第47話

「ありやっしたッッ!!」 

 整列した俺達は互いに礼をした。

 次に相手のベンチへ、続いて自分達のベンチ。どちらも拍手で応えてくれた。先輩達の多くは泣いている。同級生も、陸も、泣いていた。

 俺はというと、不思議と涙は出なかった。

 ゾロゾロと帰る仲間達をよそに、俺は相手のベンチへ向かう。


「——おい。あ、いや、ありがとうございました」

 相手チームの大半は、ぽかん、としている。

 やがてスキンフェードのお洒落野郎が口を開いた。


「キミは何回お礼言うのかな?」

「う、うるせえ。じゃ、ない。ま、負けました。クヤシカッタデス」

 本当に悔しかったので、最後は棒読みである。

「それをワザワザ言いに来たの?」

「う……、そう、じゃなくてお前の言う通りだった、って、思って」

 こいつ以外の奴も俺を見ていた。気まずいし恥ずかしい。何故俺はこんな事をしているのか。


「なるほど……あっ、皆んな! 先に行ってて。彼とはこの前、友達になったんだ!」


 ——トモダチ?

 

「あんまり話し込むなよ!」

 そんな事を言ってこいつのチームメイト達はベンチを後にした。


「もしかして、上手い奴が勝つ、の件かな」

「それは、そうだ。でもそれよりも『皆んなで勝とうとするのが甘い』の部分。実際、その通りだったよな。お前一人のプレイを許しただけで、俺達はすぐに点を獲られた。やっぱり甘かったよ」


「でしょ? 僕は本当の事しか言わないんだ。でもたぶん、少し誤解してるね?」

「え?」


 ——誤解? どういう意味だ?


「チーム皆んなで勝とうとした時に負けたらそれは、誰のせい?」

「えっと、それは……皆んなのせい? いや、違うな。今日負けたのは、俺のせいだ」

 俺が我儘を押し通したから、今日の様な試合運びになった。

「うん。キミはそれでオッケー。でも、それだけかな?」

「それだけ?」

「今日、君達がシュートを撃った数は、僕達よりも多い。でも結果は1対0で僕達の勝ち。シュートを外した奴全員が悪い」

「俺は悪くないのか?」

「悪いよ? 僕を止めるって言っておきながら、止められなかったんだし」

「う」


「要するにさ。良い結果も悪い結果も其々、一人一人が『自分の責任』として捉えなければならない。なのに、皆んなの成功、だとか皆んなの失敗、なんて言っちゃったら、それが薄くなるでしょ——?」


 ——なんだ? つまり、精神論?


「そしてその内、『皆んなで勝つ』とか言いながら、自分のミスを誰かのせいにして、言い訳に使ったりする。どんなに優れた戦略や戦術も、そんな個人の自覚の有無次第で台無しになる。だから、ちゃんと全員が『俺が上手いから勝つ』みたいな気持ちじゃないとダメなんだ」


 ——うーん、一理ある。

「……でも、その言い方だと、上手い奴『だけ』が重要って事にはならないんじゃないのか?」

 こいつは「それだけさ」とか言っていた気がする。


「それだけだよ。勝つか負けるかは『強いか弱いか』のそれだけ。そうじゃないとさ、頑張る意味ないじゃん。強くなるって、上手くなるって目標がないと、『ただ何となく頑張る』、それしか残らないじゃん。つまらなくない?」


 なんて苛烈な考えだ。しかし——。


「そう、だな」

 俺が楽しくなったのは、。それまでのダラダラした練習は楽しくなかった。「勝つ」という目標があったから、俺達のチームは変わる事ができた。


「キミ達のチーム、シビれたよ。僕をマンマークするみたいな極端な戦略、正直イライラした。でもね、そのお陰で皆んなに『お前達で点を獲れ』って言う事ができた。キミ達のお陰で強くなれたんだ。だから、ありがとう」


「な、んだよ。それ……」

 今になって、涙が出てくる。自分を負かした相手に礼を言われるなんて、この上ない屈辱だ。

「来年の春、楽しみにしてるから」

「ああ、来年の春……え?」

 来年の春、は不思議ではない。総体があるからだ。でも「秋」は? それにまだ今年度は冬の新人戦もある。

「え? 僕の学年わからない? もしかして名前も?」

「うん」

「次からは対戦チームのメンバーくらいは調べた方が良いよ? 勝つ為に。僕は来年で三年になるんだ」

 ——まじで?

 涙が吹っ飛んだ。

「うわっ、見えねー。てっきりクソ生意気な一年坊主かと」

「クソ生意気な一年坊はキミだろ? 奥田涼太くん?」

「勝手に人の名前調べんなよ? 気持ち悪い」

「は? なんで悪口?」

「なんとなく」

 今更タメ語を辞められそうにはない。

「ま、良いや。じゃ、僕の名前は——」

「ああ、それは良い」

「おい!」

「嘘っす。名前ぐらい聞いてあげますよ」

 敬語を使う事に成功した。


 その後、帰りの電車に乗った俺はまた涙を思い出し、声を出して泣いたのだった。他の奴らが泣き止んでいた車両の中で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る