第49話

 今日はクリスマスイブ。

 明日から冬休みだ。

 今日も部活はあるのだが、俺は休んだ。美奈に会う為である。他の奴らからわかりやすいくらいのを買ったが、この日だけは、美奈と一緒に過ごしたい。


 俺の家から駅が三つほど離れた所にある大型のショッピングモール。まだ遅い時間でないせいか、アパレルショップなどが立ち並ぶその通路は、沢山の人で賑わっていた。

 俺達はその中を歩く。着込んだコートが少し暑い。

 もっと特別な場所でデートしたい気持ちもあるが、俺達は学生である。ブラブラ歩くのがあるべき姿だ。

 それに、特別なモノは夜にまでとっておきたい。別にいやらしい意味とかはなく。


「——荷物、重たくない?」

 美奈が訊く。

 俺は大きなスポーツバッグを肩から下げていた。いつも使っている鞄なのだが、デートで持つべき鞄ではない。

「重たくない」

「ふーん?」

「そっちこそ、俺が持とうか?」

 その中身は明らかだが、美奈はそれを尋ねずにいてくれる。美奈の持つトートバッグも大きめだ。俺も中身は訊かない。

「大丈夫」

 そう言う美奈だが、笑顔の中に不安が少しだけ含まれていた。


「——涼太くん、無理してないよね?」


 美奈は無理せず自分が気になる事を言ってくれる。俺達で決めた事だ。

「無理? 何が?」

「だって来月新人戦の本番あるでしょ? ホントは練習したかったんじゃないの?」

 どうやら前に話した事を言っている様だ。

「いや、今日は練習する事が無理」

 本音だ。

「なんで?」

「わかるだろ?」

 俺は美奈の左手を握った。

「……うん」

 

 その間も色々な人々が俺達とすれ違う。

 俺達の様なカップル。数人でただ遊んでる様な奴ら。子供を連れた夫婦。普通に一人で買い物を楽しんでる様な人。


「あ、でもやっぱり痩せ我慢してるかも」

「え?」

「やっぱカバン重てえわ。ちょっと休もうぜ」

 俺は少し開けた所にある、大きなクリスマスツリーに顔を向けた。その周りには特設された丸テーブルと椅子が並んでいる。

「あ、私アイス食べたーい」

「まじで?」

 夜、この近場にあるちょっとしたカフェを予約してある。駅前のイルミネーションが見えそうな、そんなカフェを。

「大丈夫。アイスくらいでお腹いっぱいにならないし」

「ホントに?」


 ——ま、良いか。それくらいのワガママ。


 適当な席を選んで荷物を置き、俺は美奈を待たせてアイスクリーム屋へ向かう。そこは離れた場所にあるわけではなく、並んでいる間も美奈の様子を見る事ができる。

 美奈の近くにある席は空いているが、他の席はあらかた埋まっており、皆それぞれ楽しげに談笑していた。

 新たに一人の男性がやって来る。黒のダウンジャケットを着て黒いキャップを被る男。

 美奈も含めた暖かな服装をする人々とは違い、俺がその暑苦しくも地味な男に感じたのは、暗い印象だ。

 男は背負っていたリュックをテーブルの上に下ろす。開けられたファスナーから出て来たのは黒い箱。金属なのかプラスチックなのかはわからないが、硬そうな大きな箱である。


 何か、嫌な感じがする。


 俺は美奈を見る。美奈は俺の視線に気づいて笑い返した。

 美奈は男に背を向けており、その箱に気づいていない様子だ。

 

 ——なんだろうな? あの箱。

 その次に俺が思ったのは「どうするか?」だった。

 俺は美奈を呼ぶか、そのままにしておくのか。

 そのままにはしておけない。そのままにすると、ダメな気がする。

 では、どう呼ぶか。

 普通に声を掛けるか。

 声を掛けたなら男に気づかれるのではないか。

 俺は美奈を手招きする。そういう呼び方を選ぶ。

 だが。

 美奈は椅子に置かれた俺の荷物に目をやった。


 ——そんなのは良い! 早くこっちに来い!


 そう叫びたい。

 しかし、それはできない。

 周りの眼、それは気にする事ではない。

 それをすると、

 何が? 

 何がだろう。

 わからないが、それだけはできない。

 それだけは、やってはいけない気がする。


「——おじさん、それなーに?」


 近くの席に居た女の子が男に、話し掛けた。一緒に居た母親らしき女性は「え?」という顔をしてはいるが、何も言っていない。


「気になるかい?」


 男がにこやかにポケットから何かを取り出し、女の子に見せる。


「——じゃあ、このスイッチを押して貰えるかな?」


 男がそれを手渡した。

 母親が「だめ——」


「辞めろッッ!!」


 俺の声が母親の声を掻き消した。

 だが、遅かった。


 黒い箱がと開き、その中にあったのは——。


 小さな、クリスマスツリーだった。

 こまやかな色取り取りの飾りの隙間から煌びやかな小さなライトがついている。オルゴール調のクリスマスソングも流れていた。


 皆んなが俺を見た。

 男も、女の子も、アイスクリーム屋に並ぶ他の客もきょとん、としている。女の子を止めようとした母親でさえも、おかしな物を見る様な目で俺を見ていた————。


「ねー? まだ気にしてるの?」

 辺りは暗くなり、駅前のイルミネーションの灯りが点いている。しかし完全に夜になったわけでもないので、まだあまり目立ってはいなかった。

 俺達は今、予約したカフェに向かっている。

「……うるせーな」

 俺が危険を感じた箱は単なるサプライズだった。あの男が見知らぬ人々へ贈った、クリスマスプレゼント。

 派手、ではなかったが、男なりの「まごころ」だったのだろう。男が皆んなに贈りたかった、ささやかな幸せだ。

 それを俺は勝手に勘違いして先走って、恥ずかしい事をしたのである。

 その後俺は、アイスも買わずに美奈を連れてその場を後にした。

 それから今までずっと美奈にクスクスからかわわれている。

「もー、機嫌なおして?」

「いや、ごめん。恥ずかしかったよな?」

「うん、めちゃくちゃね!」

 その言葉にまた顔が熱くなる。


「——でも、私を守ろうとしてくれたんでしょ? やっぱりキミは、カワイイぞ?」


「……可愛くなんてない」

 

 それでも俺は思うのだ。

 先程のアレは杞憂だった。しかし、もしそうじゃなかったら? 


 そんな事を考え、俺は独り心の中で、身震いするのだった——。

 


 


 

 


 

 



 

 

 

 

 

 


 



 

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