、それを身に着けて来ると公爵令嬢には相応しくないと嘲笑った。身に着けなければ、俺からの贈り物を身に着けないとはどういうことだと叱責した。逆に、なにも贈らなかったり、必要な情報を知らせなかったりと、嫌がらせも色々とした。


 そんな俺を、国王である父は婚約者を蔑ろにするな、大事にしろと強く叱った。母には、そんな酷いことをするような子に育てた覚えはない、情けないと泣きそうな顔で言われた。


 それがまた気に食わなくて、父に告げ口しただろうと婚約者を責めたりもした。実際のところは、婚約者は告げ口はしておらず、俺の態度が酷過ぎると、婚約者の家からの抗議で発覚したことだった。


 子供の頃の婚約者はそんな俺の言動に泣いたり、怒ったり、悔しがったり、悲しそうな顔をしていた。それが――――いつの頃からか、気が付けば婚約者は、俺を優しく見詰めるようになっていた。


 俺がどんな酷いことを言っても、酷い態度を取っても、優しい眼差しで穏やかに諭し、窘める言葉が返って来る。


 一時はそれが気持ち悪くて、婚約破棄を画策した。学園で仲良くなった、婚約者の家の次に貴族派の中で力を持つ家の三女。その彼女を好きになり、結婚したいのだと父に直談判した。


 しかし、それは認められなかった。


 そんなに彼女と結婚したいならば、愛妾や側妃として娶ればいいだろうと告げられ、彼女の家もそれを了承。婚約者の家からも、快諾の返事が届いた。


 そして、愛妾にするにしても側妃にするにしても、宮廷に迎え入れるのだからと彼女にも教育係が付けられ、彼女は王城に居を移され、厳しい教育が施されるようになった。学園も、定期試験で基準点を取れば通わずとも卒業資格を認めると、実質的な自主退学措置が下された。


 彼女は、最初こそ頑張ると言っていたが、立ち居振る舞いから徹底した姿勢矯正など、厳しい基礎教育に音を上げ、段々と俺に愚痴や不満を零すようになった。高位貴族の娘とは言え、末っ子の三女で甘やかされて育った彼女には、王城での教育は少し厳しいようだった。


 会えば、愚痴と不満ばかり。そして、こんなはずじゃなかったと俺を罵る彼女に辟易して、なんでこんな子供っぽい女と仲良くしていたのだろう、と自分でも疑問に思うようになった頃――――


 久々に見た婚約者の、その姿勢の美しさに気が付いた。王城で教育を受け、愚痴と不満ばかりの彼女とは違って、にこりと優しく俺へと微笑む顔。優しい眼差しを注ぐ瞳。


 そのとき初めて、俺の婚約者はこんなに綺麗な人だったのかと、目の覚めるような思いでハッとした。子供っぽい同級生なんかより、婚約者の方がとても魅力があることに気が付いた。


 そう、将来王になる俺には、気品溢れ、俺を愛してくれる婚約者みたいな女性が相応しい。


 だが、そう気付いたときに、今までの自分の態度を思い出して・・・俺は、自分がどれだけ愚かなことをしていたのかを思い知った。


 そこで俺は、今までの言動や態度を反省し、婚約者へと謝罪することにした。自分から言うのは、少々気恥ずかしかったので、母の手を借りて婚約者と彼女の家へと謝罪。


 婚約者の家族は、口では謝罪を受け入れると言っていたが、俺を見る目は冷ややかだった。しかし、婚約者は――――


 俺が今までのことを謝罪すると、両手で口を押さえて瞳を潤ませながら、


「っ……はい、謝罪を……受け入れます」


 涙を堪え、頬を上気させ、嬉しそうな顔で俺のことを許してくれた。


 ああ……この人は、なんて可愛いのだろう! 今まで、婚約者のこの可愛らしさに気付かないで他の女と仲良くしていた俺はなんて馬鹿だったんだっ!?


 そう、深く後悔した。


 婚約者の魅力に気付き、今までのことを謝罪してからの俺は心を入れ替え、これまでの分も埋め合わせるかのように婚約者を溺愛することにした。


 態度や言葉にし、贈り物も欠かさずにした。


 その度に婚約者は、泣きそうな顔でとても喜んでくれた。


 その様子が可愛くて、俺はまた婚約者を喜ばせることに腐心した。


 可愛い年上の婚約者の手に触れ、優しい眼差しを返され、俺は幸せだった。


 ただ、婚約者を溺愛するようになってから、少しの不満ができた。


 婚約者は恥ずかしがり屋なのか、なかなか俺に触れさせてくれない。


 もう何年も婚約しているのだから、多少の触れ合いは許してくれてもいいと思うのだが・・・エスコートのときに腕を組んで密着するくらいで、それ以外には触れることを許してくれない。


 いつもにこにこしている婚約者が、俺が触れたいと言うと顔を曇らせる。そして、困ったような顔で、


「適切な距離を取ってくださいませ」


 そう、俺を諭す。


 同級生の彼女は、キスくらい許してくれたのに。


 そう思いながら、側近に相談すると……


「なに言ってんですか? 未だ、侯爵令嬢のことを城に留めてキープ扱いしておいて? 婚約者が触れさせてくれないのが不満? むしろ、今までの所業から言って、殿下は公爵令嬢に手酷く振られてとっくに見放されて捨てられててもおかしくないと思いますが?」


 呆れたような……というか、むしろ蔑むような視線と共に辛辣な答えが返った。


「そ、それはっ……」


 あの同級生を王城で教育している以上、そう簡単には俺の側妃候補から外すことはできない。


 婚約者を疎ましく思い、同級生の彼女と結婚したいと言ったとき。父と母には、強く念を押された。『侯爵令嬢を城へ入れると、彼女との縁は切れなくなるぞ。後悔しないな?』と。


 そのときには、婚約者と別れたかったから。俺は「絶対に後悔しません」と答えた。けれど、それから一年も経たないうちに後悔する羽目になるとは・・・


「公爵令嬢はできたお人ですからね。殿下がどんなにクズでも、我慢して付き合ってくれてるだけなんじゃないですか? ほら? お二人の婚約は貴族派筆頭の公爵家を取り込むための政略ですし? 子供の頃から冷遇しかして来なかった殿下のことが幾ら嫌いでも? 婚約の解消には至りませんでしたからねー。とりあえずにこにこしてるだけで、内心では嫌ってても全然不思議じゃないって言うか?」


 と、側近は遠慮も斟酌も無く俺の心を抉ることを言い募る。


「だ、だが、彼女は俺のことを嫌ってはいない……はずだ!」

「まあ、そうだといいですねー。つか、俺は何度も諫めたはずなんですけどねー」


 確かに。側近や、身近な人には散々婚約者のことを大事にしろとキツく言われていた。それが余計に俺を意固地にさせていた原因だと思う。


 まあ・・・婚約者への態度は全て俺が悪いことは事実ではあるが。


 と、心を抉られ、今更ながらに婚約者に嫌われていないかと戦々恐々の思いで、けれど表面上はなんでもないように、婚約者を溺愛して――――


 とうとう、学園を卒業。そして、婚約者と結婚式の日がやって来た。


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